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ハムストレム

3 レヴィ・スーン

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 多様多種の者たちが行き交う大通り。やはりというべきか人族が多い。ふさぐさの獣の毛が生えた獣人族は、猫耳や長い尻尾が生えている。エルフはほとんどみかけない。

 部分的に鱗が浮き出た海人族もちらほらと見かける。顔が二つ分上に出ている大きな体格はオーガ族だ。
大通りの脇には天幕を張った出店が立ち並び、パンや果物、獣肉をその場で焼いてる店からは、香ばしい臭いが漂い、賑わいを見せている。

「体調はもういいのか?」

 目的があってギルド支部を出たわけではないので、大通りの人の流れのままにヴィルフリートの後についてシエルは歩いていた。

 正直、次から次に手合わせを申し込んでくるギルド支部の対応にイラついていたところだった。ゲームであればプレイヤーは全員ストーリーを進めるために、冒険者ギルドに所属することになる。

 しかし試験は一回きりですぐに終わる簡単なイベントだったのだ。
それなのに、ゲームと同じ最初の召還魔獣を倒した後も実力が見てみたいと手合わせを申し込まれ続けて、最後のカインと言っただろうか。

 昨夜、ヴェニカの町でゆっくりベッドで休んだお陰で体調はだいぶ回復していたが、決して全快というわけじゃなかった。
 冒険者ギルドに入るだけならすぐに終わって、あとは休みながら街で情報収集を少しずつする予定だった。

 なのに、ギルド副支部長が出てきたあたりで募る苛立ちに引き摺られる形で、気分もまた悪くなってきたところだった。

 (ヴィルが割り込まなかったら、手加減なく高レベル魔法で建物ごとアラルとかいうギルド支部長を倒していたかもしれない)

 反省ゼロだが、元から我慢強くない性格なのだ。
 ようやくそこから解放されて、行き交う人は多いいけれど、外の空気に気分も次第に落ち着いてくる。

「昨日よりだいぶよくなったよ。馬はしばらくいい」

「そうしたほうがいい。どっか店にはいるか、冷たいものを飲めば気持ちも落ち着く。さっきのアラルは悪かった。カインが倒されたのを見て、元冒険者の血が騒いだんだろう」

「別にいいよ。もう冒険者にはならないから」

 冒険者ギルドに入りたかったのは情報収集のためだ。依頼をこなして経験値や金を稼ぐためではない。

 なのに冒険者ギルドに入ろうとするだけで、ああも絡まれるなら別の方法を探す。それでも必要となれば、そのとき別の国に行って冒険者ギルドに入ればいい。
 とりあえず、このハムストレムの冒険者ギルド支部は今回の件で大嫌いになった。

「そこの店にはいるぞ」

 ヴィルフリートが指差したのは大通りに面した建物で、大衆食堂らしく建物内に入るなり店内のテーブルで食事を取る者たちで溢れており、そういえば今日はまだ何も食べていなかったとことを思い出した。

 朝はまだ気分が少し優れなくて、胃に物を入れる気分ではなかったのだ。

「いらっしゃいませぇー!お客さんは2人連れですか?」

 店に入って来たヴィルフリートとシエルを見つけた獣人族の店員が元気な声で声をかけてくる。赤いエプロンをかけ、ピンと立った赤毛の耳の女の子だ。現実世界でシエルはこういった獣系のコスプレを見たことがあるが、人工毛ではなく本物の毛皮だというのは触れなくても見てとれる。

 もっとも目の前には珍しい槍術士のエルフが顔をしかめて立っているが。

「2人だ。空いてる席はあるか?」

「はい!こちらへどうぞー!」

 通された席に腰かけて、

「俺はクコでいい。好きに頼め。俺の奢りだが、食べれそうか?まだ気分が悪いなら無理して食べることはないからな」

「温野菜のサラダとセセルティー」

 さすがにいきなり肉や魚は胃が受け付けない。軽いものからゆっくり慣らした方がいいかもしれない。食べなくても現実世界の自分の肉体は、今頃政府管轄の病院に収容され、点滴で栄養剤を流し込まれている筈だ。

 かといってゲーム内と分かっているとは言え、何も食べなければこの<シエル・レヴィンソン>は栄養不足で死んでしまい、意識はログアウトしてしまうだろう。

 それではダメなのだ。消えてしまった啓一郎を探せなくなる。

 ゲーム内なのにどこまでも現実そっくりだ。人間以外の種族がいて、魔物がいて、魔法が使えて、電気と科学がないことを除けば、五感全て現実と変わりない。

(でもこうして働いてる店員の子も、店の客も、行き交う人だって大多数がNPCなんだろうな。その中にゲームに囚われたプレイヤーが紛れているのか)

 軽く店内を見渡す。見分けがつけばまだ対処しようがあるが、完全にリアルのことを忘れてアデルクライシス世界の住人となってしまっているプレイヤーは、全く判別つかない。

 しばらくして頼んだ料理が運ばれてくる。ヴィルフリートの頼んだクコは、コーヒーに似た煎った豆からエキスを抽出したこげ茶色の飲み物だ。

 対してセセルティーはセセル草を醗酵した暖かなお茶である。サラダは茹でられた色とりどりの新鮮な野菜が、数種類皿に盛られている。ドレッシングはない。塩コショウだけのシンプルな味付けだ。

「いただきます。うん。美味しい」

 ゲーム内で食べる飯は、ステータスを一定時間上昇させる補助アイテムに過ぎず、味なんて当然なかった。道中も気持ち悪いながらクッキーなどを少しずつ食べていたけれど、とても味わう余裕なんてない。

「道中は事情があるのかとあえて聞かないでおいたんだが、聞いてもいいか?」

「質問に答えるかは内容を聞いてみないとわからないけど、どうぞ」

「なんでまた冒険者になろうと思ったんだ?金は余裕あると言っていたが、生活の糧か?」

「情報収集。お金は困ってない」

 ゆっくり食べながら、答えても問題のないものならと答える。金やアイテム、装備ならアイテムボックスの中に大量に入っている。

 現実の肉体が老衰で死ぬときまでアデルクライシスの中にいたとしてもお金で困ることはないだろう。
 そう考えれば、リアルに戻ってあくせく働かなくても、アデルクライシスにいた方が楽に生きていけることに考え当たって皮肉に思う。

 アデルクライシス内で死んで現実に戻ったプレイヤーの中には、生還を喜ぶのではなくアデルクライシスの世界に戻りたいと願う者がいるという。

 それはそうだ。現実世界ではありえないファンタジーの世界を求めてゲームをしていて、偶然にも事件に巻き込まれ現実を忘れて念願のファンタジー世界を生きていたのに、いきなり現実に引き戻される。

 典型的な具体例なら、いきなり王侯貴族大商人から、金無しニートになるのは誰だって嫌だろう。現実世界に絶望して当然だ。

「覚えているか?俺とルノールの遺跡近くの森で会ったことを」

「それがどうかした?」

 クコを一口飲んで、急に自分達を見ている者がいないか周りをチラりと見わたし、ヴィルフリートは話題を変えてきた。冒険者ギルドで対戦者に圧勝したことで、素性が知れない自分を疑われているのかもしれない。

「ルノールの遺跡にレヴィ・スーンが現れたらしい。ちょうどお前と森で会った頃だ」

 そこで一度話を区切り、声を若干低める。

「単刀直入に聞くぞ。お前はレヴィ・スーンなのか?」

「レヴィ・スーンってなに?」

 知らない単語に、つい頭をひねる。

(公式から発売されているアデルクライシスの世界設定集には、そんな単語はなかったはずだけれど……捕囚ゲームになって世界設定には書かれていない何か、新しい設定なのかな?)

 <Levi・soonレヴィ・スーン>。啓一郎が用意した<Ciel Levinsonシエル・レヴィンソン>と名前は確かに似ている気はする。そこからヴィルフリートもシエルとレヴィ・スーンを紐付けたのだろうと推察するけれど、心当たりは全くない。

「レヴィ・スーンを知らないのか?」

「全く」

 こちらの返事に幾分目を細め、ヴィルフリートはレヴィ・スーンについて説明をはじめた。

「要は神が自ら創造した自身の代行者だ。強大な魔力を持ち、どんな願いも叶える。世界を救うことも、滅ぼすこともできるらしい。この世界の者なら誰でも知ってる昔話だ」

「神が自分で創った……代行者ね、うーん……」

「心当たりあるか?」

 声は静かだが、ヴィルフリートの眼差しは鋭い。からかっている様子はない。真面目に問いかけていることはわかるけれど、

「温野菜のサラダとお茶の奢りってだけじゃ安すぎる気がするから話したくない」

 ゲーム時代もスキル回しや採掘アイテムのポイントなどは価値ある情報として、そう簡単には知ることが出来ない貴重なものだった。

 故に先ほどの返事もヴィルフリートを茶化しているわけでは決して無いのだ。冒険者ギルドでの手合わせでも思ったが、恐らく自分と対等に戦える存在はこの世界にはいないだろう。

 とはいえ、ステータスやスキルを全てカンストしているキャラについて、軽々しく誰にでも話していい内容ではないだろう。LV10000というのは論外だ。
 特にヴィルフリートが言った<強大な魔力>というくだりは、自分のステータス画面を開いてみればMPが90万越えで、あながち外れてはいないと思う。

「……じゃあ取引だ。お前が納得するだけのものを俺が持ち合わせているかは分からねぇがな。どうだ?」

(あれ?随分と勝負に出てきたなぁ。それともヴィルの中じゃ、自分がそのレヴィ・スーンだろうって確信でもある?)

 となれば、自分でも気づかないうちに、そんな素振りをしてしまっていたのだろうか?思い返してみるが、当然ながら心当たりはなく、けれどーーー

(取引ねぇ?確かにヴィルがSランク冒険者っていうのには惹かれるところがあるなぁ……。ハムストレムに来るまでの数日間だけでも、この世界について色々教えてくれたし)

 さて、どうしようかと思案して、

「そうだね。アイテムとか装備の類は興味ないから、しばらく情報入手を手伝ってほしい。ヴィルはSランク冒険者なんだよね?だったら冒険者ギルドの情報は、だいたい手に入れられると思うんだけど」

「情報?さっきも冒険者ギルドに入ろうとしたのは情報収集が目的だって言っていたが、それのことか?」

「大まかには同じだね。もちろん知ったら自分の情報を誰かに売るとか、裏切ることは赦さないよ?あと、ヴィルの期待に添えた答えは返してあげれないかもしれない。それでもいい?」

 決して脅しているつもりはなかったのに、ヴィルフリートは目を細め苦々しく此方を見やってきた。内心リスクを秤にかけているのかもしれない。
 しばらくして、一度顔を伏せてからヴィルフリートは覚悟を決めたらしい。

「……期待に添えないかもしれない返事か……いいだろう。俺が知る情報を全部教えてやる」

「取引成立と。じゃあ、ヴィルの質問に答える前に裏切らないようPT組もうか。勝手にPT解除したら即裏切りと見なすから気をつけて」

「あ?PTだと?お前冒険者にならないんじゃなかったのかよ」

「ならないよ。これからヴィルがギルドの情報をくれるなら、余計なる必要ないじゃん」

 お陰で一度は諦めた冒険者ギルドの情報を、シエル自身が所属することなく得られる手段が出来て、ギルドで最高潮に悪かった機嫌がすっかり良くなっていく。
 その上機嫌のままコマンド画面を開いて、プレイヤーサーチから目の前に座るヴィルフリートの名前を選択しPT招待を投げた。

「だったら何でPTなんて、え、あっ、なんだこりゃああ!!??」

 シエルが何を言っているのか分からない様子のヴィルフリートがいきなり大声を上げる。その大声に店内にいた客と店員全員の注目が何事かと2人に向いた。

「わわわっ!!もう早く座って!すいません!なんでもないです!座ってってば!」

 慌ててシエルの方が周りに謝り、驚愕しっぱなしのヴィルフリートを座らせる。しかし、のろのろと椅子に座ってもヴィルフリートは驚き、大きく目を開き、目の前の何も無い空間を凝視している。
 恐らくそこに始めて見るウィンドウ画面が表示されているのだろう。

「煩いなぁ、早くPT承諾してよ?」

「ど、どうやってするんだ?というか、これがお前にとってPTを組むってことなのか?冒険者ギルドで申請するんじゃなく?」

「えー、頷いておけばいいんじゃない?他にPT組む方法なんて知らないし」

 適当に答えると、言われるがままヴィルフリートは1つ頷く。するとPT申請が受諾された証に、PT項目にヴィルフリートの名前が追加された。

「はい!おっけーです!」

 これでヴィルフリートがどこにいても、マップに同じPTである黄色のマーカーが表示され位置が分かるようになった。
 またヴィルフリートに大声を出されて、周囲の注目を集めるのは避けたいので後で試すが、PTチャットもこの様子では問題なく投げれるだろう。

「大丈夫?話続けるよ?クコ飲んでちょっと落ち着く?」

「くそったれ……。今更だが、<ソレ>はここで話していい内容なのか?場所を変えても」

「ヴィルが大声をまた出さない限り、別に誰もこっちの話なんて聞いてないよ」

 ヴィルフリートの悪態は無視することにする。都合よく隣の席の客達は食事を食べ終えて、空席になっている。よっぽど大声を出すか耳を澄まさない限り、二人の話は聞こえないだろう。

「じゃあ、ヴィルの質問に答えるね」

「ああ」

「どんな願も叶えるくだりは知らないし、自分がそのレヴィうんたらかどうかは分からないけど、言われてみたら確かにこの<シエル・レヴィンソン>はこの世界アデルクライシス の神様 が創ったキャラデータ、ステータスだとは思った。それが率直な感想」

「キャラデータって何だ?自分のことなのに、随分と他人事のように言うんだな」

「この容姿、能力、ステータス、魔力。その他全部。Ciel Levinsonシエル・レヴィンソン神様開発者が創った器という意味だよ。あと自分がこの世界に来て最初に目覚めたのも、五日前、ルノールの遺跡だった」

 本来ならキャラはプレイヤーが容姿を設定し、レベル1から育てるのに対して、この<シエル・レヴィンソン>はアデルクライシス開発者であった兄:啓一郎によって創られ、ステータスは初めから完全チート状態でカンストしている。

 もっとも容姿に関しては、黒の書に書かれた厨二病設定が原案のようだけれど、そこはあえて触れないでおく。あれから恥ずかしさで黒の書は開けないでいる。多分開いたら羞恥心で床をもだ え打つだろう。

「……自分を神が作り出したと本気で言ってるのか?」

 言葉よりもヴィルフリートの表情が、信じられないと如実に言っているけれど、嘘は言っていない。信じる信じないは、ヴィルフリートの決めることなので、答えずに小さく笑むと、質問の矛先を変えてきた。

「五日前にルノールの遺跡で目覚めたってかとは、じゃあやっぱりお前がレヴィ・スーンなのか?」

「さぁ?言われてみれば、ああそうかもしれないと思うだけでどうだろうね?レヴィなんたらなんて、ヴィルに聞いて今初めて知ったし、嘘はついてない。惚けてもいないからね」

 元からこのキャラは啓一郎が用意したもので、正規のプレイヤーキャラではない。その点で言えば、ゲームシステムに組み込まれたストーリーキャラとしての<レヴィ・スーン>であることは十分考えらえるだろう。

 むしろプレイヤーではなく、ストーリーキャラだから異常なステータスをしていると考えた方が説明がつくように思える。

「話は変わるが……ヴェニカの街で甲冑ジェネラルが近くに現れたのはもう知っているよな」

「そんなこと言ってたねぇ」

「甲冑ジェネラルを雷一撃で倒したのはお前か?まさかとは思うが、ヴェニカの街から雷撃魔法を?」

「うん。けど、あんなに音が響くとは思わなくて、街の人を起こしたのは悪いことしちゃった」

(でもこっちは眠いのに、アラート音が煩くて眠れなかったんだもん)

 とは口に出さないでおく。あれからどうにかアラート設定項目を見つけてOFFにしておいたので、今後はアラート音に煩わされることはないだろう。
 
 しかし向かい側に座っているヴィルフリートは頭を垂れて無言になってしまった。何かショックを受けたようだ。
 おかしなことを言ってしまっただろうか?
 
「質問攻めはあんまり好きじゃない。次が最後だからね?」

 先に断っておく。
 でないと、この調子では夜になっても質問攻めが続きそうな勢いだ。

 言うと重々しくヴィルフリートは顔をあげ、

「……わかった。これが最後だ。お前の旅の目的、この世界に来た理由はなんだ?」

 目的を問われて、つい答えるのを躊躇ってしまった。ヴィルフリートが敵か味方か、NPCなのか現実の記憶を忘れたプレイヤーなのか分からない。
 そんな相手に話していいものか迷い、少し思案してからヴィルフリートを見やる。

「………兄さんを探しに」

「兄貴がいるのか?」

自分シエル・レヴィンソンを創った神さまだよ……。いきなりいなくなって、だからこの世界に来ようって決めたんだ」

 現実世界で自分以外誰も覚えていない啓一郎を探して。

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