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本編

24 子宝の湯だそうです ※R18(最後のほうに男の自慰あり注意)

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 はたして自分は一体何に負けたのかとスイは思う。土砂降りの雨に心が折れたのか、それとも西シャガ村の源泉かけ流しの通称「美人の湯」と、いう魅力的な言葉に負けた根っからの日本人体質のせいか。
 スイはこの宿に泊まったことはないけれど、ギルドのリオノーラ嬢が冒険者の彼氏と一緒に行ったという土産話(半分惚気話)で、海の幸山の幸盛沢山のおいしいご飯が自慢の宿だったと言っていて、それにちょっと惹かれたせいなのか。
 ……それとも。

『――ダメ?』

 あのターコイズブルーの捨てられた子犬のような切実な瞳と惚れた弱みに負けたのか。

『……い、いいよ……』

 口が勝手に了承していた。

 美人の湯と呼ばれるトロリとした宿自慢の湯に浸かりながら、スイは頭にのせたタオルのずり落ちを戻しながらため息をついた。

 土砂降りの雨のせいでほとんど貸し切り状態の大浴場で、スイは数分前のことを思い出す。

 あれからスイの返事に頬を染めながらそっと彼女の手を取ったエミリオに連れられて向かったのは、この宿でのいわゆるスイートルームだった。
 客室露天風呂(屋根のある半露天風呂だが)付きの広々とした客室であり、ウェルカムドリンクとしてスパークリングワインとフルーツバスケットや高級チョコレートが付いている豪華さ。
 
 エミリオはずいぶん奮発したらしいことがわかる。

「雨のせいでキャンセルが出たらしいから、せっかくだから……」

 エミリオはそう言っていたけれど、本当かどうかわからないものだ。

 ベッドルームには薔薇の花びらまで散らされていて、いわゆるハネムーンのカップルが泊まるような部屋。
 キングサイズのベッドは羽枕が二人分、白いものと柄物の計四つ乗っていて、柄物の枕には大きく文字が書かれているのが見えた。あれって例の「Yes or No 枕」というやつではなかろうか。

 しかし前の世界ぶりの温泉宿にウカレポンチ脳になってしまったスイは、とりあえずの温泉知識として、血糖値を上げるために部屋に置かれていたチョコレート菓子を一つ口に入れたのち、備え付けのタオルを持って早速温泉を堪能することにしたのだ。土砂降りの雨で気が滅入っていたけれど、こうなったからには楽しまねば。

 温泉に入りに行くというスイに、エミリオが彼女の手を取ってややはにかみながら、

「……一緒に?」

 などと言ってきた。
 一瞬「ん?」と思ったけれど、すぐにあの客室露天風呂に一緒に入るか? とのことだと思い当たったスイは、突然真っ赤になった。

 風呂とエミさんとあたし。そう思った瞬間昨夜のお風呂プレイを思い出してしまった。

「ま、まずは大浴場のほうを堪能してくる!」

 と言い残してそそくさと部屋を出てきてしまった。まずい対応したなあと今なら思う。一人取り残されたエミリオはどう思っているだろうか。
 屋根のある半露天風呂で雨でも入れるつくりの風呂だけれど、あの土砂降りを見ながら入るのはちょっと勇気がいるし。

 ――あれって、エミさん完全に発情して疑似恋人モード入ってるよね。まだ真昼間ですがな。雨降りのせいで外暗いけども。

 首元まで浸かってうへー、と変な声を出すスイ。
 こんな一日二日で急接近するのは主にエミリオの魔力枯渇の身体症状のせいなので、あくまでも「疑似恋人モード」なわけだ。
 
 王都でも自分と同じ程度の魔力持ちは見つからなかったそうだから、ここにきて本当にエミリオに都合の良い魔力の大きさを持つスイがいて、彼の言う「粘膜同士の触れ合い」をすれば魔力回復ができることを知って、そのために自分の意思とは関係なくスイを求めているのだと思うのは、スイの自己防衛的な気持ちからだろうか。

 思えば、王都の騎士団所属魔法師団第三師団長の地位に就く上級魔術師で、ドラゴネッティ子爵家の次男坊で独身おひとり様、そういうことしか知らない。
 スイが知っていることは、彼の自己紹介したその肩書以外に、下世話な話だけれど、ニャンニャン時の彼の乱れっぷりくらいしか知らないわけで。

 エミリオほどの肩書とルックスなら、王都の洗練された女子らにモテモテだろうし、二十八歳で貴族の血筋なら、今まで恋人の一人もいないなんておかしい。もしかしたら王都に残してきた恋人がいるかもしれない。恋人でなくても、ドラゴネッティ子爵家が決めた許嫁がいるかもしれない。

 もし彼にそんな相手がいるとしたら、スイは完全に浮気相手という認識になってしまう。もしくは商売女。
 本番行為はないとはいえ、スイの元いた現代社会でも、彼氏が風俗を利用しただけでも、もしくはアダルトビデオを見ただけでも浮気と一緒とみなす女子が大半だろうし、スイのようにセックスとオーラルセックスは別と思っている女子でも、決まった恋人がいるならその相手以外にそんなことはしない女子のほうが多いと思う。

 そもそも恋人がちゃんといる状態で魔力枯渇に陥ったとき、恋人にはなかった自分と同じ魔力保持者を別に見つけて、同意を得て事に及んだとして、その恋人は「しょうがなかった」と本当に納得するだろうか? スイならきっと納得できない。

「この世界じゃ違うのかな……でもリオさんは彼氏さんに一途の様子だったし……それじゃあ田舎と王都じゃ考え方が違うってこと?」

 リオノーラ嬢は彼氏の浮気は絶対に許さない派だ。付き合う前は別として、付き合い始めてからは娼館に行ったりコールガールの誘いに乗ったりしないようにと口酸っぱく言っているようだし、女の気配がしようものなら即別れると豪語している。
 クエストに出かけてしばらく会えない日が続いたときは、何か浮気防止のアイテムを持たせるらしいのだが、それは何かと聞いても「うふふ」と笑うだけで教えてはくれなかったが。パンティーとかの類だろうか。

 とにかく、今言えるスイ自身の気持ちとしては、エミリオの事は嫌いじゃないしむしろ好きだ。あんなことして好きにならないほど割り切った性格じゃない。
 
 けれどけれど。エミリオは魔力枯渇の影響でスイを欲しているだけであって、気持ちとしては本当ならこんなことをしたくないかもしれないのだ。魔力枯渇に陥ったことがスイにはないので彼の気持ちなんてわからない。
 
 だから簡単に身体を許してしまって彼に依存し、「そんなつもりはなかった」と言われたら多分悟に対して以上に傷つく気がして恐ろしくて先に進めない。
 
 そして好きになっても、おそらく結婚するとかの話なんてきっと出てこない。この世界には身分というものがあるし、そもそもスイはこのシャガ地方を離れることができないから、彼について王都に行くことなんておそらくできないだろう。
 今の安寧とした暮らしは、愛し子認定してくれたシュクラの祝福の上に成るものだから、彼の恩恵から外れれば、ちっぽけすぎるスイなど、この殺伐とした世界で生きのびることなんてできそうにないから。

 とすれば、スイはあくまでもエミリオにとって都合の良い風俗嬢的な存在にならなければいけない。深入りするつもりがないならそうするしかない。
 流されたら終わり、悟のときのように既に終わりかけていた気持ちでいたところを切られるならまだしも、盛り上がりすぎているところを切られたら、きっと平然としていられないだろうと思う。

 そこまで考えてぶくぶくと泡を吐き出しながら、スイは大浴場の上に掛けられた時計をちらと見る。気が付けば一時間以上経過している。温泉好きの純日本人なのでこんなの大したことじゃないけれど、エミリオは今頃心配しているんじゃないだろうか?

「そろそろあがろ……」

 ざばりと立ち上がって湯から出ると、脱衣所の化粧コーナーで女性店員が風魔法を使って髪を乾かしてくれた。ドライヤーがないのでこの世界ではこうして魔法をつかうようだ。
 洗い場にあったシャンプーとおぼしき液体石鹸とコンディショナーとおぼしき香油のような液体は少し敬遠してしまったものの、使ってみてこうして乾くと、スイのもともと鴉の濡れ羽色と言われていた髪がますます艶々になった。

「んまぁ~! お綺麗ですこと! 珍しい黒髪でしかもこんなにまっすぐ艶々で……! お見かけしたとき、一体どこの姫君かと思いましたわ」
「あ、いえ。ありがとうございます……」
「こんなお美しい奥様をお持ちの旦那様はさぞかし鼻が高うございましょうね」
「え」

 奥様と呼ばれてどうにも自分とエミリオはここの店員に夫婦と思われているらしい。土砂降りでほかに客もいないから、顔を覚えられたようだ。そもそもあんなカップル向けのスイートルームをかりたアラサーの男女となれば、そう思われても仕方ないかもしれない。

 否定するのも、結婚してないし恋人でもないけど、ちょっとした身体の関係はあります、などと説明が必要になるので、ここは頷いておくべきだろうか。

「奥様?」
「あ、ははははい! そうなんですよぉ~、宅の主人ったらここの湯は君の肌も髪ももっと綺麗になるからって~」
「あらま、ご馳走様ですわ。ちょうどよろしゅうございました。こちら、土地神シュクラ様の祝福を受けている源泉ですので、美肌の湯ならびに子宝の湯とも呼ばれておりますのよ」
「こっ……子宝」
「シュクラ様の祝福を受けて、子宝にめぐまれなかったご夫婦が後に玉のようなお子を授かったと感謝のお手紙が届いたこともございましてよ。奥様とご主人にもその幸せが訪れるといいですわね!」
「は、はあ……ははははは」

 まじか。ここでシュクラ様の名前を聞くことになるとは思わなんだ。
 子宝の湯って、現代日本だったらゲン担ぎ程度の認識だけど、ここの守護神は現存神で実体のあるシュクラ様で、この世界は魔法が存在する世界だから、嫌に現実味があって怖い。

 ――エミさん似の赤ちゃん……多分ベビーモデルになりそうなくらい可愛いのだろうけど。

 一瞬そんなことを考えてしまったけど、いやいや、まてまて、そもそもないから、と首を振った。

 ますます本番行為なんて絶対できない。そういえばこの世界の避妊ってどういう認識なんだろう。この女の人に聞いてみたいけれど、子宝話で盛り上がっている女性に避妊の話なんてしたら気分を害するかもしれないし、そもそも恥ずかしくて聞けない。

 温泉に子宝の祝福しているらしいシュクラにそんなこと聞くのも何だし、ここはやっぱり友人のリオノーラ嬢に聞くべきだったろうか。

 とりあえず店員の女性に愛想笑いを返して、大浴場をあとにすると、自意識過剰な自分を否定しつつも大変気が向かなかったが、エミリオのいるスイートルームに戻ることにした。

 部屋に入ってリビングスペースのドアをそっと開けようとドアノブに手をかけたとき、中から何やらエミリオの声が聞こえてきた気がして立ち止まる。

『はっ……はっ……あぁ、ん、スイ、スイ……!』

 ――え、なに、なになに、どういう……エミさん何してんの?

 ちょっとだけドアを音が立たないくらいに小さく開けて、中を見て見ると、広々としたリビングスペースにある豪華なソファーに座ったエミリオがいるのが見えた。

 口に自分のローブの裾を咥えて、うつむいたまま、下におろした手を動かしている。スイの名を呼びながらやや苦し気に、でもそのターコイズブルーの瞳は若干恍惚と潤んでいて……。

 ――え、やば。エミさんやば。

 エミリオは……自慰に耽っていた。

 驚きすぎて思わずドアノブを握る手に力が入ったスイは、キィというドアの音に驚いて手を離してしまい、その反動でやや大きく開いてしまったドアの向こうで、こちらを振り向いた頬の赤いエミリオとばっちり目が合ってしまったのである。
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