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016 魔力覚醒ってアレが呼び水になるんですか?
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キリアンは、メルティーナがまだ出しっぱなしにしていた彼女のステータス画面をふいっと覗き込んだ。
「お、これがメルさんの魔力の残量? へえ、三分の一くらい回復したのか」
空中にふわりと浮かんでいるステータス表示の画面をキリアンは指さして言った。人差し指で魔力ゲージの部分をちょいちょいと触ろうとして指がすり抜けるのを不思議そうに眺めていた。
それを一瞬何をやっているんだと呆れた様子で見ていたメルティーナだが、はっとして急にがばっと起き出した。そんな彼女に驚いて手を引っ込めたキリアンがきょとんとした顔でメルティーナを見た。
「どした?」
「あ、貴方、これ、視えるの?」
「は? これって、この魔法の映像的なやつ?」
ちょいちょいと今一度その画面をつつくそぶりを見せるキリアン。確実にそのステータス画面を見ている。メルティーナはそんなキリアンを驚いた表情で見た。
『だから枯渇状態になったらすぐに魔力補充できるように男を傍に置いとくといいのよ~。ただし、魔力の低い子を選ぶこと。相手が魔力が高いと悪い影響があるからね』
『悪い影響があるからね』
『悪い影響が……』
師匠の言葉が一瞬蘇った。
昨日までは魔力枯渇状態だったメルティーナには全く感じられなかったが、今改めて見てみると、キリアンの身体を覆うオーラのようなものに魔力の片鱗が感じられる。
このオーラ的なものは生物であれば必ず持っているものだが、そこにもう一枚ベールのように被せられた色違いのオーラが魔力だ。これは神的、精霊的、霊的な物からその人物が特別に与えられたもので、これを持つ人間が魔力適性有りと言われている。
これは幼い頃に発現するもので、キリアンのような大人から突然発現するものではないとされている。
ということは、この男は魔法使いだったのだろうか?
魔法使いというとメルティーナのように魔力が非常に高い。
悪い影響があるから魔力の高い者を情交の相手に選ぶなと、師匠にいつも言われていたというのに。
具体的にどんな悪影響だっただろうか。メルティーナは必死で自宅の魔導書を思い出そうとしていたが、なかなか考えがまとまらない。
「ていうか……待って。貴方が魔法使いだったなんて知らなかったわ」
「え、何それ。俺魔法なんて使えねえし」
「嘘吐き」
「なんでだよ」
「魔法適性がない人にこれが見えるはずないもの」
「なんだそれ。俺魔法のマの字も知らねえのに」
「どういうこと? 魔法適性があるんじゃないの? 子供の頃に教会で検査を受けるのがこの国の義務でしょ?」
この国では魔法使いは貴重であるため、国でしっかり素質のある者を管理するために魔法適正検査を行って将来性のある子に専門的な魔術を勉強する機会が与えられる。
検査は子供が生まれると聖職者の手によって国民全員が行う義務であった。これは貴族だろうと自由民だろうと、孤児院だろうと必ず一生に一度は行われる。
メルティーナも魔女になるずっと前、ほんの赤ん坊のころに先代オルガナ大森林の賢者に拾われた際、近所にある小さな教会で検査を受けたと聞いた。そして魔法適正があり、潜在的魔力の量が膨大だったため、魔力暴走を避けるために師匠に徹底的に魔力のコントロールを身に付けさせられたのだった。
メルティーナの子供時代でそうなのだから、キリアンの子供時代から現代までであれば、検査方法も発達してるだろうし、今までわからなかったなんてあるはずがない。
「適性検査は俺だってもちろん受けたさ。俺のガキの頃住んでたとこってまだ開拓中の村だったから教会もろくになかったけど、隣町の教会から派遣されてきた修道士のおっちゃんに村の子供全員検査してもらってたんだ。その結果、俺含めて同年代の子供に適正は皆無だったぜ、うちの村」
「そんなバカな……後天的に魔法適正が出てくるなんて、そんな話聞いたこともないけど……貴方の村に派遣された修道士の腕が悪かったのかしら」
キリアンをまじまじと見ながら奇妙な話に首をかしげるメルティーナを見て、キリアンはその触れられもせず見えているだけのステータスのビジョンをつつくふりをしながら尋ねた。
「んー、と。これが見えちゃうのってなんかマズいの? 個人情報とかそういう類の話じゃなさそうだけど」
「これは単なる今の私の体調の様子だから大したこと書かれてないし、触っても問題ないけど、今はそれよりも貴方のことよ。一日も早く教会で魔法適性の再検査を受けたほうがいいわ。何の措置もなく魔力暴走になるとまずいから」
普通は子供のころに受ける検査なので大人が再検査するのは珍しいことだが、大人でも何らかの作用で魔力の変異や不調などがあった場合は再検査した方がいい場合もある。
「俺良く知らんけど魔力暴走ってのはそんなやばいの?」
「そうね……最近は制御が徹底されてるけど、ひと昔前は魔力が制御できなかった子供が暴走を起こして村一つ壊滅させたこともコルフォニカ王国の歴史に残っているはずよ」
「あー、そこまですごいのか。村一つって」
「ええ……今だから言えるけど、私も子供の頃に魔力に翻弄されたの。私の場合破壊行動まではなかったけど、魔力酔いで自家中毒を起こして死にかけたことがあるわ」
魔力暴走にはタイプが二種類あるらしい。膨大な魔力を放出し、周りを巻き込んでしまうタイプ、そして自分の身体の中で魔力を抱えすぎて体調不良を起こすタイプだ。
前者は本人は無事だが周囲に甚大な被害が出るし、後者は周りは被害が出ないが本人が死にかけてしまう。
メルティーナは内に籠らせてしまうタイプだ。もともと人との関わりが苦手なタイプなので、魔力も本人の性格に倣うところがあるのかもしれない。
「まじか」
「……まあ、師匠がいてくれてなんとかなったけれど」
「えー、俺ってもしそうなったらどっちなんだろ」
「貴方は周りに影響を与えるような暴発をするタイプに見えるわね……」
「あー、わかるかも。俺ってほら、陽キャじゃん?」
「自分で言うのね……まあ確かに、内に籠らせるタイプには見えないけど。それにしても、貴方の魔力はどうしたものかしらね」
メルティーナの話にキリアンはしばし考え込んでから首をかしげながら話し出す。
「んー……そういえばさ」
「え?」
「俺、魔法適正はねえって言われたけど、魔力ってか霊感みたいなものがあるって言われたような」
「霊感?」
「うん。俺の死んだ婆っちゃん、シャーマンだったんだよね。ま、血は受け継いでる可能性はあるかも」
「シャーマン……そうなのね。だったら今まで霊的なものを見たとか感じたことは?」
「全くもってアリマセン。霊感役立たず。視えるもんなら視てみてえよ、面白そうだし? なんつって、ははは」
キリアンの態度に、この男は肝試しに墓地や廃墟に行っていらない呪いを貰ったり、余計な色情霊でもくっつけて帰ってきそうなタイプだなあとメルティーナは呆れた。
そもそも娼館というのはそういった悪霊などが集まりやすい場所だと聞いている。地縛霊やそれこそ色情霊、激しい嫉妬や羨望から生まれる生霊や、もしかすると水子霊だってわんさかいるかもしれない。
そう思ってふと脳内で魔法展開をしてこの娼館を魔力探知してみたが、どうにもほとんど害のない通りすがりのエキストラ霊くらいしかいない綺麗なものだ。
避妊管理は徹底していると言っていた通り、水子霊の存在も見当たらない。シャーマンの祖母から何らかの力を血で受け継いでいるキリアンが楼主となっているせいなのかわからないが、不思議なことにこの場所はそういった害のある霊障というものと縁はなさそうだった。
――魔力適正や霊力があっても霊を見たことがないなんて、おそらく知らないうちに弾いてしまっていて傍に来ないのかもしれないわね。
「視えたってそんな面白いものでもないわよ。面倒なだけ。……でも原因としてはお祖母様の血筋ってこともあるかもね」
「……ん? てかさ、今までそんな感じ無かったのに、今日いきなり魔力だの霊感だのが出てきたのって何で?」
魔法の「マ」の字も知らないキリアンが至極真っ当な質問をしたのだが、メルティーナはそのことには気づかないで欲しかったと思わざるを得ない。
しかし、純粋に質問をしているキリアンに答えないわけにもいかず。
「それは、その……わ、私と夜を過ごしたから、だと思うわ……」
「……えーと、つまり?」
「……つ、つまり、そういうことよ。わかるでしょ」
「賢者様であるメルさんとのセックスが俺の魔力の呼び水みたいなもんになったと」
「い、言わなくていいの! 下品よ!」
――そういうことは口に出さずに察しなさいよ!
あけっぴろげに話すキリアンにメルティーナは顔を手で覆った。
何で男娼(元だが……)という生き物は性的なことに関して臆面もなく話せるのだろうか。廓で働く人間というのは、こういった性的な話をすることに禁忌のない者が多いのかもしれない。
「と、とにかく、近いうちに教会を訪ねて。事情を話して検査を受けた方がいいわ。それから考えましょう」
「マジか。俺あんまり教会って好きじゃねえんだけど」
「私だって魔女だから教会にはあまり縁がないけど、そんなこと言っている場合じゃないのよ」
「めんどくせえー」
自分の事なのに暢気に欠伸をしているキリアンの危機感の無さに、この調子だと教会には行きそうにもないなと思ったメルティーナは、とりあえずベッドを降り、自分のバッグをごそごそと漁り出した。
せめて、何かしらの身に着ける魔道具のようなものがあれば少しは暴走予防になるかもしれない。
マグノリア公女の施術のために、魔女や魔術師が使う純度の高い魔石を持ち歩いている。その一つを手にし、それにふわりと魔力を込めると、別珍の小さな巾着に入れてベッドに戻る。
その巾着を、不思議そうにこちらを見ていたキリアンに手渡した。
「これは?」
「守りの魔法を込めた魔石よ。とりあえず、魔力暴走予防にお守りとして持ち歩いておいて。何もしないより少しはましかもしれないわ」
「えっ、いいのか? こんな大層なもの。魔石って高価なやつだろ? 魔物のコアから錬成するやつだよな?」
「教会に行きたくないと言うから仕方ないわ。……貴方が魔法適正持ちに目覚めたのは、その、私に関わったからかもしれないから、私にも責任があるわけだし……」
「……ふぅん?」
意味ありげな表情で手にした魔石をまじまじと見るキリアン。そういえば、とメルティーナははっとする。
元プラチナクラスのナンバーワン男娼だったキリアンは、客からの贈り物など慣れっこすぎて嬉しくも何ともないのかもしれない。
あげく煌びやかな夜の世界での客商売の彼に初めて贈るのが、彼の職業の役立つアクセサリーでも洋服でもない、無地の別珍で作られた小さな巾着に入った魔石の御守だ。
そう考えると、いくら高価で守りの魔法が込められているからといって、華やかな彼が身に着けるにはあまりにも平凡で似つかわしくなかった。
なんだか恥ずかしくなったメルティーナはもう少しましな物にすればよかったと、魔石を取り上げようとした。
「……い、嫌なら返してよ。マグノリア公女様にでも差し上げるわ。今の公女様には御守がいくつあってもいいし……」
だがすぐにそれをひょいっと上に上げられてしまい、メルティーナの手は空を切る。
「……ちょっと! 要らないなら返して!」
「やだね。俺が貰ったんだから返さねえ。要らねえなんて言ってないし」
「ケチ付けるみたいな目で見たじゃない!」
「俺が? いつ?」
「い、今、そう見えたし……! 違う?」
「あー、相変わらず信用されてねえなあ俺。全然違えよ」
キリアンはその魔石の入った小さな巾着にキスをして上目遣いにメルティーナを見た。
「要らないわけないだろ。メルさんが俺のこと心配して用意してくれたプレゼントだし」
「し、心配なんて……せ、責任があるから、ただそれだけよ」
「へー、責任とってくれんだ? 俺の恋人は優しいなあ」
「……はいはい。そういう設定ね。そうよ、愛の証よダーリン」
メルティーナはやけくそになって言った。言いながら恥ずかしくなって枕に突っ伏して火が出そうに真っ赤になった顔面を隠す。くすくすとキリアンの笑い声が聞こえてくるのが悔しい。
と、不意にキリアンの息吹が耳元で感じられたかと思うと、振り向く間もなく耳を咥えられてしまった。
「きゃっ……!」
何を、と抗議しかけるも、すぐに耳の中を舐められ、その音と感触にぞくぞくするものが背筋を駆け上る中、キリアンの手がメルティーナのバスローブの裾をたくし上げてきた。
「ちょ、ちょっと……キリアン!」
「んん~、今のはさあ、メルさんが悪くね? 今ので俺めっちゃ勃起しちまった」
「ど、どういうことよ!」
「終わったらもっかい風呂入れて身支度ばっちりしてあげるからさ、……しよ?」
「……っ!」
耳元で色気のあるバリトンで囁かれ、メルティーナは力がへなへなと抜けてしまった。あとはもう、彼に身を暴かれるまま暴かれた。
「お、これがメルさんの魔力の残量? へえ、三分の一くらい回復したのか」
空中にふわりと浮かんでいるステータス表示の画面をキリアンは指さして言った。人差し指で魔力ゲージの部分をちょいちょいと触ろうとして指がすり抜けるのを不思議そうに眺めていた。
それを一瞬何をやっているんだと呆れた様子で見ていたメルティーナだが、はっとして急にがばっと起き出した。そんな彼女に驚いて手を引っ込めたキリアンがきょとんとした顔でメルティーナを見た。
「どした?」
「あ、貴方、これ、視えるの?」
「は? これって、この魔法の映像的なやつ?」
ちょいちょいと今一度その画面をつつくそぶりを見せるキリアン。確実にそのステータス画面を見ている。メルティーナはそんなキリアンを驚いた表情で見た。
『だから枯渇状態になったらすぐに魔力補充できるように男を傍に置いとくといいのよ~。ただし、魔力の低い子を選ぶこと。相手が魔力が高いと悪い影響があるからね』
『悪い影響があるからね』
『悪い影響が……』
師匠の言葉が一瞬蘇った。
昨日までは魔力枯渇状態だったメルティーナには全く感じられなかったが、今改めて見てみると、キリアンの身体を覆うオーラのようなものに魔力の片鱗が感じられる。
このオーラ的なものは生物であれば必ず持っているものだが、そこにもう一枚ベールのように被せられた色違いのオーラが魔力だ。これは神的、精霊的、霊的な物からその人物が特別に与えられたもので、これを持つ人間が魔力適性有りと言われている。
これは幼い頃に発現するもので、キリアンのような大人から突然発現するものではないとされている。
ということは、この男は魔法使いだったのだろうか?
魔法使いというとメルティーナのように魔力が非常に高い。
悪い影響があるから魔力の高い者を情交の相手に選ぶなと、師匠にいつも言われていたというのに。
具体的にどんな悪影響だっただろうか。メルティーナは必死で自宅の魔導書を思い出そうとしていたが、なかなか考えがまとまらない。
「ていうか……待って。貴方が魔法使いだったなんて知らなかったわ」
「え、何それ。俺魔法なんて使えねえし」
「嘘吐き」
「なんでだよ」
「魔法適性がない人にこれが見えるはずないもの」
「なんだそれ。俺魔法のマの字も知らねえのに」
「どういうこと? 魔法適性があるんじゃないの? 子供の頃に教会で検査を受けるのがこの国の義務でしょ?」
この国では魔法使いは貴重であるため、国でしっかり素質のある者を管理するために魔法適正検査を行って将来性のある子に専門的な魔術を勉強する機会が与えられる。
検査は子供が生まれると聖職者の手によって国民全員が行う義務であった。これは貴族だろうと自由民だろうと、孤児院だろうと必ず一生に一度は行われる。
メルティーナも魔女になるずっと前、ほんの赤ん坊のころに先代オルガナ大森林の賢者に拾われた際、近所にある小さな教会で検査を受けたと聞いた。そして魔法適正があり、潜在的魔力の量が膨大だったため、魔力暴走を避けるために師匠に徹底的に魔力のコントロールを身に付けさせられたのだった。
メルティーナの子供時代でそうなのだから、キリアンの子供時代から現代までであれば、検査方法も発達してるだろうし、今までわからなかったなんてあるはずがない。
「適性検査は俺だってもちろん受けたさ。俺のガキの頃住んでたとこってまだ開拓中の村だったから教会もろくになかったけど、隣町の教会から派遣されてきた修道士のおっちゃんに村の子供全員検査してもらってたんだ。その結果、俺含めて同年代の子供に適正は皆無だったぜ、うちの村」
「そんなバカな……後天的に魔法適正が出てくるなんて、そんな話聞いたこともないけど……貴方の村に派遣された修道士の腕が悪かったのかしら」
キリアンをまじまじと見ながら奇妙な話に首をかしげるメルティーナを見て、キリアンはその触れられもせず見えているだけのステータスのビジョンをつつくふりをしながら尋ねた。
「んー、と。これが見えちゃうのってなんかマズいの? 個人情報とかそういう類の話じゃなさそうだけど」
「これは単なる今の私の体調の様子だから大したこと書かれてないし、触っても問題ないけど、今はそれよりも貴方のことよ。一日も早く教会で魔法適性の再検査を受けたほうがいいわ。何の措置もなく魔力暴走になるとまずいから」
普通は子供のころに受ける検査なので大人が再検査するのは珍しいことだが、大人でも何らかの作用で魔力の変異や不調などがあった場合は再検査した方がいい場合もある。
「俺良く知らんけど魔力暴走ってのはそんなやばいの?」
「そうね……最近は制御が徹底されてるけど、ひと昔前は魔力が制御できなかった子供が暴走を起こして村一つ壊滅させたこともコルフォニカ王国の歴史に残っているはずよ」
「あー、そこまですごいのか。村一つって」
「ええ……今だから言えるけど、私も子供の頃に魔力に翻弄されたの。私の場合破壊行動まではなかったけど、魔力酔いで自家中毒を起こして死にかけたことがあるわ」
魔力暴走にはタイプが二種類あるらしい。膨大な魔力を放出し、周りを巻き込んでしまうタイプ、そして自分の身体の中で魔力を抱えすぎて体調不良を起こすタイプだ。
前者は本人は無事だが周囲に甚大な被害が出るし、後者は周りは被害が出ないが本人が死にかけてしまう。
メルティーナは内に籠らせてしまうタイプだ。もともと人との関わりが苦手なタイプなので、魔力も本人の性格に倣うところがあるのかもしれない。
「まじか」
「……まあ、師匠がいてくれてなんとかなったけれど」
「えー、俺ってもしそうなったらどっちなんだろ」
「貴方は周りに影響を与えるような暴発をするタイプに見えるわね……」
「あー、わかるかも。俺ってほら、陽キャじゃん?」
「自分で言うのね……まあ確かに、内に籠らせるタイプには見えないけど。それにしても、貴方の魔力はどうしたものかしらね」
メルティーナの話にキリアンはしばし考え込んでから首をかしげながら話し出す。
「んー……そういえばさ」
「え?」
「俺、魔法適正はねえって言われたけど、魔力ってか霊感みたいなものがあるって言われたような」
「霊感?」
「うん。俺の死んだ婆っちゃん、シャーマンだったんだよね。ま、血は受け継いでる可能性はあるかも」
「シャーマン……そうなのね。だったら今まで霊的なものを見たとか感じたことは?」
「全くもってアリマセン。霊感役立たず。視えるもんなら視てみてえよ、面白そうだし? なんつって、ははは」
キリアンの態度に、この男は肝試しに墓地や廃墟に行っていらない呪いを貰ったり、余計な色情霊でもくっつけて帰ってきそうなタイプだなあとメルティーナは呆れた。
そもそも娼館というのはそういった悪霊などが集まりやすい場所だと聞いている。地縛霊やそれこそ色情霊、激しい嫉妬や羨望から生まれる生霊や、もしかすると水子霊だってわんさかいるかもしれない。
そう思ってふと脳内で魔法展開をしてこの娼館を魔力探知してみたが、どうにもほとんど害のない通りすがりのエキストラ霊くらいしかいない綺麗なものだ。
避妊管理は徹底していると言っていた通り、水子霊の存在も見当たらない。シャーマンの祖母から何らかの力を血で受け継いでいるキリアンが楼主となっているせいなのかわからないが、不思議なことにこの場所はそういった害のある霊障というものと縁はなさそうだった。
――魔力適正や霊力があっても霊を見たことがないなんて、おそらく知らないうちに弾いてしまっていて傍に来ないのかもしれないわね。
「視えたってそんな面白いものでもないわよ。面倒なだけ。……でも原因としてはお祖母様の血筋ってこともあるかもね」
「……ん? てかさ、今までそんな感じ無かったのに、今日いきなり魔力だの霊感だのが出てきたのって何で?」
魔法の「マ」の字も知らないキリアンが至極真っ当な質問をしたのだが、メルティーナはそのことには気づかないで欲しかったと思わざるを得ない。
しかし、純粋に質問をしているキリアンに答えないわけにもいかず。
「それは、その……わ、私と夜を過ごしたから、だと思うわ……」
「……えーと、つまり?」
「……つ、つまり、そういうことよ。わかるでしょ」
「賢者様であるメルさんとのセックスが俺の魔力の呼び水みたいなもんになったと」
「い、言わなくていいの! 下品よ!」
――そういうことは口に出さずに察しなさいよ!
あけっぴろげに話すキリアンにメルティーナは顔を手で覆った。
何で男娼(元だが……)という生き物は性的なことに関して臆面もなく話せるのだろうか。廓で働く人間というのは、こういった性的な話をすることに禁忌のない者が多いのかもしれない。
「と、とにかく、近いうちに教会を訪ねて。事情を話して検査を受けた方がいいわ。それから考えましょう」
「マジか。俺あんまり教会って好きじゃねえんだけど」
「私だって魔女だから教会にはあまり縁がないけど、そんなこと言っている場合じゃないのよ」
「めんどくせえー」
自分の事なのに暢気に欠伸をしているキリアンの危機感の無さに、この調子だと教会には行きそうにもないなと思ったメルティーナは、とりあえずベッドを降り、自分のバッグをごそごそと漁り出した。
せめて、何かしらの身に着ける魔道具のようなものがあれば少しは暴走予防になるかもしれない。
マグノリア公女の施術のために、魔女や魔術師が使う純度の高い魔石を持ち歩いている。その一つを手にし、それにふわりと魔力を込めると、別珍の小さな巾着に入れてベッドに戻る。
その巾着を、不思議そうにこちらを見ていたキリアンに手渡した。
「これは?」
「守りの魔法を込めた魔石よ。とりあえず、魔力暴走予防にお守りとして持ち歩いておいて。何もしないより少しはましかもしれないわ」
「えっ、いいのか? こんな大層なもの。魔石って高価なやつだろ? 魔物のコアから錬成するやつだよな?」
「教会に行きたくないと言うから仕方ないわ。……貴方が魔法適正持ちに目覚めたのは、その、私に関わったからかもしれないから、私にも責任があるわけだし……」
「……ふぅん?」
意味ありげな表情で手にした魔石をまじまじと見るキリアン。そういえば、とメルティーナははっとする。
元プラチナクラスのナンバーワン男娼だったキリアンは、客からの贈り物など慣れっこすぎて嬉しくも何ともないのかもしれない。
あげく煌びやかな夜の世界での客商売の彼に初めて贈るのが、彼の職業の役立つアクセサリーでも洋服でもない、無地の別珍で作られた小さな巾着に入った魔石の御守だ。
そう考えると、いくら高価で守りの魔法が込められているからといって、華やかな彼が身に着けるにはあまりにも平凡で似つかわしくなかった。
なんだか恥ずかしくなったメルティーナはもう少しましな物にすればよかったと、魔石を取り上げようとした。
「……い、嫌なら返してよ。マグノリア公女様にでも差し上げるわ。今の公女様には御守がいくつあってもいいし……」
だがすぐにそれをひょいっと上に上げられてしまい、メルティーナの手は空を切る。
「……ちょっと! 要らないなら返して!」
「やだね。俺が貰ったんだから返さねえ。要らねえなんて言ってないし」
「ケチ付けるみたいな目で見たじゃない!」
「俺が? いつ?」
「い、今、そう見えたし……! 違う?」
「あー、相変わらず信用されてねえなあ俺。全然違えよ」
キリアンはその魔石の入った小さな巾着にキスをして上目遣いにメルティーナを見た。
「要らないわけないだろ。メルさんが俺のこと心配して用意してくれたプレゼントだし」
「し、心配なんて……せ、責任があるから、ただそれだけよ」
「へー、責任とってくれんだ? 俺の恋人は優しいなあ」
「……はいはい。そういう設定ね。そうよ、愛の証よダーリン」
メルティーナはやけくそになって言った。言いながら恥ずかしくなって枕に突っ伏して火が出そうに真っ赤になった顔面を隠す。くすくすとキリアンの笑い声が聞こえてくるのが悔しい。
と、不意にキリアンの息吹が耳元で感じられたかと思うと、振り向く間もなく耳を咥えられてしまった。
「きゃっ……!」
何を、と抗議しかけるも、すぐに耳の中を舐められ、その音と感触にぞくぞくするものが背筋を駆け上る中、キリアンの手がメルティーナのバスローブの裾をたくし上げてきた。
「ちょ、ちょっと……キリアン!」
「んん~、今のはさあ、メルさんが悪くね? 今ので俺めっちゃ勃起しちまった」
「ど、どういうことよ!」
「終わったらもっかい風呂入れて身支度ばっちりしてあげるからさ、……しよ?」
「……っ!」
耳元で色気のあるバリトンで囁かれ、メルティーナは力がへなへなと抜けてしまった。あとはもう、彼に身を暴かれるまま暴かれた。
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