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015 「初めて」の相手に惚れるほど初心な少女じゃない、はず(改稿版)
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メルティーナは気が付けばセピア色の世界にいた。
世界とはいえ、そこは見慣れたオルガナ大森林の中の小さなログハウス。森の賢者が住まう庵、そこがメルティーナの世界であった。
いつも行き先を告げずにふらりと出掛けては何日も戻らず、忘れた頃にふらりと戻って来る先代の森の賢者である師匠。帰ってきたときの彼女はいつも生々しい酒と男物の香水と情交の残り香を漂わせてご機嫌で戻ってきた。
そんな彼女に呆れて文句を言いつつも、湯あみの支度などを甲斐甲斐しく世話をした弟子のメルティーナだったが、その情交の花びらが散る師匠の背を流して湯あみの世話をしている際に、師匠はメルティーナにあることを言っていた。
『魔力枯渇だけには十分気を付けて。魔女にとっては魔力は命にも等しい。魔力が完全に尽きたら、体力も数分で尽きて不老のその体も消えてなくなってしまうから~』
『だから枯渇状態になったらすぐに魔力補充できるように男を傍に置いとくといいのよ~。ただし、魔力の低い子を選ぶこと。相手が魔力が高いと悪い影響があるからね』
――悪い影響って一体どんなことだろう。想像がつかない。
その時のメルティーナは魔力枯渇状態になったことなど無かったし、一般人の何倍も多い魔力保持者だったため、そんな状態になることなど有り得ないとやや高をくくっていて、男なんていらないし、魔力補充のために男と性行為をするなんて嫌だとまで思っていたのだ。
そのためその時の師匠の言葉をよく考えもしなかった。
まさか、加護のあるオルガナ大森林を遠く離れた王都で超高難易度の重い呪いの解呪を行って馬鹿にしていた魔力枯渇に陥るなんて思いもしなかった。
師匠が頻繁に出歩いて男性と関係を持つのを不潔だとまで思っていたが、今にして思えばあれは魔力持ちで魔法を扱う職業にしてみれば健康維持の一つだったのかもしれない。
魔力枯渇が気絶するほど苦しいものだと知っていれば、とも思うが、こればかりは経験してみないとわからないと思う。きっと師匠も魔力枯渇を経験して二度と掛かりたくないと思っていたのだろうと思われた。
この世界の神がどういう意味でそのような理をしいたのか、今でもさっぱりわからない。やはり魔女である自分は神を信じないのでわからなかった。
またもや寝落ちしたと思ってがばっと起き出した瞬間、下半身に激痛が走って思わず悲鳴を上げそうになるが、声もうまく出ずメルティーナは悶絶した。
――痛い。とんでもないところがずきずきする。
もしかして、と思い掛け布団をめくってみると、自身は昨日の朝と同じくバスローブに身に着けていたが、シーツには赤黒い血痕があった。
「うわ……これが噂の……」
血が不気味とかこれは裏方が洗濯大変だと思うよりも、師匠の猥談からしか情報がなかった「翌朝のシーツに愛の証が♪」とやらがあったということに「ほぉ~……」と感心していた。愛の証かはともかくまぎれもなくメルティーナの破瓜の血痕だろう。閨事において百戦錬磨な元男娼のキリアンがあんな状況で怪我をするはずもないし。
しかし急にむずむずした鼻を押さえて小さくくしゃみをしたあとにその衝撃で股間がずきりと痛んで「おっ……!」と涙目になってしまった。
――痛い痛い痛い。か、回復魔法……って、あ、そういえば。
股間の痛みと喉の渇きに気を取られていたが、ふと気づいたことにあれほどイライラさせていた鈍く続く頭痛がすっかり消えている。
寝起きで鈍った頭をぷるぷると振ってシャキッとさせると、メルティーナは恐る恐る空中に魔法を展開させてみた。
ステータスを数字化させた画面を表示させたメルティーナは、体力ゲージと魔力ゲージの欄を食い入るように見つめた。
体力ゲージは七割、魔力ゲージは三分の一ほどまでに回復しているのが見えた。
体力はもともと無い方だが、マージマスターとなったメルティーナの魔力は通常の人間の何倍もあるため、魔力枯渇に陥ったらなかなか回復しない。それが全体ゲージの三分の一まで回復した。とはいえ普通の人間なら完全回復にも等しい。ここまで回復したなら大抵の魔法は使えるしまず大丈夫だろう。
失ってから気づくとは言うが、魔力も枯渇してからありがたみに気づくものなんだと、メルティーナは今更ながら驕り昂った自分を反省した。
それにしても。
「ほぼゼロだったところをここまで……セックスってすごいのね……」
魔力は十分な休養か官能によって気分が充足すると回復する。その瞬間ありありと戻って来る昨夜の記憶にメルティーナは赤面してしまった。
そばには誰もいない。窓の外からざあざあと雨音が聞こえてきた。雨音で一瞬気づかなかったが、広いビップルームの奥にある浴室からシャワーの音が聞こえてきて、今回の魔力回復の貢献者のことをぼんやり思い出す。
忘れては申し訳ないだろう。元プラチナナンバーワンの男娼でこの娼館アスフォデルの現楼主、既に引退したにも関わらず、メルティーナへの罪滅ぼしと称して魔力回復のためにメルティーナに付き合ってくれたキリアンのことを。
彼の存在を思い出したら雪崩のように昨夜の悩ましい行為の記憶が押し寄せてきて、頭のてっぺんまで熱が駆け上がった。
――すっごかった。な、内臓で繋がるって感じなのかしら。あれはほんと、禁断の果実のような……。
口に出すのも憚られるほどいやらしくて悩ましい、なのに身体が感じる気持ち良さを詰め込んだみたいな感覚だった。
絶対気持ちいいと言わせて見せると豪語していたキリアンに、行為中しっかり「気持ちいい」と言ってしまったメルティーナ。まんまと彼の策略に嵌ってしまったみたいで悔しい。いつものように文句でも言えるものなら言いたかったがその前に気絶した。
感触もそうだが、何よりメルティーナの気持ちを上げたのは、行為中のキリアンの表情だ。汗をびっしょりかきながら、水色の目を細めてうっとりと恍惚とした表情をしていた彼に雷に打たれたみたいな感覚で絶頂してしまった。
一体どうしていけすかないと思っていた彼に対してそんな気持ちになったのか、メルティーナにもさっぱりわからない。
――これが絆(ほだ)された、ってやつかしら? この私があの人に?
なんとか頭で整理しようとして、メルティーナは考えれば考えるほど頬が熱くなってきた。
――違う違う。相手はこういうことのプロよ。キリアンはあくまでも仕事で私に付き合ってくれてるだけ。そんな相手に本気になるほど世間知らずの小娘じゃないわ。十四、五くらいの思春期の女の子じゃあるまいし……。
落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら、メルティーナはそっと自分に回復魔法を施した。
数時間前までこんなこともできないほどの魔力枯渇を起こしていたというのに、あっという間に身体の痛みが取れていく。
ふう、と溜め息を吐いたものの、身体はすごく充実している。元気な身体がこんなにありがたいとは思わなかった。
回復した身体を試すように両手を握ったり開いたりしていると、かちゃりと音がして、バスルームからキリアンが出てきたのが見えた。早く起きてシャワーを浴びていたらしい。
何故か一瞬彼の股間に視線を向けてしまった自分がメルティーナは恥ずかしかった。
「ん、メルさんおはよ。もう起きたんだ? よく寝てたからまだ起きねえかと思ってた」
「キ、キリアン、おはよう。今何時?」
「まだ明け方。時間あるからまだ寝てていいと思うぜ。いや~、よく寝てたな。だって風呂に連れてって身体洗っててもメルさん起きねえんだもん。さすがに息確認したわ」
事後に、キリアンは気絶したメルティーナをまた風呂に入れてくれたらしい。メルティーナを風呂に入れた後、しっかりバスローブを着せて、今度は自分も汗を流してきたようだ。
身体を勝手に洗われたことに関しては、この男はそれが仕事の一環なのだと思って気にしないことにした。
「そ、それはごめんなさい……っていうか、洗ってくれたのね。そういえばさっぱりしてる」
メルティーナの言葉に、キリアンは視線を逸らせてバツが悪そうにぽりぽりと頬を掻いた。
「……いや、てか、身体じゅう俺のザーメンまみれにしちまったから、それはさすがにね……良心が咎めて」
「ザー……まみれ……ああ……」
フィニッシュの際に顔まで白い何かが飛んできたのを暗転する視界の隅に確かに見た気がする。あれがいわゆる子種というやつだ。あれを女性の胎内で吐き出すと女性のバイオリズムのタイミングが合えば妊娠するわけだ。
「こんなこと言ったらまたメルさんキレるかもしんねえけど、ほら、メルさんって見た目が、えーと、あれだ、若々しい、じゃん?」
「言葉選べるようになったのね」
「はは……まあ、その、そんな貴女に欲情した自分が、すっげえ悪い事してるみたいで……」
――欲情って! したの? 私に?
キリアンの言葉にメルティーナは頬がカッと熱くなった。
そういえば、集まった男娼の皆が声をそろえてキリアンは熟女専門的なことを言っていた。
メルティーナは年齢的には熟女の域に入るのだが、見た目は十代半ばの為、年端もいかぬ少女にいけない事をした感じがいなめないのだろう。
それはメルティーナにマージマスターというギフトを齎した神的な何かのせいであって、キリアンが悪いわけではないのだがこればかりは仕方がないだろうと、メルティーナ自身も思っているから気にはしていない。
「別にそんなことでキレないわよ。しょうがないもの。それは貴方の感覚が普通だと思うわ」
「いや、そうだけど俺も驚いてて。思春期小僧かってくらい興奮して、俺、わりとマダム専門なほうだと思ってたんだけど、意外に若い子もいけんのかな、はは……まさかあんなに出るとは思わなかったから」
「そ、そう、なの?」
「まあ、一線退いたあとはそう毎日ヌイたりはしないからさ。溜まってたわけではないんだけど、ただ、出た量に自分でも驚いたというか」
「それって、いいことなの? それとも悪いことなの?」
「めちゃめちゃいいこと。男は溜め込むと体に良くねえの。だから俺の健康はメルさんによって保たれました」
「健康……? 私の魔力回復みたいなことかしら。よくわからないけどそうなのね……?」
「あー、まあ、そんなとこ。ありがとうメルさん」
風呂上りでバスローブ姿に頭にタオルを乗せてニカッと笑う彼に何とも言えない感情が湧き上がってきた。
濡れた長いピンクブロンドをがしがしと拭いているその何気ない日常姿さえ、なんだか素敵だなあなんて思ってしまう。
いつものいけ好かなさも感じず、メルティーナはぼーっとその姿を眺めた。視線を感じて振り向いたキリアンは、一瞬まじまじとメルティーナを見たかと思うと、すぐに目を逸らしてぽりぽりと頬を掻く。
「あのさ……メルさんは?」
「え?」
「俺との『初めて』、どうだった?」
再びこちらを向いて、でも視線は少しずらし、彼にしては珍しくやや恥ずかし気に聞いてくるキリアン。
「ど、どうって……」
昨日の行為の感想を聞いている。一体どう答えるべきなのだろうか。キリアンは一体どういう答えを求めているのか、答えによっては良くない印象を与えてしまうかもしれない。
良かったと言うべきか。恥ずかしかったけれど、気持ち良かったと。でも具体的にどこがそうだったのかと聞かれているのか、それも分からない。
――あ、もしかして……。
初めての相手は思い出深いと師匠が聞かれてもいないことを言っていた気がする。その男が今でも好きで忘れられないと。
女性にとって、破瓜を迎えた時の行為が好印象なら、相手のことを好きになってしまうものなのかもしれない。
だとすると、キリアンはそのことを心配しているのだろうか。
あくまでもキリアンはビジネスでやっていて、メルティーナは彼との行為で失われた魔力を回復しようと利用しているだけの関係だ。
勘違いしてはいけない。こんなことで好きになるとか、そんなの恋多き師匠だけだろう。
もしかしたらキリアンはこういうビジネス的行為を本物の愛ある行為だと勘違いした客に言い寄られることもあって、メルティーナもそうならないように釘を刺すためにそう言ってきたのか。
――甘く見られたものね。「俺に惚れるなよ」と言いたいのかしら。
なんとも馬鹿にした話だが、彼も今まで不快な思いをしたのかもしれないと思ったら何だか同情もしてしまう。
メルティーナは一瞬ちくりと胸が痛んだ気がしたが、そんなの気のせいと無視すると、毅然と答えることにした。
「……き、気持ち良かったわ。魔力もだいぶ回復したし……悪くはなかったと思うけど」
「ん、色々言葉選んだあげくのクールなツンデレ。さすがメルさん。メルさんはそうでなくっちゃなあ~」
――何だかわかって来たけど、この人私がそっけなくすると逆に喜んでない? 被虐趣味でもあるのかしら。
「てか、寝ないのメルさん?」
「そうね……もう完全に目が覚めてしまったわ」
すっきり目覚めて眠気はもうない。昨日あれだけ激しく動いたというのに、久々にかけた回復魔法のおかげもあり、すっかり元気だ。
「マジか。俺も宵っ張りな方だけど流石に眠い。俺ももう若くねえわぁ」
「貴方ね、私の子供みたいな年齢のくせに年寄り臭いこと言ってんじゃないわよ」
「え、メルさん子供いるの?」
「いないわよ。こっ……子づくり行為もまだだったのにいるわけないでしょ」
「昨日までな~」
「そ、そうだけども……」
「んふふ。じゃあママ~もうちょっと寝よう?」
「きゃっ! ちょ、いきなり抱き着かないで!」
キリアンがふざけながらメルティーナを押し倒して掛け布団をかけなおしてしまった。
「あ、そうだ。言うの忘れてたけど、俺一応事前に避妊薬服用してるから、心配しなくていいよ。そういうの徹底してんだ、うちの店。お客に迷惑かける訳にはいかんし。今回は外出ししたけど、それも完璧に避妊できるわけじゃないしな」
避妊薬を服用したのも久しぶりだったけれど、とキリアンは言う。
まあ確かに疑似的な子作り行為を仕事にするからには予期せぬ性病や妊娠の危険が伴う。それを未然に防ぐのが殺精剤や避妊薬なのだが、どんな薬にも副作用があるから、そんなものを毎日ではないにしろ飲み続けたら、そのうち本当に子が欲しい時にできなくなりそうな気がする。大丈夫なのだろうか?
副作用のない万能薬なんて、メルティーナ自身はおろか、師匠でさえも作れたことがないのだ。
まあ、そんな郛(くるわ)の内部事情など部外者のメルティーナが心配する必要はないのだろうが。
世界とはいえ、そこは見慣れたオルガナ大森林の中の小さなログハウス。森の賢者が住まう庵、そこがメルティーナの世界であった。
いつも行き先を告げずにふらりと出掛けては何日も戻らず、忘れた頃にふらりと戻って来る先代の森の賢者である師匠。帰ってきたときの彼女はいつも生々しい酒と男物の香水と情交の残り香を漂わせてご機嫌で戻ってきた。
そんな彼女に呆れて文句を言いつつも、湯あみの支度などを甲斐甲斐しく世話をした弟子のメルティーナだったが、その情交の花びらが散る師匠の背を流して湯あみの世話をしている際に、師匠はメルティーナにあることを言っていた。
『魔力枯渇だけには十分気を付けて。魔女にとっては魔力は命にも等しい。魔力が完全に尽きたら、体力も数分で尽きて不老のその体も消えてなくなってしまうから~』
『だから枯渇状態になったらすぐに魔力補充できるように男を傍に置いとくといいのよ~。ただし、魔力の低い子を選ぶこと。相手が魔力が高いと悪い影響があるからね』
――悪い影響って一体どんなことだろう。想像がつかない。
その時のメルティーナは魔力枯渇状態になったことなど無かったし、一般人の何倍も多い魔力保持者だったため、そんな状態になることなど有り得ないとやや高をくくっていて、男なんていらないし、魔力補充のために男と性行為をするなんて嫌だとまで思っていたのだ。
そのためその時の師匠の言葉をよく考えもしなかった。
まさか、加護のあるオルガナ大森林を遠く離れた王都で超高難易度の重い呪いの解呪を行って馬鹿にしていた魔力枯渇に陥るなんて思いもしなかった。
師匠が頻繁に出歩いて男性と関係を持つのを不潔だとまで思っていたが、今にして思えばあれは魔力持ちで魔法を扱う職業にしてみれば健康維持の一つだったのかもしれない。
魔力枯渇が気絶するほど苦しいものだと知っていれば、とも思うが、こればかりは経験してみないとわからないと思う。きっと師匠も魔力枯渇を経験して二度と掛かりたくないと思っていたのだろうと思われた。
この世界の神がどういう意味でそのような理をしいたのか、今でもさっぱりわからない。やはり魔女である自分は神を信じないのでわからなかった。
またもや寝落ちしたと思ってがばっと起き出した瞬間、下半身に激痛が走って思わず悲鳴を上げそうになるが、声もうまく出ずメルティーナは悶絶した。
――痛い。とんでもないところがずきずきする。
もしかして、と思い掛け布団をめくってみると、自身は昨日の朝と同じくバスローブに身に着けていたが、シーツには赤黒い血痕があった。
「うわ……これが噂の……」
血が不気味とかこれは裏方が洗濯大変だと思うよりも、師匠の猥談からしか情報がなかった「翌朝のシーツに愛の証が♪」とやらがあったということに「ほぉ~……」と感心していた。愛の証かはともかくまぎれもなくメルティーナの破瓜の血痕だろう。閨事において百戦錬磨な元男娼のキリアンがあんな状況で怪我をするはずもないし。
しかし急にむずむずした鼻を押さえて小さくくしゃみをしたあとにその衝撃で股間がずきりと痛んで「おっ……!」と涙目になってしまった。
――痛い痛い痛い。か、回復魔法……って、あ、そういえば。
股間の痛みと喉の渇きに気を取られていたが、ふと気づいたことにあれほどイライラさせていた鈍く続く頭痛がすっかり消えている。
寝起きで鈍った頭をぷるぷると振ってシャキッとさせると、メルティーナは恐る恐る空中に魔法を展開させてみた。
ステータスを数字化させた画面を表示させたメルティーナは、体力ゲージと魔力ゲージの欄を食い入るように見つめた。
体力ゲージは七割、魔力ゲージは三分の一ほどまでに回復しているのが見えた。
体力はもともと無い方だが、マージマスターとなったメルティーナの魔力は通常の人間の何倍もあるため、魔力枯渇に陥ったらなかなか回復しない。それが全体ゲージの三分の一まで回復した。とはいえ普通の人間なら完全回復にも等しい。ここまで回復したなら大抵の魔法は使えるしまず大丈夫だろう。
失ってから気づくとは言うが、魔力も枯渇してからありがたみに気づくものなんだと、メルティーナは今更ながら驕り昂った自分を反省した。
それにしても。
「ほぼゼロだったところをここまで……セックスってすごいのね……」
魔力は十分な休養か官能によって気分が充足すると回復する。その瞬間ありありと戻って来る昨夜の記憶にメルティーナは赤面してしまった。
そばには誰もいない。窓の外からざあざあと雨音が聞こえてきた。雨音で一瞬気づかなかったが、広いビップルームの奥にある浴室からシャワーの音が聞こえてきて、今回の魔力回復の貢献者のことをぼんやり思い出す。
忘れては申し訳ないだろう。元プラチナナンバーワンの男娼でこの娼館アスフォデルの現楼主、既に引退したにも関わらず、メルティーナへの罪滅ぼしと称して魔力回復のためにメルティーナに付き合ってくれたキリアンのことを。
彼の存在を思い出したら雪崩のように昨夜の悩ましい行為の記憶が押し寄せてきて、頭のてっぺんまで熱が駆け上がった。
――すっごかった。な、内臓で繋がるって感じなのかしら。あれはほんと、禁断の果実のような……。
口に出すのも憚られるほどいやらしくて悩ましい、なのに身体が感じる気持ち良さを詰め込んだみたいな感覚だった。
絶対気持ちいいと言わせて見せると豪語していたキリアンに、行為中しっかり「気持ちいい」と言ってしまったメルティーナ。まんまと彼の策略に嵌ってしまったみたいで悔しい。いつものように文句でも言えるものなら言いたかったがその前に気絶した。
感触もそうだが、何よりメルティーナの気持ちを上げたのは、行為中のキリアンの表情だ。汗をびっしょりかきながら、水色の目を細めてうっとりと恍惚とした表情をしていた彼に雷に打たれたみたいな感覚で絶頂してしまった。
一体どうしていけすかないと思っていた彼に対してそんな気持ちになったのか、メルティーナにもさっぱりわからない。
――これが絆(ほだ)された、ってやつかしら? この私があの人に?
なんとか頭で整理しようとして、メルティーナは考えれば考えるほど頬が熱くなってきた。
――違う違う。相手はこういうことのプロよ。キリアンはあくまでも仕事で私に付き合ってくれてるだけ。そんな相手に本気になるほど世間知らずの小娘じゃないわ。十四、五くらいの思春期の女の子じゃあるまいし……。
落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら、メルティーナはそっと自分に回復魔法を施した。
数時間前までこんなこともできないほどの魔力枯渇を起こしていたというのに、あっという間に身体の痛みが取れていく。
ふう、と溜め息を吐いたものの、身体はすごく充実している。元気な身体がこんなにありがたいとは思わなかった。
回復した身体を試すように両手を握ったり開いたりしていると、かちゃりと音がして、バスルームからキリアンが出てきたのが見えた。早く起きてシャワーを浴びていたらしい。
何故か一瞬彼の股間に視線を向けてしまった自分がメルティーナは恥ずかしかった。
「ん、メルさんおはよ。もう起きたんだ? よく寝てたからまだ起きねえかと思ってた」
「キ、キリアン、おはよう。今何時?」
「まだ明け方。時間あるからまだ寝てていいと思うぜ。いや~、よく寝てたな。だって風呂に連れてって身体洗っててもメルさん起きねえんだもん。さすがに息確認したわ」
事後に、キリアンは気絶したメルティーナをまた風呂に入れてくれたらしい。メルティーナを風呂に入れた後、しっかりバスローブを着せて、今度は自分も汗を流してきたようだ。
身体を勝手に洗われたことに関しては、この男はそれが仕事の一環なのだと思って気にしないことにした。
「そ、それはごめんなさい……っていうか、洗ってくれたのね。そういえばさっぱりしてる」
メルティーナの言葉に、キリアンは視線を逸らせてバツが悪そうにぽりぽりと頬を掻いた。
「……いや、てか、身体じゅう俺のザーメンまみれにしちまったから、それはさすがにね……良心が咎めて」
「ザー……まみれ……ああ……」
フィニッシュの際に顔まで白い何かが飛んできたのを暗転する視界の隅に確かに見た気がする。あれがいわゆる子種というやつだ。あれを女性の胎内で吐き出すと女性のバイオリズムのタイミングが合えば妊娠するわけだ。
「こんなこと言ったらまたメルさんキレるかもしんねえけど、ほら、メルさんって見た目が、えーと、あれだ、若々しい、じゃん?」
「言葉選べるようになったのね」
「はは……まあ、その、そんな貴女に欲情した自分が、すっげえ悪い事してるみたいで……」
――欲情って! したの? 私に?
キリアンの言葉にメルティーナは頬がカッと熱くなった。
そういえば、集まった男娼の皆が声をそろえてキリアンは熟女専門的なことを言っていた。
メルティーナは年齢的には熟女の域に入るのだが、見た目は十代半ばの為、年端もいかぬ少女にいけない事をした感じがいなめないのだろう。
それはメルティーナにマージマスターというギフトを齎した神的な何かのせいであって、キリアンが悪いわけではないのだがこればかりは仕方がないだろうと、メルティーナ自身も思っているから気にはしていない。
「別にそんなことでキレないわよ。しょうがないもの。それは貴方の感覚が普通だと思うわ」
「いや、そうだけど俺も驚いてて。思春期小僧かってくらい興奮して、俺、わりとマダム専門なほうだと思ってたんだけど、意外に若い子もいけんのかな、はは……まさかあんなに出るとは思わなかったから」
「そ、そう、なの?」
「まあ、一線退いたあとはそう毎日ヌイたりはしないからさ。溜まってたわけではないんだけど、ただ、出た量に自分でも驚いたというか」
「それって、いいことなの? それとも悪いことなの?」
「めちゃめちゃいいこと。男は溜め込むと体に良くねえの。だから俺の健康はメルさんによって保たれました」
「健康……? 私の魔力回復みたいなことかしら。よくわからないけどそうなのね……?」
「あー、まあ、そんなとこ。ありがとうメルさん」
風呂上りでバスローブ姿に頭にタオルを乗せてニカッと笑う彼に何とも言えない感情が湧き上がってきた。
濡れた長いピンクブロンドをがしがしと拭いているその何気ない日常姿さえ、なんだか素敵だなあなんて思ってしまう。
いつものいけ好かなさも感じず、メルティーナはぼーっとその姿を眺めた。視線を感じて振り向いたキリアンは、一瞬まじまじとメルティーナを見たかと思うと、すぐに目を逸らしてぽりぽりと頬を掻く。
「あのさ……メルさんは?」
「え?」
「俺との『初めて』、どうだった?」
再びこちらを向いて、でも視線は少しずらし、彼にしては珍しくやや恥ずかし気に聞いてくるキリアン。
「ど、どうって……」
昨日の行為の感想を聞いている。一体どう答えるべきなのだろうか。キリアンは一体どういう答えを求めているのか、答えによっては良くない印象を与えてしまうかもしれない。
良かったと言うべきか。恥ずかしかったけれど、気持ち良かったと。でも具体的にどこがそうだったのかと聞かれているのか、それも分からない。
――あ、もしかして……。
初めての相手は思い出深いと師匠が聞かれてもいないことを言っていた気がする。その男が今でも好きで忘れられないと。
女性にとって、破瓜を迎えた時の行為が好印象なら、相手のことを好きになってしまうものなのかもしれない。
だとすると、キリアンはそのことを心配しているのだろうか。
あくまでもキリアンはビジネスでやっていて、メルティーナは彼との行為で失われた魔力を回復しようと利用しているだけの関係だ。
勘違いしてはいけない。こんなことで好きになるとか、そんなの恋多き師匠だけだろう。
もしかしたらキリアンはこういうビジネス的行為を本物の愛ある行為だと勘違いした客に言い寄られることもあって、メルティーナもそうならないように釘を刺すためにそう言ってきたのか。
――甘く見られたものね。「俺に惚れるなよ」と言いたいのかしら。
なんとも馬鹿にした話だが、彼も今まで不快な思いをしたのかもしれないと思ったら何だか同情もしてしまう。
メルティーナは一瞬ちくりと胸が痛んだ気がしたが、そんなの気のせいと無視すると、毅然と答えることにした。
「……き、気持ち良かったわ。魔力もだいぶ回復したし……悪くはなかったと思うけど」
「ん、色々言葉選んだあげくのクールなツンデレ。さすがメルさん。メルさんはそうでなくっちゃなあ~」
――何だかわかって来たけど、この人私がそっけなくすると逆に喜んでない? 被虐趣味でもあるのかしら。
「てか、寝ないのメルさん?」
「そうね……もう完全に目が覚めてしまったわ」
すっきり目覚めて眠気はもうない。昨日あれだけ激しく動いたというのに、久々にかけた回復魔法のおかげもあり、すっかり元気だ。
「マジか。俺も宵っ張りな方だけど流石に眠い。俺ももう若くねえわぁ」
「貴方ね、私の子供みたいな年齢のくせに年寄り臭いこと言ってんじゃないわよ」
「え、メルさん子供いるの?」
「いないわよ。こっ……子づくり行為もまだだったのにいるわけないでしょ」
「昨日までな~」
「そ、そうだけども……」
「んふふ。じゃあママ~もうちょっと寝よう?」
「きゃっ! ちょ、いきなり抱き着かないで!」
キリアンがふざけながらメルティーナを押し倒して掛け布団をかけなおしてしまった。
「あ、そうだ。言うの忘れてたけど、俺一応事前に避妊薬服用してるから、心配しなくていいよ。そういうの徹底してんだ、うちの店。お客に迷惑かける訳にはいかんし。今回は外出ししたけど、それも完璧に避妊できるわけじゃないしな」
避妊薬を服用したのも久しぶりだったけれど、とキリアンは言う。
まあ確かに疑似的な子作り行為を仕事にするからには予期せぬ性病や妊娠の危険が伴う。それを未然に防ぐのが殺精剤や避妊薬なのだが、どんな薬にも副作用があるから、そんなものを毎日ではないにしろ飲み続けたら、そのうち本当に子が欲しい時にできなくなりそうな気がする。大丈夫なのだろうか?
副作用のない万能薬なんて、メルティーナ自身はおろか、師匠でさえも作れたことがないのだ。
まあ、そんな郛(くるわ)の内部事情など部外者のメルティーナが心配する必要はないのだろうが。
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※王道ヒーローではありません
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