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003 宵の夢のお供選びは波乱の気配
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それから間もなく二人のいた路地裏にコルヴィナス騎士団の者たちが駆け込んできて、メルティーナをかどわかそうとした不良男は逮捕されていった。
聞けば、年端のいかぬ若い娘を攫っては性的暴行をして最後には殺害していたという、超一級の賞金首だったそうである。それを聞いてメルティーナは震え上がった。魔力枯渇の辛さに負けて、一瞬でもあの男と寝て魔力を回復したらどうかと考えた自分が恐ろしい。
「賢者様! 本っ当に申し訳ありませんでした! ほら、お前も謝るんだキリアン!」
その場から近いという理由で妓楼「アスフォデル」に戻ってVIPルームに案内されたメルティーナは、駆け付けてくれたコルヴィナス公爵に頭を下げられた。公爵は楼主の男……キリアンの頭を掴んで自分が頭を下げると同時に彼の頭を下げさせる。
「……申し訳ありませんでした」
「あ……いえ、別に」
「言い訳はしません! 俺が悪かったです」
公爵が手を放しても、そのまま頭を上げることなく謝り続けるキリアン。公爵とキリアン二人に、メルティーナは複雑な思いを抱くしかなかった。
思えば散々だ。オルガナ大森林でひっそりと薬や魔道具を作って細々と暮らしていたのに、急に王都に呼び出されて公女にかけられた呪いとの格闘。そのせいですっかり魔力枯渇に陥って、魔力補充のために訪れた妓楼では門前払いのうえに紹介状の窃盗疑惑。挙句の果てに超一級賞金首にかどわかされそうになるなんて、本当に王都に来てから碌なことが無かった。
「……色々言いたい事はありますけど、疲れたので何も言いたくないです。今日はもう休みたいのでお邸に帰りたいわ」
先ほど買って飲んだ魔法薬の効能がやっと馴染んできたおかげで、少しだけ頭はすっきりしてきたけれど、まだまだメルティーナの魔力はほとんど回復しきっていない。
これからもうしばらく公女の経過を診ないといけないし、付け焼刃かもしれないが呪いに対する結界も張っておきたいので、一刻も早く魔力の回復がしたいメルティーナである。
「賢者様、これまでの事情はしっかりキリアンとここの従業員に言って聞かせましたので、何の問題もなくここをお使い頂けます。なに、費用は公爵家で持ちますゆえ」
「え」
「賢者様を丁重にもてなすように! わかったなキリアン。それでなくてもお前は賢者様に一番無礼を働いたのだから」
「……承知しました」
「よし、そうと決まれば、そこの君! 今すぐこの館中の店子(男娼)を呼んで来るのだ。既に客が付いている奴でも最重要客だからと言って連れて来い。いいな?」
――え、今お客についている子はまずいんじゃないの?
そんなことをしたら信用問題になるんじゃないのかと思ってちらりとキリアンを見ると、彼は公爵の指示内容に異論がある風でもなく平然としていた。本当にいいんだろうか。
公爵は楼主のキリアンをよそに自ら従業員に指示を出している。スポンサーだかオーナーだかわからないが、コルヴィナス公爵の命令は重要なようで、従業員は文句を言うでもなく「了解!」とまるで軍隊のように返事をして部屋を出て行った。
しばらくしてVIPルームに妓楼「アスフォデル」屈指の奇麗どころな男娼たちが集結した。どの男性も各々タイプの違う雰囲気を持ち、さすがに男娼だけあって非常に見目麗しい。
みんなメルティーナを見るとにっこりと笑いかけてくれる。もちろん太客相手の営業スマイルだというのはわかるが、最初のキリアンのように嘲笑うみたいな顔をされるよりよっぽどマシである。
――こんな子たちが、私のために集まってくれたんだ……うれしいような申し訳ないような……。
ずらりと並んだ男娼たちに圧倒されるメルティーナをよそに、コルヴィナス公爵は男娼たちを見回してうんうんと頷いてからメルティーナに声をかけた。
「賢者様、この中でお好みの者はおりますか?」
「え、ええと……」
「キリアン、プラチナクラスの者はあの中では誰だ?」
「はい。向かって左から四人ずつプラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズクラスと並ばせてますが。プラチナクラスの今日のナンバーワンは左から三番目のロニーです」
「おおそうか。賢者様、ナンバーワンのロニーはお眼鏡に叶いますか?」
「え、ええと、そうですね……」
この妓楼のナンバーワンが相手をしてくれるなんて、そう考えたら今になってドキドキしてきてしまった。魔力枯渇を一刻も早く治したくて、お茶を引いている下っ端でも何でもいいと思っていたのにこんな待遇をしてくれるなんて、さすがに公爵も申し訳ないと思ったのかもしれない。
名を呼ばれてメルティーナの前にとことこと歩み寄ったロニーという青年は、淡い茶色の髪にエメラルドのような大きな目をした、カッコイイというより可愛らしい雰囲気を持つ美青年だった。化粧もしているのだろうが、近くで見ても毛穴などあるのかと思わせるほどのつやつやした肌をしている。
「初めまして~、ロニーといいます」
「……メ、メルティーナよ」
「へえ~、メルティーナ様本当に若々しくて素敵ですね。あは、楼主に子ども扱いされたんですって? 僕から見たら全然子供っぽくないですよ~。むしろ僕は全然許容範囲! お相手に選んで貰えたら嬉しいな~」
「えっ、あ、そ、そう……かしら?」
「うんうん。バラ色ほっぺがぷるっぷるでほーんと、食べちゃいたいくらい可愛いなーって思ってたんですよ~。つんつん♪ あは、触っちゃった」
――うわ、うわ、うわ……いやいや、これは営業。売上ナンバーワンの営業スマイルなんだろうし、本気にとっちゃいけないのよ。大体、よく見たら二十歳そこそこな感じで、私は母親みたいな年齢じゃない。そんな子にときめくって私どんだけなのよ。
そうは思いつつも、ロニーの顔面偏差値の高さと人当たりの良さが、いくら客相手のビジネス対応だとしても、さすがに心身共に疲弊しきったメルティーナの心には染みた。かなり染みた。
「……あ、ありが、とう……お上手ね」
「あははっ。照れちゃって可愛い~。この館に来る女性は老若問わずみんなお姫様なの。その中でもメルティーナ様は特別だよ」
「……でも、この見た目だし」
「楼主の言ったこと気にしてるの~? ごめんねえ~、キリアン楼主は熟女萌えだからさ~」
「え、そうなんだ……」
「おいやめろ」
突如性癖をバラされたらしいキリアンがロニーに慌ててツッコミを入れた。その場にいた店子たちも思わず吹き出していて、「確かに」とか「楼主大人の女性にモテますよね」などの声が上がって、和やかな雰囲気になった。
なるほど、熟女萌えとやらならメルティーナの見た目が気に食わなくて当たり前かもしれない。だからと言って最初の態度をメルティーナは許せそうにないが。
だったら今後も関わらないほうがお互いのためだろうとメルティーナは思って、ロニーのほうを見た。彼なら嫌な思いもせずに、魔力回復ができるかもしれない。
一夜の夢でしかないなら、悪夢よりもいい夢を見たいものだから。
そう思って上目遣いで彼を見るメルティーナに、ロニーはそっと手を差し出し、メルティーナはその手を取ろうとした。
「大丈夫、僕が忘れられない夜にしてあげる♪」
「え、ええ……」
殺し文句にそんなことを言われてメルティーナはすっかりぽーっと蕩けてしまった。
その始終をにこやかに眺めていたコルヴィナス公爵が、自分の用意したマッチングが成功したことで満面の笑みを浮かべてメルティーナに声をかける。
「彼がお気に召したようですね、賢者様。良かった、ようやく魔力回復して差し上げられます」
「公爵様、お手数おかけしました。ありがとうございます」
「いえいえ。……ロニーとやら、賢者様を頼んだぞ」
「任せてください~! さ、参りましょうかメルティーナ様」
「は、はい」
そのまま彼に促されて部屋を出ようとしたメルティーナだったが、踵を返した瞬間に後ろから手を掴まれた。
「きゃっ! な、なに……ちょっ!」
振り返ったメルティーナの目の前にはキリアンがいた。キリアンはメルティーナと目が合った瞬間、彼女の手を取り直してから跪いた。そのまま彼女の手の甲にキスをする。さながら貴公子のような動作であった。
手の甲に彼の唇が触れた感触に、メルティーナは一瞬何が何やらわからず混乱する。手の甲にキスをしたまま上目遣いに見るキリアンのやや垂れたセクシーな青い目と視線が合って、メルティーナは顔が火のように熱くなったのを感じた。
「森の賢者メルティーナ様。貴方の魔力回復のお相手、ロニーではなく俺に務めさせていただけませんか」
「……えっ、……は……はああああ⁉」
跪いたキリアンの言葉にメルティーナは真っ赤になりながら目を見開いた。
――何言ってんのこの人! 熟女萌えとか言ってたくせに!
「キ、キリアン。お前はもう引退したはずでは」
「公爵様、俺はこの人に散々無礼を働きました。その汚名を返上させていただきたい。これでも元プラチナのナンバーワンですから」
「横からかっ攫ってくなんてずるいですよ楼主。メルティーナ様は僕を選んでくれて……」
「ロニー。ここは俺に譲ってくれ。このままカッコ悪いとこ見せっぱなしは俺の性に合わねえんだ」
キリアンが公爵とロニーにそう宣言し、再びメルティーナを見上げてニカッと笑って言った。
「てなわけで、特別室にご案内致しますよ賢者様。俺にエスコートをさせて頂けますか?」
「な……な……!」
ただでさえ整った顔立ちのうえ満面の笑みでそんなことを言うキリアンに、メルティーナは一瞬頷きそうになったものの、これまでのことを思い出して何とか押しとどめる。
――ほ、絆されるもんかー! そんな営業スマイルで誤魔化そうなんて甘いのよ!
キリアンの突然の横暴さに、それまでの疲れと怒りが爆発したメルティーナである。思えばこの男は最初から勝手なことばかりで、この上まだ勝手を押し通そうとするなんて、メルティーナはさすがにもう我慢の限界だった。
「……絶対嫌!」
「え」
「貴方相手なんて絶対嫌よ! 何が汚名返上よ。貴方最初に私にした事もう忘れたの⁉️ 貴方紹介状があるにもかかわらずに盗人扱いして、それで私の事見た目で子供扱い! 更に、更に……! セクハラ紛いのことまでしたくせにー!」
メルティーナは顔を真っ赤にしながらキリアンの手を振り払って両腕で自分を抱きしめた。その姿を見て、その場に並んでいた店子の男娼たちもざわざわとし始める。
「え、楼主そんなことしたの?」
「あー俺見た。胸突っついてたわ」
「マジか」
「ここが育ったらまた来い的なこと言ってた」
「やばい」
「やっちまったね楼主」
メルティーナの暴露にざわつく店子たち、彼らにドン引きな目で見られたキリアンは、うぐっとたじろいだ。流石にセクハラのことまでは公爵や従業員には話していなかったらしい。
成人女性としてはそんな所を突っつかれたなど、恥ずかしくて言えないだろうとタカをくくっていたのかもしれない。メルティーナだってこんなこと言わなければならないなんて穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。
キリアンのセクハラの件を聞いて、公爵はキャパオーバー気味になったようで、重ね重ねのメルティーナへの無礼に白目になってしまっていた。魂が抜けかかっている。
流石にキリアンもその件に関しては、子供扱いどころか女性全般にやってはいけないことだったと反省しているようで、ガバッと頭を下げて謝った。
「……いや、申し訳ないです! その件については重ね重ね……というか。この後挽回させて頂きますんでね。どうかその機会を」
「挽回の機会なんてあげるわけないでしょ!」
「そこをなんとか」
「知ってる? 女ってね、機会は一度きりなの。一度裏切られたら絶対に許さないものなの!……ふざけないでよ……絶対嫌、絶対に……許さないんだか……ら……!」
激昂してキャンキャン喚く自分の声が反響して偏頭痛が起こってくらりとする。怒りに魔力枯渇だったのをすっかり忘れていた。
そのまま平衡感覚が狂いゆらりと揺れたメルティーナは、めまいで目の前がぐるぐる回り、前のめりに倒れた。
賢者様、とかメルティーナ様、とか色々な男たちの声が聞こえてきたけれど、誰の声だったかわからない。
ただ、メルティーナの意識が暗転する直前に見たものは、倒れた彼女を青くなった顔で見つめて何か言うキリアンの姿だった。
たれ目で海の底のような濃い青の瞳が心配そうに覗き込む。
意外にも、それが美しい青だと、こんな美しい青がどうしてこんないけ好かない男のものなのかと、メルティーナは場違かもしれない感想を覚えて、彼女の世界は暗転した。
聞けば、年端のいかぬ若い娘を攫っては性的暴行をして最後には殺害していたという、超一級の賞金首だったそうである。それを聞いてメルティーナは震え上がった。魔力枯渇の辛さに負けて、一瞬でもあの男と寝て魔力を回復したらどうかと考えた自分が恐ろしい。
「賢者様! 本っ当に申し訳ありませんでした! ほら、お前も謝るんだキリアン!」
その場から近いという理由で妓楼「アスフォデル」に戻ってVIPルームに案内されたメルティーナは、駆け付けてくれたコルヴィナス公爵に頭を下げられた。公爵は楼主の男……キリアンの頭を掴んで自分が頭を下げると同時に彼の頭を下げさせる。
「……申し訳ありませんでした」
「あ……いえ、別に」
「言い訳はしません! 俺が悪かったです」
公爵が手を放しても、そのまま頭を上げることなく謝り続けるキリアン。公爵とキリアン二人に、メルティーナは複雑な思いを抱くしかなかった。
思えば散々だ。オルガナ大森林でひっそりと薬や魔道具を作って細々と暮らしていたのに、急に王都に呼び出されて公女にかけられた呪いとの格闘。そのせいですっかり魔力枯渇に陥って、魔力補充のために訪れた妓楼では門前払いのうえに紹介状の窃盗疑惑。挙句の果てに超一級賞金首にかどわかされそうになるなんて、本当に王都に来てから碌なことが無かった。
「……色々言いたい事はありますけど、疲れたので何も言いたくないです。今日はもう休みたいのでお邸に帰りたいわ」
先ほど買って飲んだ魔法薬の効能がやっと馴染んできたおかげで、少しだけ頭はすっきりしてきたけれど、まだまだメルティーナの魔力はほとんど回復しきっていない。
これからもうしばらく公女の経過を診ないといけないし、付け焼刃かもしれないが呪いに対する結界も張っておきたいので、一刻も早く魔力の回復がしたいメルティーナである。
「賢者様、これまでの事情はしっかりキリアンとここの従業員に言って聞かせましたので、何の問題もなくここをお使い頂けます。なに、費用は公爵家で持ちますゆえ」
「え」
「賢者様を丁重にもてなすように! わかったなキリアン。それでなくてもお前は賢者様に一番無礼を働いたのだから」
「……承知しました」
「よし、そうと決まれば、そこの君! 今すぐこの館中の店子(男娼)を呼んで来るのだ。既に客が付いている奴でも最重要客だからと言って連れて来い。いいな?」
――え、今お客についている子はまずいんじゃないの?
そんなことをしたら信用問題になるんじゃないのかと思ってちらりとキリアンを見ると、彼は公爵の指示内容に異論がある風でもなく平然としていた。本当にいいんだろうか。
公爵は楼主のキリアンをよそに自ら従業員に指示を出している。スポンサーだかオーナーだかわからないが、コルヴィナス公爵の命令は重要なようで、従業員は文句を言うでもなく「了解!」とまるで軍隊のように返事をして部屋を出て行った。
しばらくしてVIPルームに妓楼「アスフォデル」屈指の奇麗どころな男娼たちが集結した。どの男性も各々タイプの違う雰囲気を持ち、さすがに男娼だけあって非常に見目麗しい。
みんなメルティーナを見るとにっこりと笑いかけてくれる。もちろん太客相手の営業スマイルだというのはわかるが、最初のキリアンのように嘲笑うみたいな顔をされるよりよっぽどマシである。
――こんな子たちが、私のために集まってくれたんだ……うれしいような申し訳ないような……。
ずらりと並んだ男娼たちに圧倒されるメルティーナをよそに、コルヴィナス公爵は男娼たちを見回してうんうんと頷いてからメルティーナに声をかけた。
「賢者様、この中でお好みの者はおりますか?」
「え、ええと……」
「キリアン、プラチナクラスの者はあの中では誰だ?」
「はい。向かって左から四人ずつプラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズクラスと並ばせてますが。プラチナクラスの今日のナンバーワンは左から三番目のロニーです」
「おおそうか。賢者様、ナンバーワンのロニーはお眼鏡に叶いますか?」
「え、ええと、そうですね……」
この妓楼のナンバーワンが相手をしてくれるなんて、そう考えたら今になってドキドキしてきてしまった。魔力枯渇を一刻も早く治したくて、お茶を引いている下っ端でも何でもいいと思っていたのにこんな待遇をしてくれるなんて、さすがに公爵も申し訳ないと思ったのかもしれない。
名を呼ばれてメルティーナの前にとことこと歩み寄ったロニーという青年は、淡い茶色の髪にエメラルドのような大きな目をした、カッコイイというより可愛らしい雰囲気を持つ美青年だった。化粧もしているのだろうが、近くで見ても毛穴などあるのかと思わせるほどのつやつやした肌をしている。
「初めまして~、ロニーといいます」
「……メ、メルティーナよ」
「へえ~、メルティーナ様本当に若々しくて素敵ですね。あは、楼主に子ども扱いされたんですって? 僕から見たら全然子供っぽくないですよ~。むしろ僕は全然許容範囲! お相手に選んで貰えたら嬉しいな~」
「えっ、あ、そ、そう……かしら?」
「うんうん。バラ色ほっぺがぷるっぷるでほーんと、食べちゃいたいくらい可愛いなーって思ってたんですよ~。つんつん♪ あは、触っちゃった」
――うわ、うわ、うわ……いやいや、これは営業。売上ナンバーワンの営業スマイルなんだろうし、本気にとっちゃいけないのよ。大体、よく見たら二十歳そこそこな感じで、私は母親みたいな年齢じゃない。そんな子にときめくって私どんだけなのよ。
そうは思いつつも、ロニーの顔面偏差値の高さと人当たりの良さが、いくら客相手のビジネス対応だとしても、さすがに心身共に疲弊しきったメルティーナの心には染みた。かなり染みた。
「……あ、ありが、とう……お上手ね」
「あははっ。照れちゃって可愛い~。この館に来る女性は老若問わずみんなお姫様なの。その中でもメルティーナ様は特別だよ」
「……でも、この見た目だし」
「楼主の言ったこと気にしてるの~? ごめんねえ~、キリアン楼主は熟女萌えだからさ~」
「え、そうなんだ……」
「おいやめろ」
突如性癖をバラされたらしいキリアンがロニーに慌ててツッコミを入れた。その場にいた店子たちも思わず吹き出していて、「確かに」とか「楼主大人の女性にモテますよね」などの声が上がって、和やかな雰囲気になった。
なるほど、熟女萌えとやらならメルティーナの見た目が気に食わなくて当たり前かもしれない。だからと言って最初の態度をメルティーナは許せそうにないが。
だったら今後も関わらないほうがお互いのためだろうとメルティーナは思って、ロニーのほうを見た。彼なら嫌な思いもせずに、魔力回復ができるかもしれない。
一夜の夢でしかないなら、悪夢よりもいい夢を見たいものだから。
そう思って上目遣いで彼を見るメルティーナに、ロニーはそっと手を差し出し、メルティーナはその手を取ろうとした。
「大丈夫、僕が忘れられない夜にしてあげる♪」
「え、ええ……」
殺し文句にそんなことを言われてメルティーナはすっかりぽーっと蕩けてしまった。
その始終をにこやかに眺めていたコルヴィナス公爵が、自分の用意したマッチングが成功したことで満面の笑みを浮かべてメルティーナに声をかける。
「彼がお気に召したようですね、賢者様。良かった、ようやく魔力回復して差し上げられます」
「公爵様、お手数おかけしました。ありがとうございます」
「いえいえ。……ロニーとやら、賢者様を頼んだぞ」
「任せてください~! さ、参りましょうかメルティーナ様」
「は、はい」
そのまま彼に促されて部屋を出ようとしたメルティーナだったが、踵を返した瞬間に後ろから手を掴まれた。
「きゃっ! な、なに……ちょっ!」
振り返ったメルティーナの目の前にはキリアンがいた。キリアンはメルティーナと目が合った瞬間、彼女の手を取り直してから跪いた。そのまま彼女の手の甲にキスをする。さながら貴公子のような動作であった。
手の甲に彼の唇が触れた感触に、メルティーナは一瞬何が何やらわからず混乱する。手の甲にキスをしたまま上目遣いに見るキリアンのやや垂れたセクシーな青い目と視線が合って、メルティーナは顔が火のように熱くなったのを感じた。
「森の賢者メルティーナ様。貴方の魔力回復のお相手、ロニーではなく俺に務めさせていただけませんか」
「……えっ、……は……はああああ⁉」
跪いたキリアンの言葉にメルティーナは真っ赤になりながら目を見開いた。
――何言ってんのこの人! 熟女萌えとか言ってたくせに!
「キ、キリアン。お前はもう引退したはずでは」
「公爵様、俺はこの人に散々無礼を働きました。その汚名を返上させていただきたい。これでも元プラチナのナンバーワンですから」
「横からかっ攫ってくなんてずるいですよ楼主。メルティーナ様は僕を選んでくれて……」
「ロニー。ここは俺に譲ってくれ。このままカッコ悪いとこ見せっぱなしは俺の性に合わねえんだ」
キリアンが公爵とロニーにそう宣言し、再びメルティーナを見上げてニカッと笑って言った。
「てなわけで、特別室にご案内致しますよ賢者様。俺にエスコートをさせて頂けますか?」
「な……な……!」
ただでさえ整った顔立ちのうえ満面の笑みでそんなことを言うキリアンに、メルティーナは一瞬頷きそうになったものの、これまでのことを思い出して何とか押しとどめる。
――ほ、絆されるもんかー! そんな営業スマイルで誤魔化そうなんて甘いのよ!
キリアンの突然の横暴さに、それまでの疲れと怒りが爆発したメルティーナである。思えばこの男は最初から勝手なことばかりで、この上まだ勝手を押し通そうとするなんて、メルティーナはさすがにもう我慢の限界だった。
「……絶対嫌!」
「え」
「貴方相手なんて絶対嫌よ! 何が汚名返上よ。貴方最初に私にした事もう忘れたの⁉️ 貴方紹介状があるにもかかわらずに盗人扱いして、それで私の事見た目で子供扱い! 更に、更に……! セクハラ紛いのことまでしたくせにー!」
メルティーナは顔を真っ赤にしながらキリアンの手を振り払って両腕で自分を抱きしめた。その姿を見て、その場に並んでいた店子の男娼たちもざわざわとし始める。
「え、楼主そんなことしたの?」
「あー俺見た。胸突っついてたわ」
「マジか」
「ここが育ったらまた来い的なこと言ってた」
「やばい」
「やっちまったね楼主」
メルティーナの暴露にざわつく店子たち、彼らにドン引きな目で見られたキリアンは、うぐっとたじろいだ。流石にセクハラのことまでは公爵や従業員には話していなかったらしい。
成人女性としてはそんな所を突っつかれたなど、恥ずかしくて言えないだろうとタカをくくっていたのかもしれない。メルティーナだってこんなこと言わなければならないなんて穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。
キリアンのセクハラの件を聞いて、公爵はキャパオーバー気味になったようで、重ね重ねのメルティーナへの無礼に白目になってしまっていた。魂が抜けかかっている。
流石にキリアンもその件に関しては、子供扱いどころか女性全般にやってはいけないことだったと反省しているようで、ガバッと頭を下げて謝った。
「……いや、申し訳ないです! その件については重ね重ね……というか。この後挽回させて頂きますんでね。どうかその機会を」
「挽回の機会なんてあげるわけないでしょ!」
「そこをなんとか」
「知ってる? 女ってね、機会は一度きりなの。一度裏切られたら絶対に許さないものなの!……ふざけないでよ……絶対嫌、絶対に……許さないんだか……ら……!」
激昂してキャンキャン喚く自分の声が反響して偏頭痛が起こってくらりとする。怒りに魔力枯渇だったのをすっかり忘れていた。
そのまま平衡感覚が狂いゆらりと揺れたメルティーナは、めまいで目の前がぐるぐる回り、前のめりに倒れた。
賢者様、とかメルティーナ様、とか色々な男たちの声が聞こえてきたけれど、誰の声だったかわからない。
ただ、メルティーナの意識が暗転する直前に見たものは、倒れた彼女を青くなった顔で見つめて何か言うキリアンの姿だった。
たれ目で海の底のような濃い青の瞳が心配そうに覗き込む。
意外にも、それが美しい青だと、こんな美しい青がどうしてこんないけ好かない男のものなのかと、メルティーナは場違かもしれない感想を覚えて、彼女の世界は暗転した。
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