上 下
307 / 312
第5章

第304話

しおりを挟む
 クリストフォルスの操るシルバードラゴンが、徐々に徐々にその高度を下げていく。
 怒り心頭といった様子のアジ・ダハーカは、そんな誘いに容易く乗って、自らも次第に低空へと降りて来ている。

 ……ハマったな。

 やはり怒りという感情は、立派な状態異常なのだと思う。
 先ほどからオレ達も散々に支援攻撃という形でアジ・ダハーカに魔法や飛び道具で傷を負わせているというのに、怒りに曇ったヤツの眼にはいきなり乱入して来て三つ首全てを叩き落とした不躾な銀竜しか見えていないらしい。
 さぁ、ここからだ。

『では、僭越ニャがら我輩が先陣を努めますのニャー』

 トムは、まるで執事がするような優雅な礼をしてから、だいぶ狙いやすい高度まで下がって来たアジ・ダハーカに向き直り、蛇龍が間近を通るのを待っておもむろに『例の魔法』を放った。

 ……上手い!

 アジ・ダハーカが最も警戒していたマギスティールに、当のアジ・ダハーカから突っ込んでいくような形で命中。
 当たったのは左側の首の付け根だ。
 特に翼に当たったわけではない。
 それなのにアジ・ダハーカは盛大な音を立てながら地面に墜落した。

『……ウニャ? ニャニャニャニャニャ!』

 予想外の事態に小首を傾げたトムは、一瞬だが自分の役割を忘れたかのようにフリーズした後、慌ててオレの隠れていた瓦礫の山に向かって走って来た。
 アジ・ダハーカが怒りの咆哮を上げた後、自分を地面に叩き落とした犯人(犯ニャン?)を見つけて再び宙に浮かび上がったのだ。
 完全にターゲットがトムに変わっている。
 先ほどの墜落は想定外だったが、これに関しては想定内だ。
 トムを抱き上げ、そのまま転移。
 トムをオレが造った『子ダンジョン』に置いて、再び転移する。

「トムは上手くやったわね。今は師匠が引き付けてくれてるわ。今度は私……ね」

 待っていたカタリナが、心なしか緊張した表情で出迎えてくれた。

 アジ・ダハーカが墜落してくれたおかげで、クリストフォルスの操るシルバードラゴンは難なく再びアジ・ダハーカに肉薄し、ブレスを放ったらしい。
 既に警戒されているブレスは、最初ほど充分な効果を発揮しなかったようだが、右側の首はいまだに凍り付いているから、どうやら不意討ち自体は成功したのだろう。
 凍った首が有るせいでバランスが崩れているためか、アジ・ダハーカの飛行速度は落ちている。
 いわゆるヘイトが再びクリストフォルスに向いているようなのには、素直に胸を撫で下ろす。
 これなら、この後も上手くいく可能性は高いだろう。
 エネアとトリアは属性魔法が使えないため、クリストフォルスの援護を続けているが、やはり相手にされていない。
 決めつけは危険だが、アジ・ダハーカはオレ達の読み通りに動いてくれている。
 ……さぁ、そろそろ来るか?

 速度の落ちたアジ・ダハーカとは反対に、クリストフォルスの操る人形竜はますますそのスピードを上げているようだ。
 万が一にも狙いを途中で悟られないように、時折その高度を上げて、アジ・ダハーカを散々に振り回してもいる。
 実際の戦闘経験はともかく、伊達に長い時を過ごしてはいないというところか。
 アジ・ダハーカも追跡しながら魔法を次々に放っているが、エネアとトリアに妨害されて大してシルバードラゴンに迫る魔法は多くない。
 当たりそうな時だけクリストフォルスが相殺したり、曲芸じみた挙動で回避したりしているためか、まともな被弾は皆無と言って良いぐらいだ。
 魔法がまともに当たらないから、さらにムキになって追跡しているあたり、まんまと術中に嵌まりつつある。

「来るわ!」

 カタリナの声だけが聞こえる。
 姿を隠す魔法。
 オレにはまだ使えない【空間魔法】の秘奥だ。
 匂いや音、魔力まで隠すことは出来ないようだが、今の冷静さの欠片も無いアジ・ダハーカには充分に通用するだろう。
 オレ達の真上を通過する瞬間を狙って放たれたカタリナのマギスティールは、アジ・ダハーカの腹部に命中。
 再びの豪快な墜落。
 他の魔法を使ったことで姿を現したカタリナの顔には、満足気な笑みが浮かんでいる。

「拍子抜けね。さ、行きましょ」

 セリフ自体はクールだが……。

 カタリナを連れて再び『子ダンジョン』に転移。
 トムが毛繕いをしながら待っていた。

『主様、カタリナ様。ご首尾は……どうやら上手くいったようですニャ』

「当然でしょ? さ、ヒデ。行って。準備はしっかり整えておくわ」

「あぁ。トム、舌」

『ウニ……また仕舞い忘れてましたニャー』

 ……テヘペロする猫、か。

 再び転移したオレを待っていたのは、沙奈良ちゃんだ。

「今のところ上手くいってますね。何だか緊張して来ちゃいます」

「沙奈良ちゃんなら大丈夫だよ。ところでさ……」

「はい?」

「聞くべきかどうか悩んでたんだけど、この際だから聞いちゃうね。沙奈良ちゃんの固有スキルって……どんなの? 話せたらで良いから教えてくれないかな?」

「……そっか。気付きますよね、ヒデさんなら。大したことは無いんですよ。不自由な能力なんです。ヒデさんや亜衣さんのそれとは比べ物になりません」

 チラっと上空で行われている戦闘に視線をやった沙奈良ちゃんは、まだ暫くは出番が回って来そうに無いことで覚悟を決めたように見えた。
 そして淡々と語り始める。
 その内容は概ねオレの予想した通りのモノだったが、一部では大きくオレの予想を上回っていた。

 ……これが全て本当の話なら、沙奈良ちゃんは人知れず苦悩を続けていたことになる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

処理中です...