上 下
296 / 312
第5章

第293話

しおりを挟む
 全てを呑み込まれる……到底そんなことは許容出来ない。

 だが、アジ・ダハーカとは不死身の存在だ。
 それは、こちらの世界に伝わっている話でもそうだし、あちらの世界の伝説においても同じことが言える。
 どうやって倒せば良いのか分からない。
 分からないのに……蛇王がついにその存在を保てずに消え去っていく光景が、オレの眼に飛び込んで来た。

 兄の斬撃で斬られた首が、再び生えることはついに無かったのだ。
 これまでは違っていた。
 腕を斬ろうが、翼を斬ろうが、肩の蛇を両断しようが、頭を断ち割ろうが、事も無げに再生してきた蛇王。
 その存在が潰えたのは、オレの予想が正しかったことを裏付けている。

『やりましたニャ! あとはあのクモを倒せば……』

「待て、トム!」

『ウニャ!? なんで止めるのですかニャ?』

「あのクモを倒したらアレが襲って来るかもしれないぞ?」

『ニャニャ! それは……たしかに』

 トムを制止した甲斐は有り、最後に残った漆黒のクモはトリアの魔法で縛られて、その身動きを封じられている。
 前線に出ていた兄も、オレ達が最後の敵を倒さないことを不思議に思ったのか、オレの間近に転移して来た。
 
「ヒデ、どうした? あとは、あのクモを倒して終いだろ?」

「そしたら、いよいよアレと戦わなくちゃいけなくなるよ? カタリナにアレを刺激しないように言われたの、兄ちゃんだろ?」

「……あ」

「いやいやいやいや、忘れてたの!?」

「あぁ、忘れてた」

 ……清々しく親指を立てて笑わないで欲しい。

『でも、どうするの? あの壁が有る限り、ここからは逃げられないでしょ?』

 マチルダの言う通り、あちらから入って来る分には問題無いが、こちら側から逃げ出すことは出来ない。

「……どうしたら良いと思う? 色々と考えてはみたけどさ。蛇王と同じ倒し方をするにしても、今度はアレの攻撃を防ぎながら戦う必要があるし、アレに蛇王と同じ倒し方が通用するかも博打なんだよね」

「オレには見当も付かないな。やってみるしか無いとは思うが……カタリナが来るのを待つか?」

「待っている間もサウザンドスペルの領域は拡がっているのだけど……たしかに勝算の無いまま戦闘を本格化させるのは得策では無いわね」

『問題は魔法だよね。さっきヒデ達が話しているのを聞いてただけでも、見たことも聞いたことも無いような魔法が飛び出して来る可能性が高そうじゃない?』

『こうして我輩達が戦う手を休めている間も、次々に力が送られて来ているのですニャ。皆様、あちこちで戦っているのは間違い無いのですニャー。待つことが有利に働く可能性も否定出来ませんニャ』

 そんなオレ達の懊悩を知ってか知らでか、アジ・ダハーカにさしたる動きは無い。
 巨大な身体を宙に浮かべたまま、ドーム状の障壁の拡大に魔力を注ぎ続けている。
 注意して見ていたから気付けたことではあるが、配下のモンスターの数が少ない時と多い時とでは、その拡張ペースに僅かながら差が有るようだ。
 とは言え、ほんの僅かな違い。
 アジ・ダハーカにとっては片手間程度の援護魔法で、あれだけ眷族の魔物が手強い存在に化けたのだから、その保有魔力量や魔法行使能力が異常なレベルにあることは、もはや疑いようも無い。
 そんな最悪の蛇龍がこれほど長時間、その魔力を注ぎ続けているにも拘わらず、ドーム状の障壁の拡大ペースは決して早いとも言えないのだから、これがいかに規格外の魔法であることかが分かる。
 この膨大過ぎるほどに膨大な魔力を、オレ達への攻撃に使ってきたら……ちょっと、想像すらしたくない規模の大魔法が飛んで来そうだ。

「おい! ヒデ! あれ……」

 兄が指差す先……地面に縛りつけたままだったクモが居るところ。
 そこにアジ・ダハーカがおもむろに魔法を放った。
 いつもの支援魔法かと思ったが、後から後から降り注ぐ魔法光が、漆黒のクモ筈のモノを変容させていく。
 ようやく光が薄れた時、そこに立っていたのは紫色の肌で銀髪の妙齢の美女。
 ところどころにクモだった時の特徴を残してはいるが、一糸纏わぬその姿から受ける印象には色気や容姿の美しさ以上に際立つものが有った。
 表情は一見すると優しげなのに、言い様の無い嫌悪感が先に立つ。
 ……邪悪そのもの。
 どうしてそう思ったのかは、まるで説明が出来ない。
 恐らくは、生物的な本能の鳴らす警鐘なのだろう。
 そして暴力的なまでのプレッシャー。

 強い……。

 蛇王など比較にならないほどの強者で有ることだけは、どうやら間違い無さそうだ。

「なによ、アレ……とんでもない化け物じゃない」

「……だな。ヒデ、どうする? またオレが前に出て抑えようか?」

「いや、今回は2人でいこう。トリア、マチルダ、トム、援護を頼む」

「えぇ。2人とも、くれぐれも気を付けてね?」

『うん。でも、いざとなったら私も前に出るからね』

『我輩も、ですニャ!』

 今のオレ達から見ても、アレが明らかに格上の存在であることは間違い無い。
 間違いは無いのだが、これまで散々アジ・ダハーカを眼にしながら戦ってきたオレ達が、今さらその眷族ごときに怯む筈も無かった。

「よし、いくか!」

「うん。初手は……」

「お互いに転移からの奇襲。そうだろ?」

「もちろん! じゃあ……いくよ?」

「おう!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

処理中です...