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第5章

第283話

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『だんだん余裕が出てきてるけどさ……』

「そうね。軽い魔法でも出血を強いることが出来ているわ」

「問題は瘴気だよな。散らしきれなくなってきた」

『我輩、既にキツいのですニャー』

『私も……さっきから、かなり気分が悪くなっちゃってる』

 オレでさえキツいのだ。
 鼻などの器官が敏感なマチルダとトムは尚更だろう。
 アジ・ダハーカの眷族達は、その全てが猛毒持ち。
 倒せば倒すほど、オレの【毒耐性】や【状態異常耐性】に莫大な熟練度が加算されているようで、先ほどから何回も【解析者】が耐性スキルの上昇を告げていた。
 かのポイズンジャイアントにも匹敵するだろうほどの猛毒。
 返り血さえも即死級の危険物と言える。
 倒した後も蟠り続ける瘴気の性質も、一種の劇毒のようなものだった。
 限りなく毒ガスに近い特性を持っている。
 しかも、物理的なものではなく魔法的な性質のものなので、耐性スキルの恩恵もあまり受けられない。

 もちろん風の魔法で随時散らしたり、トリアに耐性を上げる魔法を掛けてもらうなどの対策はしている。
 しているのだが……どうも完璧な対策とまでは言えないようなのだ。
 呼吸時に吸い込まないようにしていても限界は有るし、恐らくは瘴気に接触するだけでも影響を受けてしまっているのだろう。
 こうまで濃密な瘴気を消し去ることが出来るとすれば、恐らくは父か兄に本格的に祓ってもらうぐらいしか手段は無いように思える。
 ゲームなどには有りがちな『聖属性の浄化魔法』……みたいなものは何故か存在しない。
 本当に存在しないのか、いまだに誰も習得出来ていないのかまでは分からないが、無い物ねだりをしても仕方ないだろう。
 今になってようやく敵の魔法耐性を突破出来るようになってきたため、武器で戦う必要性が無くなったのだが、どうやらそれは遅すぎたようだ。
 解毒魔法も、解毒ポーションも完全には効かない。
 まさかこんな性質を持つ瘴気だったとは思いもよらなかった。

「でも……続ける以外に方法は無いわよね」

『そうだね。幸い今のところ、身体が動かないほどじゃないし、距離を取って戦えるようになってきたから、いけないことは無いと思う』

『主様、ここはジワジワと後退してはいかがですかニャ? せっかく瘴気の只中で戦う必要が無くニャったのですから、これを活かさニャい手は無いのですニャー』

「……だな。それでいくか」

「そうね」
『うん、そうしよ』
『了解ですニャ』

 亜衣にコツを教えてもらった【神語魔法】の斬撃を飛ばす技が、先ほどようやく出来るようになったところだ。
 亜衣の薙刀とはそもそもの形状が違うが、オレの槍にも両側面にバルディッシュ状の刃と方天戟状の月牙とが付いている。
 今は素直に『斬撃』を飛ばそう。
 そのうち『刺突』のフォームでも魔力波を飛ばすことが出来るようになる筈だ。

 トムの勧めに従ってジワジワと後退しながら戦うこと暫し……さほど瘴気の影響を受けずに戦闘することが出来るようになってきた。

『ちょっと楽になったね』

『そうですニャー』

 マチルダもトムも明らかに調子を取り戻してきている。
 トリアは元々それほど影響を受けていなかったようだが、それでも心なしか表情が明るい。
 黒々とした瘴気が立ち上る中で戦うよりは、視界が良好になったせいだろうか。

 相変わらず蛇龍の化身は化身のままだ。
 もしかしたらヤツには、オレ達が実力を隠していたように見えているのかもしれない。
 先ほどまで無傷でいられた魔法で、自分が傷を負うようになっているのだ。
 どこか訝しげに見える表情を浮かべてもいる。
 恐らくヤツは自らの保有魔力量や、傷を負っても即座に癒える特性に絶対の自信が有るのだろう。
 蛇の様に狡猾に、獲物が弱るのを待っているのだと思う。
 魔力量は確かにヤツの方が上だ。
 アジ・ダハーカの眷族達との戦闘を繰り返すことで、オレ達が心身ともに疲弊していくのも間違いない。
 そして例の瘴気だ。
 待てば待つほどヤツが有利な状況が整っていく。

 ……普通なら、な。

 生憎とオレ達は普通じゃない。
 魔力はオレが【存在強奪】で常に奪っているし、マチルダ達もオレの【ロード】の影響下にある。
 オレがヤツから魔力を奪うたびにマチルダ達の魔力も増えるし、強くなるたびに成長していく。

 心身の疲弊は確かに無視出来ない。
 オレ達は朝からずっと戦っているのだからその分の蓄積も有るし、それを言うなら昨日までだってずっと戦っていた。
 寝ても癒えきらない疲労の蓄積は間違いなく有る。
 最近は服用するスタミナポーションの等級が上がって、かなり緩和されてはいるが……。
 精神的な消耗は肉体的なそれ以上に、オレ達を苛んでいる。
 しかし、少なくともオレは絶対に折れない。
 護りたい場所がある。
 護りたい人達が居る。
 絶対に護らなくてはならないのだ。
 そんなオレの心が折れる筈が無い。

 瘴気は間違いなく厄介だったが、それも対策してのけた。
 もう暫く今の状況が続けば、有利になるのはヤツでは無い。
 オレ達の方だ。


『ウニャ!? 主様、アレは何ですかニャ!?』

『瘴気が渦巻いて……アレじゃまるで……』

「……何よ、アレ? 嘘でしょう?」

 漆黒の瘴気の渦から這い出てきたは、まさに悪夢。
 そうか……ヤツの狙いは最初からコレだったのか。
 ……完全に読み違えていた。
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