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第5章

第282話

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 悪寒に背筋が冷える思いがする。

 ただの人間では無いのは分かっていたつもりだったし、実際それを裏付ける様々な光景……肩の蛇は勿論のこと、血液から生まれ出でる漆黒の魔物や背中の翼を目にしてもいた。
 それでも底冷えのするような表情のままにオレ達と対峙している蛇龍の化身の姿は、あまりに不気味過ぎるのだ。
 捕食者……そんな言葉が思わず脳裏を過る。

 こうなったら戦いでは無く、奪い合いだ。

 ヤツが肩の蛇を介して魔法とそれに付随する知識を奪う化け物だとするなら、オレはモンスターからその存在力そのものを奪って強くなってきた化け物だ。
 どうせ相手を喰らう化け物同士ならば、喰らわれてなるものか。
 喰らうのはオレの方だ。

「皆、援護を頼む! ヤツに勝つには、ひたすら攻撃し続けるしか無い!」

『ニャニャ!? 主様、アイツを攻撃したらまた魔物が這い出て来ますのニャー』

『そうだよ! ヒデ、ヤケを起こさないで!』

「……そうか。そうよね。トム、マチルダ、とにかくヒデの言う通りにしましょ! アレから奪うのよ。分かるでしょう?」

『ニャるほど! 畏まりましたニャー!』

『え? あ……そっか! 了解!』

「頼んだ!」

 トリアが、トムが、マチルダが、アジ・ダハーカの化身への攻撃のペースを再び上げ始める。
 オレはそれを合図に銀光を全身に宿して、回り込みつつ蛇王へと接近していく。
 オレが【神語魔法】を全身に付与したことが嬉しいのか、笑みを深くする男。
 いまだ地上に残っていた蛇龍の眷族達を行き掛けの駄賃に屠りながら、ヤツの背後に到達したが右肩の蛇は注意深くこちらの様子を窺っている。
 こうして見られているからには、マチルダ達がいくら援護してくれても、決して奇襲にはならないだろう。
 こちらを観察しながら、チロチロと出し入れされる先端の割れた舌がおぞましい。
 先ほどの不気味な笑みを想起させられてしまう。

 トリアの精霊魔法が、マチルダの矢を模した無属性魔法が、トムの多彩な攻撃がヤツに次々に命中していく。
 狙い通り、迎撃魔法の許容量を超えた手数を保つことが出来ているが、魔法抵抗力の高さゆえか、ダメージらしいダメージは与えられていないようだ。
 オレも次々に速射性能の高い魔法を放っているが、やはり期待していた効果は得られていない。
 さすがに傷を負わせてすらいない状況では、カケラも存在力を奪うことが出来ないらしい。

 翼を持ちながらも、低空飛行で宙に留まったままの蛇龍の化身。

 オレ達の誰かが接近戦を仕掛けるか、先ほどのオレをように隙を晒すのを待っているのだろう。
 だとしたら、その狙いはオレ達の持つ魔法や魔力……それを内包する器官。
 つまりは脳に他ならない。
 それを分かっていても、接近戦を仕掛けるしかない状況なのが、苦しい戦況を何よりも雄弁に物語っているように思えて仕方ないが、実際に他に有効な手段が無いのだから、ここは行くしかないだろう。
 タイミングは難しいが……トムの工夫がそのチャンスを生み出してくれた。

 マギスティール。
 敵から魔力を奪う魔法。
 オレも割と頻繁に使う魔法だが、それまで一点に浮かび続けた蛇王が、大袈裟にそれを回避した。
 どうやら奪うのは好きでも、奪われるのはお嫌らしい。
 回避した先に待ち構える形になるように転移し、そのまま槍を縦横に振るう。
 さすがに全ての攻撃が当たるということも無かったが、穂先が脇腹を掠め月牙が額を浅く切り裂いた。
 両肩の蛇が一斉にオレを襲う。

 思っていた通りの反応だ。

 魔法を迎撃にしか使わないのは、つまりそういうことなのだろう。
 コイツが魔法を奪うには、蛇に対象の脳を喰らわせる必要が有るようだ。
 魔法で対象を殺さないのは、それをすれば奪い損ねることに繋がりかねないからに過ぎないのだと思う。
 オレの頭部を喰らわんとする蛇の動きは異常なほど速かったが、狙ってくる場所が分かっていて、それでも攻撃を食らうほどオレもノロマでは無い。
 空中に在るため地上にいる時のようには動けないのが難点だが、身をよじりながら槍で受け流し、蛇を生やした男の鳩尾に蹴りをくれて飛びのく。

 通用する。

 単純な接近戦の技量は、そこまで高くは無いようだ。
 そもそも近寄ること自体が至難の業で、マチルダ達の援護が有ってようやくといったところだが、槍の間合いで戦う分には決して手に負えない相手では無かった。

 蛇龍の眷族は既に地面に溢れている。
 しばらくは本体に近寄ることは出来ない。
 トムとトリアは本体への牽制を続けてくれている。
 マチルダは……またも弓をインベントリーに収納し、マチェットを手に眷族達に立ち向かっていた。
 マチルダの意図は眷族の打倒では無いようだ。
 どちらかと言えば、トムやトリアに敵を近付けないように立ち回っているようだ。

 先ほどとは比較にならないほど出現している毒々しいモンスターの群れも、全身に銀光を宿したままのオレにとっては、さほど脅威とはならない。
 次々に屠り、自らの力に変えていく。

 さっきの一連の攻防で気付いたのだ。
 オレが投げつけた針がヤツに血を流させても、存在力は奪えなかった。
 それも当然だろう。
 流した血液は漆黒の魔物としてし続けているのだから……。
 濃厚過ぎるほどに濃厚な魔力がオレの身体に満ちたのは、ヤツの生み出した漆黒のサソリをオレの槍が葬った時だった。

 つまり……目の前にウジャウジャと立ち塞がっている漆黒の蟲どもや、漆黒の爬虫類達はオレにとっては『ご馳走』だ。
 槍がコイツらを穿つたび、オレの力は増していく。
 サソリ、ワニ、クモ、ヘビ、毛虫、トカゲ、ムカデ、カメ、ゲジゲジ、ヤモリ、ハエ……見ているだけでも不気味なヤツらだが、そう考えると有難い存在にも思えてくる。

 つくづく良かった。

 オレの【存在強奪】が、目の前のコイツらを直接オレが味わう形で力を奪うのでは無くて…………良かった。
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