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第5章
第277話
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モグラ叩きに似ている。
事前の準備に余念が無かったため、危険なモンスターが周囲を徘徊していたような都市部のダンジョンや、ダンジョン自体が厄介な位置に有ったところは軒並み攻略済みだ。
必然的に侵攻してくるモンスターは、実力的には大したことの無いヤツらが多いのだが、それでも数の差というものは脅威に成りうるのだと、つくづく思い知らされることになった。
序盤は様子見していたらしい守護者達も、自らの支配領域を広げるべく動き始めている。
いまだに全く動かないでいる者も居るには居るが、極めて少数派だ。
兄のパーティも、オレのパーティも、向かうところ敵無しといった状況なのだが、綻びが生じた防衛線の全てをカバーすることまでは出来ない。
自警団の面々が主力の防衛陣地も全て、ここに至るところまでに少なくない数の防衛戦を経験していた。
父や柏木兄妹が居る陣地は苦戦らしい苦戦をしていないようだが、佐藤さんの陣地と星野さんの陣地はそれなりに危ない場面も有って、それぞれ1回ずつオレのパーティの救援を受けている。
星野さんの陣地に沙奈良ちゃんが移動し、父の陣地に居た自警団の古参メンバーが何人か佐藤さんの陣地に異動してからは、どこも危なげなく戦ってくれているため、再度オレ達は子ダンジョンの攻略と逆侵攻に専念することが出来るようになった。
兄達も同様に子ダンジョン潰しに従事してくれているが、オレ達よりは控えめにして貰っている。
これは兄のパーティの戦力に不安が有るからでは無い。
単に【転移魔法】の有無が理由だ。
子ダンジョン内部から撤退して、防衛線の穴を埋めに行くにも、オレのパーティなら【転移魔法】で瞬時に飛べるが、兄達は自分達の足でダンジョンから出なくてはならない分だけ時間が掛かる。
戦局に余裕が無くなってきつつある今の状況下では、子ダンジョン内部に入ってもらうよりは、ダンジョン外でひたすら暴れ回ってもらう方が良いのだ。
ダンジョン外なら兄達にも、ワイバーン型のリビングドールという足が有ることだし……。
◆
『……弱いんですけどニャ。キリが無いのが困りモノなのですニャー』
「トムちゃん、油断しちゃダメだよ? ほら、あそこ。またイレギュラーじゃない?」
「またか……ここいらなら、そんなに強いのは出ないだろうけど」
「……4つ、ね。段々と合流する渦の数が増えているような気がしない?」
イレギュラー出現の兆候が見えても、特段オレ達に出来ることは無い。
モンスターの形を象る前の渦に攻撃を加えても、全くの徒労に終わるからだ。
これは今や『常識』になっている。
イレギュラーに限らず、モンスター出現前の渦に幾ら攻撃しても、モンスターの出現は阻止出来ない。
ダンジョン内でモンスター出現前の渦に遭遇した探索者達は、世の中がこうなる前から沢山いたのだ。
モンスターの出現を阻止するどころか、無駄に体力や弾薬を消費するだけの結果に終わり、その後の戦闘で手傷を負ったり犠牲者を出した先輩達のおかげで、オレ達は同じ轍を踏まずに済んでいる。
……まぁ実はオレも何回か、危険を伴わない範囲で試してはみたのだが、やはり無駄なのだという結論に達した。
他のモンスターを倒しながらイレギュラー出現の瞬間を待っていたオレ達だったが、出てきたモンスターを見て胸を撫で下ろすことになった。
ロックトロル。
岩石にしか見えない堅い皮膚を持つ、大型の亜人系モンスターだ。
普通のトロルよりは数段上の強さを持っているモンスターだが、到底ドラゴンや巨人には及ばない。
つまりオレ達にとっては、イレギュラーモンスターのロックトロルも、大して討伐に手間取る相手では無かった。
出現と同時にトムの風魔法で白い光に包まれる結果に終わる。
『我輩とて決して油断してるわけではニャいのですニャー』
「そうみたいだね。トムちゃん、ごめんね~」
「ロックトロル……この辺りに出てくるモンスターで無いのは確かだな」
「えぇ、それは間違いないわ。この分だと私達も、段々と子ダンジョンの攻略が出来なくなって来るかもしれないわよ」
「そうだな。少し早いけど、こうなったら次の作戦に移行するしか無いか」
『ウニャ! ちょっと早すぎる気もしますけれどニャー』
「うーん、でも確かにそれしか無いかも……」
各地でイレギュラーの発生が相次いでいることも、たびたびゴーレム・リビングドールの防衛線が破られたり、ここに来て再び自警団の面々が詰めている防衛陣地が苦戦を強いられたりしている要因になっている。
先陣と遊撃を務めるオレ達が後手に回れば回るほど、後方に掛かる負担は増えていく一方だ。
今のところはまだ犠牲者こそ出ていないが、重傷を負って一時的に戦線を離脱している人はそれなりに居るわけで、こうした判断は早い方が良いだろう。
次の作戦というのは別に難しい話でも何でも無い。
今のところ過剰気味な戦力を有するオレと兄のパーティを分散し、危機対応力を上げるだけの話だ。
オレとトム。
亜衣とエネア。
兄とカタリナ。
マチルダとトリア。
このうち、兄とカタリナのパーティだけは独自に動いて貰い、他のパーティーはオレの【転移魔法】メインで移動してもらうことになる。
この分け方なら、戦力的に不安の有る組み合わせは無い。
万が一この編成で手に負えないレベルのイレギュラーが出現した時は、オレが即座に転移してフォローすることになっている。
念のため、マチルダは母のスマホを借りて来ているが、マチルダにスマホの操作方法を覚えて貰うのが地味に大変だった。
いわゆる『楽々』なヤツだから、何とかなっただけの話だ。
まぁ、基本的には全てオレの【遠隔視】で状況把握に努めるわけだが、さすがの【遠隔視】も音声までは拾えない。
各パーティの細かい要望に応えるためには、貴重な連絡手段になるだろう。
いまだに繋がる理由は……もう考えないことにした。
電波基地が有るのが地上だけでは無くなって久しいらしいから、恐らくそれが理由なのだろうが……。
「ヒデちゃん、気を付けてね」
「亜衣もな。エネア、亜衣を頼むよ」
「えぇ、任せてちょうだい。トム、ヒデの足を引っ張らないようにね」
『ウニ! ニャんで我輩だけ、そんニャ扱いなのですかニャー?』
「あはは。トムちゃん……ヒデちゃんをお願いね」
『お任せ下さいニャ!』
この場を亜衣とエネアに任せ、オレとトムは兄達のもとへ向かった。
時刻は間もなく正午に達しようとしている。
事前の準備に余念が無かったため、危険なモンスターが周囲を徘徊していたような都市部のダンジョンや、ダンジョン自体が厄介な位置に有ったところは軒並み攻略済みだ。
必然的に侵攻してくるモンスターは、実力的には大したことの無いヤツらが多いのだが、それでも数の差というものは脅威に成りうるのだと、つくづく思い知らされることになった。
序盤は様子見していたらしい守護者達も、自らの支配領域を広げるべく動き始めている。
いまだに全く動かないでいる者も居るには居るが、極めて少数派だ。
兄のパーティも、オレのパーティも、向かうところ敵無しといった状況なのだが、綻びが生じた防衛線の全てをカバーすることまでは出来ない。
自警団の面々が主力の防衛陣地も全て、ここに至るところまでに少なくない数の防衛戦を経験していた。
父や柏木兄妹が居る陣地は苦戦らしい苦戦をしていないようだが、佐藤さんの陣地と星野さんの陣地はそれなりに危ない場面も有って、それぞれ1回ずつオレのパーティの救援を受けている。
星野さんの陣地に沙奈良ちゃんが移動し、父の陣地に居た自警団の古参メンバーが何人か佐藤さんの陣地に異動してからは、どこも危なげなく戦ってくれているため、再度オレ達は子ダンジョンの攻略と逆侵攻に専念することが出来るようになった。
兄達も同様に子ダンジョン潰しに従事してくれているが、オレ達よりは控えめにして貰っている。
これは兄のパーティの戦力に不安が有るからでは無い。
単に【転移魔法】の有無が理由だ。
子ダンジョン内部から撤退して、防衛線の穴を埋めに行くにも、オレのパーティなら【転移魔法】で瞬時に飛べるが、兄達は自分達の足でダンジョンから出なくてはならない分だけ時間が掛かる。
戦局に余裕が無くなってきつつある今の状況下では、子ダンジョン内部に入ってもらうよりは、ダンジョン外でひたすら暴れ回ってもらう方が良いのだ。
ダンジョン外なら兄達にも、ワイバーン型のリビングドールという足が有ることだし……。
◆
『……弱いんですけどニャ。キリが無いのが困りモノなのですニャー』
「トムちゃん、油断しちゃダメだよ? ほら、あそこ。またイレギュラーじゃない?」
「またか……ここいらなら、そんなに強いのは出ないだろうけど」
「……4つ、ね。段々と合流する渦の数が増えているような気がしない?」
イレギュラー出現の兆候が見えても、特段オレ達に出来ることは無い。
モンスターの形を象る前の渦に攻撃を加えても、全くの徒労に終わるからだ。
これは今や『常識』になっている。
イレギュラーに限らず、モンスター出現前の渦に幾ら攻撃しても、モンスターの出現は阻止出来ない。
ダンジョン内でモンスター出現前の渦に遭遇した探索者達は、世の中がこうなる前から沢山いたのだ。
モンスターの出現を阻止するどころか、無駄に体力や弾薬を消費するだけの結果に終わり、その後の戦闘で手傷を負ったり犠牲者を出した先輩達のおかげで、オレ達は同じ轍を踏まずに済んでいる。
……まぁ実はオレも何回か、危険を伴わない範囲で試してはみたのだが、やはり無駄なのだという結論に達した。
他のモンスターを倒しながらイレギュラー出現の瞬間を待っていたオレ達だったが、出てきたモンスターを見て胸を撫で下ろすことになった。
ロックトロル。
岩石にしか見えない堅い皮膚を持つ、大型の亜人系モンスターだ。
普通のトロルよりは数段上の強さを持っているモンスターだが、到底ドラゴンや巨人には及ばない。
つまりオレ達にとっては、イレギュラーモンスターのロックトロルも、大して討伐に手間取る相手では無かった。
出現と同時にトムの風魔法で白い光に包まれる結果に終わる。
『我輩とて決して油断してるわけではニャいのですニャー』
「そうみたいだね。トムちゃん、ごめんね~」
「ロックトロル……この辺りに出てくるモンスターで無いのは確かだな」
「えぇ、それは間違いないわ。この分だと私達も、段々と子ダンジョンの攻略が出来なくなって来るかもしれないわよ」
「そうだな。少し早いけど、こうなったら次の作戦に移行するしか無いか」
『ウニャ! ちょっと早すぎる気もしますけれどニャー』
「うーん、でも確かにそれしか無いかも……」
各地でイレギュラーの発生が相次いでいることも、たびたびゴーレム・リビングドールの防衛線が破られたり、ここに来て再び自警団の面々が詰めている防衛陣地が苦戦を強いられたりしている要因になっている。
先陣と遊撃を務めるオレ達が後手に回れば回るほど、後方に掛かる負担は増えていく一方だ。
今のところはまだ犠牲者こそ出ていないが、重傷を負って一時的に戦線を離脱している人はそれなりに居るわけで、こうした判断は早い方が良いだろう。
次の作戦というのは別に難しい話でも何でも無い。
今のところ過剰気味な戦力を有するオレと兄のパーティを分散し、危機対応力を上げるだけの話だ。
オレとトム。
亜衣とエネア。
兄とカタリナ。
マチルダとトリア。
このうち、兄とカタリナのパーティだけは独自に動いて貰い、他のパーティーはオレの【転移魔法】メインで移動してもらうことになる。
この分け方なら、戦力的に不安の有る組み合わせは無い。
万が一この編成で手に負えないレベルのイレギュラーが出現した時は、オレが即座に転移してフォローすることになっている。
念のため、マチルダは母のスマホを借りて来ているが、マチルダにスマホの操作方法を覚えて貰うのが地味に大変だった。
いわゆる『楽々』なヤツだから、何とかなっただけの話だ。
まぁ、基本的には全てオレの【遠隔視】で状況把握に努めるわけだが、さすがの【遠隔視】も音声までは拾えない。
各パーティの細かい要望に応えるためには、貴重な連絡手段になるだろう。
いまだに繋がる理由は……もう考えないことにした。
電波基地が有るのが地上だけでは無くなって久しいらしいから、恐らくそれが理由なのだろうが……。
「ヒデちゃん、気を付けてね」
「亜衣もな。エネア、亜衣を頼むよ」
「えぇ、任せてちょうだい。トム、ヒデの足を引っ張らないようにね」
『ウニ! ニャんで我輩だけ、そんニャ扱いなのですかニャー?』
「あはは。トムちゃん……ヒデちゃんをお願いね」
『お任せ下さいニャ!』
この場を亜衣とエネアに任せ、オレとトムは兄達のもとへ向かった。
時刻は間もなく正午に達しようとしている。
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