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第5章

第266話

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 トムのシッポが増えた。

 特に強敵を撃破したとかでも無いのだが、恐らくは今までの蓄積が花開いた結果なのだろう。
 ふと気付いたらトムから感じる魔力が飛躍的に上昇していて、シッポも6本になっていたのだ。
 朝イチで位階の上がったトムのテンションは、一気に最高潮に達した。
 第42層は、ほぼトムが単独で踏破したようなものだったぐらいだ。

「トムちゃん、良かったね~」

『アイ様、我輩……ついに一族の伝説に残る王を超えたのですニャ! 主様、本当にありがとうございますニャー』

「良かったな、トム。でも、ここまで強くなれたのはトムが頑張ってたからだろ。いつも、ありがとうな」

「おとぎ話の中に出てくる『トム』がファイブテールだったわね。凄いじゃない、トム」

「それ、前から思ってたんだけどさ……そっちじゃ有名な話なのか? トリアもカタリナも『ケット・シーならトムで決まり』っていうから、そっちじゃそんなもんなのかぐらいで深く考えてなかったけど」

 ついでに言えばエネアもマチルダも、トムの名前を最初に聞いた時、深く納得したかのように頷いていた。
 こちらで言うところの……『ネコならタマ』みたいなもんなのだろうか?

『ウニャ、我輩もそれ気になってたのですニャー』
「私も~」

「元の世界では有名なおとぎ話よ。心優しい男の子と仲良くなった猫が、ゴブリンの群れに大怪我をさせられた男の子の仇討ちを成功させたことがきっかけで、世界で初めてのケット・シーになるの。その後も知恵と勇気を振り絞って格上を倒しては尾を増やしていく……そんなお話ね」

 ……ちょっと面白そうな話だ。

『我輩の一族の伝説と似てますニャー。ゴブリンじゃなくて、コボルトってことになってた筈ですけどニャ』

「そうなってる話も有った筈よ。ファイブテールに至るまでに倒した相手も、ちょくちょく変わるもの。男の子の種族もドワーフだったり、エルフだったり……ね」

「なるほどな……実話を元に各地で脚色されて、色んな話が残ってるのかもしれないな」

「ふーん。じゃあ、もしかしたらトムちゃんのご先祖様も、おんなじ名前だったってことなのかな?」

『そうだとしたら嬉しい限りなのですニャ』

「興味深い話だけど……そろそろ行こうか? まだまだ先も長いしな」

 ボスの居なくなったボス部屋だからこそ、ゆっくりしていられただけの話で、まだ疲れてもいないのに、あまり長居するのも好ましくないだろう。
 亜衣も、トリアも、トムも、それぞれに了承の意を表明して歩き出した。

 ◆

 このダンジョンの第61層。

 この辺りは完全に前人未到の領域だ。
 オレの知る限りでは53層のボスが手に負えなくて撤退……というのが最高到達記録の筈だから、既に大きく記録を塗り替えていることになる。
 もちろん、これまでの最高到達記録はあくまで『魔法無し』でのものなので、そうした意味では同列に語るべきものでは無いのかもしれない。
 しかし、オレ達だって自衛隊所属の探索者パーティが持っていたような最新鋭の火器を所持しているわけでは無いのだから、そういった意味でも比較しにくい話であることは間違いないだろう。
 人数も全く違う。
 あちらは複数のパーティを動員しての、いわゆるレイド構成で、こちらはたったの4人(?)だ。
 問題は、そんな少人数で人跡未踏の高難度ダンジョンに挑んでいること……それ自体だった。

 曲がりなりにも先人がクリアした実績のある階層とは、全く比べ物にならないほどのモンスターの密度。
 普通のダンジョンなら、階層ボスや守護者になっていてもおかしくないほどの強敵がウジャウジャ居る。
 それでも先ほどまでは、さほど変わらないペースで攻略を進められていたのだが、この61層に足を踏み入れた途端、ついにオレ達も余裕綽々とまではいかなくなっていた。

『ニャニャ! アイ様、そっちに1体行ったのですニャ!』

「おっと! ありがと、トムちゃん。おかげで間に合ったよ」

「あぁ、もう! 何で効かないのよ!」

「トリア、冷静にな。どれかは必ず効くから」

 先ほどからオレ達が苦戦を強いられている相手はリビングドール。
 つまりは生きた人形だ。
 キューピッドを模した、羽根の生えた極小サイズの人形達。
 魔法抵抗力が高いから……というよりは、敢えて弱点属性を自らに課す形で、他の属性の魔法を完全にシャットアウトしているように思える。
 無属性魔法さえ非常に効きが悪いため、そもそもの魔法抵抗力も高いのだろう。
 光、闇、風、火、土、水のどれかが弱点なのだが、弱点が個体ごとに違うため、範囲魔法で一網打尽というわけにも中々いかないのだ。
 武器で倒した方がまだマシなのだが、身体がミツバチぐらいのサイズで密集せず分散して襲い掛かって来るため、どうしても討ち漏らしが出やすい。
 いくらサイズが小さいからと言っても、こんな大量にモンスターを相手にした経験は、スタンピード時でさえ無かった。

 コイツらと接敵する前に相手したモンスターも超一流の大物揃い。
 リビングスタチュー(生きた石像)や、ゴーレム、ガーゴイルなどの材質もミスリルだったり、ダイヤモンドだったり、神使樹だったり、オリハルコンだったり……腐肉だったりした。
 スペクター、リッチ、バンパイア、タキシム、ワイトなどのアンデッドモンスターも、余所で戦った個体より明らかに強く、果てはワイバーンやワーウルフ、トロルのような手強いモンスターがゾンビ化したモノまで出現する始末だ。
 いよいよ本気で侵入者を排除しに来ている。
 そう感じずにはいられなかった。

 それでも、オレ達は進まなくてはならない。
 敵が強いのは好都合。
 喰らえば喰らうほど、オレは……いや、オレ達は強くなれる。
 強くなって……必ずこの先に待ち構えている死の運命さえも、残らず喰い破ってやるのだ。

『あ……主様、危ない!』

 まずは、このうるさい小バエどもからだな。
 トムの警告が無ければ、今のは少し危なかったかもしれない。
 集中、集中……。

 いかにも何でも無い風を装いながら、急接近したリビングドールを槍の穂先に掛けたオレは、今度はトムの窮地を救うべく駆け出していた。
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