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第5章
第265話
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青葉城址のダンジョンを攻略するパーティが、兄達では無く、オレ達になった理由は極めて単純だ。
……【転移魔法】で、いつでも帰って来れるから。
これに尽きる。
本来なら泊まり掛けで何日も内部に留まる必要のあるダンジョンも、こうして楽に行ったり来たり出来るならば、その難易度は大きく軽減出来るのだ。
今日は兄達の方が、帰りが遅くなったぐらいだった。
今日、兄達のパーティが攻略に向かった仙台駅西口のダンジョンは元々デパートだった建物で、今から3年前に唐突に自己破産を発表して閉店したところだ。
何の前触れも無く潰れてしまったため酷く驚かされたが、同じ日に間髪入れずにダンジョン化のニュースが飛び込んで来て、さらに驚かされることになってしまったのを覚えている。
夜逃げ……とまではいかないが、こうした経営悪化による倒産の場合、事後の建物の管理はどうしても杜撰になりやすく、ダンジョンに乗っ取られた街中の建物というのは多くが、こういった物悲しいエピソードが付随しているものだ。
地下2階、地上8階建てのビルだっただけのことは有り、ダンジョンの規模もかなり大きい部類に入る。
ダンジョン自体の攻略難易度は、なんとか常識の範囲内に収まるうえ、交通の利便性は最良クラス。
階層数は多いが、広さはそこまででもない。
デパートだった頃よりダンジョン化した後の方が来訪者数が多くなったというのは、何とも皮肉な話だ。
兄に言わせれば、周辺のモンスターの方がダンジョン内のモンスターよりも強く、探索難度が実態よりも低く感じたらしい。
帰宅が遅くなった理由も、ダンジョンのモンスターや守護者が手強かったからというよりは、むしろその階層数の多さのせいだという。
◆
「アダマンタイトの大盾、か。そりゃ確かに使いどころに困るな。分解して武器を作って貰えるなら、オレはその方が有難いぐらいだ」
兄達に相談することなく、柏木さんに分解と武具作製を依頼した件についてだが、兄に限らず皆こんな反応だった。
ちょっとだけ独断専行が過ぎたかなぁ……と、後になってから気になってしまっていたのだが、大した問題にもならずに済んだ。
どちらかと言えば、むしろ感謝されてしまったぐらいで、例の『聖杯』などと併せて報告したのも良かったのかもしれない。
兄達のパーティも、柏木兄妹のパーティも、戦利品として数々のマジックアイテムや装備品、各種薬剤や素材、スクロールやスキルブックなどを持ち帰って来ているが、すぐにオレ達主力の戦力強化が見込めるような品は、やはり少なかった。
相変わらず佐藤さんがリーダーを務めている自警団の面々には喜ばれるだろうな……というぐらいのアイテムは豊富に有ったので、有事に備えるという意味では決して無益とも言えない。
佐藤さんや星野さんをはじめ何人かは、オレ達のパーティに参加しても足手まといにはならないぐらいの強さを既に得ているため、そうした人達に優先して回されることになりそうだ。
本番ではオレ達の手の回らないところを充分にフォローしてくれることだろう。
自警団と言えば……最近は、受け入れた避難民の中にも頭角を現しはじめた人々が居るらしい。
周囲の人のために、危険を冒してまでモンスターの居るエリアから物資を手に入れていた元探索者達はともかく、意外なところでは衰弱しきっていたところをカタリナの魔法で眠らせてから【転移魔法】で救出した家族の長男なども、かなり頑張ってくれているという。
亜衣の姉の旦那さん……つまりは義兄も、かなり自警団内で存在感を増してきているという話だ。
向き不向きというのは、間違いなくあるのだろう。
そうした意味では、戦闘に向かなかった人々を束ねている上田さんの貢献も非常に大きい。
農作業や漁労以外にも、その人に合った仕事を割り振ったり、寝たきりの老人や無理のきかない年代の人々のフォローも嫌がらずにやってくれているらしい。
オレの友人の筒井も、最近では上田さんを助けて精力的に働いているという。
元々、かなり良いヤツなんだよな。
……少し口は悪いけど。
◆ ◆
自宅でしっかり休んで鋭気を養ったオレ達は、昨日の最終到達階にまで一気に飛んだ。
もちろん事前に【遠隔視】で階層ボスの部屋のどこに飛べば一瞬で勝負を決められるか、念入りに検討したうえでの奇襲を兼ねての転移だった。
第42層に突入してすぐ、トムが『ケット・シーの爪跡』を発見したのは、非常に幸先が良いように思えた。
内容自体は金銀財宝と魔法の発動体の指輪だったためそこまで嬉しいものとも言えなかったが、こういうものは気の持ちようだろう。
オレもトムも『空間庫』持ちのため、持ち帰ることに不都合も特に無い。
普通の金銀や宝石も、カタリナの錬金術には使えるらしいので、最近は積極的に持ち帰っている。
邪魔になりそうな荷物は毎日ウチに置いて来れてしまうのも、この場合は非常に都合が良かった。
本当に【転移魔法】さまさまだ。
泊まりのダンジョン探索の場合、本来なら結界柵やモンスターの侵入を許さないテントなどのマジックアイテムの用意は必須だし、そうしたものの有無に関わらず寝ずの番を交代でする必要がある。
モンスターの中には遠距離攻撃の手段を持つものも多いし、無防備に寝ていて起きたら完全にモンスターに包囲されていた……なんてことになったら全く笑えない。
決して安眠は出来ず、昼夜を問わず警戒心を絶やせない状況でダンジョン探索を続けなければならないのは、ちょっと考えるだけでもしんどそうだ。
こうして体力、精神力ともに充実した状態で、このダンジョンのこの階層を攻略しているパーティは、恐らくオレ達が初めてだろう。
そして……そうした好循環とは、どこまでも良い方向に転がり続けていくものらしかった。
……【転移魔法】で、いつでも帰って来れるから。
これに尽きる。
本来なら泊まり掛けで何日も内部に留まる必要のあるダンジョンも、こうして楽に行ったり来たり出来るならば、その難易度は大きく軽減出来るのだ。
今日は兄達の方が、帰りが遅くなったぐらいだった。
今日、兄達のパーティが攻略に向かった仙台駅西口のダンジョンは元々デパートだった建物で、今から3年前に唐突に自己破産を発表して閉店したところだ。
何の前触れも無く潰れてしまったため酷く驚かされたが、同じ日に間髪入れずにダンジョン化のニュースが飛び込んで来て、さらに驚かされることになってしまったのを覚えている。
夜逃げ……とまではいかないが、こうした経営悪化による倒産の場合、事後の建物の管理はどうしても杜撰になりやすく、ダンジョンに乗っ取られた街中の建物というのは多くが、こういった物悲しいエピソードが付随しているものだ。
地下2階、地上8階建てのビルだっただけのことは有り、ダンジョンの規模もかなり大きい部類に入る。
ダンジョン自体の攻略難易度は、なんとか常識の範囲内に収まるうえ、交通の利便性は最良クラス。
階層数は多いが、広さはそこまででもない。
デパートだった頃よりダンジョン化した後の方が来訪者数が多くなったというのは、何とも皮肉な話だ。
兄に言わせれば、周辺のモンスターの方がダンジョン内のモンスターよりも強く、探索難度が実態よりも低く感じたらしい。
帰宅が遅くなった理由も、ダンジョンのモンスターや守護者が手強かったからというよりは、むしろその階層数の多さのせいだという。
◆
「アダマンタイトの大盾、か。そりゃ確かに使いどころに困るな。分解して武器を作って貰えるなら、オレはその方が有難いぐらいだ」
兄達に相談することなく、柏木さんに分解と武具作製を依頼した件についてだが、兄に限らず皆こんな反応だった。
ちょっとだけ独断専行が過ぎたかなぁ……と、後になってから気になってしまっていたのだが、大した問題にもならずに済んだ。
どちらかと言えば、むしろ感謝されてしまったぐらいで、例の『聖杯』などと併せて報告したのも良かったのかもしれない。
兄達のパーティも、柏木兄妹のパーティも、戦利品として数々のマジックアイテムや装備品、各種薬剤や素材、スクロールやスキルブックなどを持ち帰って来ているが、すぐにオレ達主力の戦力強化が見込めるような品は、やはり少なかった。
相変わらず佐藤さんがリーダーを務めている自警団の面々には喜ばれるだろうな……というぐらいのアイテムは豊富に有ったので、有事に備えるという意味では決して無益とも言えない。
佐藤さんや星野さんをはじめ何人かは、オレ達のパーティに参加しても足手まといにはならないぐらいの強さを既に得ているため、そうした人達に優先して回されることになりそうだ。
本番ではオレ達の手の回らないところを充分にフォローしてくれることだろう。
自警団と言えば……最近は、受け入れた避難民の中にも頭角を現しはじめた人々が居るらしい。
周囲の人のために、危険を冒してまでモンスターの居るエリアから物資を手に入れていた元探索者達はともかく、意外なところでは衰弱しきっていたところをカタリナの魔法で眠らせてから【転移魔法】で救出した家族の長男なども、かなり頑張ってくれているという。
亜衣の姉の旦那さん……つまりは義兄も、かなり自警団内で存在感を増してきているという話だ。
向き不向きというのは、間違いなくあるのだろう。
そうした意味では、戦闘に向かなかった人々を束ねている上田さんの貢献も非常に大きい。
農作業や漁労以外にも、その人に合った仕事を割り振ったり、寝たきりの老人や無理のきかない年代の人々のフォローも嫌がらずにやってくれているらしい。
オレの友人の筒井も、最近では上田さんを助けて精力的に働いているという。
元々、かなり良いヤツなんだよな。
……少し口は悪いけど。
◆ ◆
自宅でしっかり休んで鋭気を養ったオレ達は、昨日の最終到達階にまで一気に飛んだ。
もちろん事前に【遠隔視】で階層ボスの部屋のどこに飛べば一瞬で勝負を決められるか、念入りに検討したうえでの奇襲を兼ねての転移だった。
第42層に突入してすぐ、トムが『ケット・シーの爪跡』を発見したのは、非常に幸先が良いように思えた。
内容自体は金銀財宝と魔法の発動体の指輪だったためそこまで嬉しいものとも言えなかったが、こういうものは気の持ちようだろう。
オレもトムも『空間庫』持ちのため、持ち帰ることに不都合も特に無い。
普通の金銀や宝石も、カタリナの錬金術には使えるらしいので、最近は積極的に持ち帰っている。
邪魔になりそうな荷物は毎日ウチに置いて来れてしまうのも、この場合は非常に都合が良かった。
本当に【転移魔法】さまさまだ。
泊まりのダンジョン探索の場合、本来なら結界柵やモンスターの侵入を許さないテントなどのマジックアイテムの用意は必須だし、そうしたものの有無に関わらず寝ずの番を交代でする必要がある。
モンスターの中には遠距離攻撃の手段を持つものも多いし、無防備に寝ていて起きたら完全にモンスターに包囲されていた……なんてことになったら全く笑えない。
決して安眠は出来ず、昼夜を問わず警戒心を絶やせない状況でダンジョン探索を続けなければならないのは、ちょっと考えるだけでもしんどそうだ。
こうして体力、精神力ともに充実した状態で、このダンジョンのこの階層を攻略しているパーティは、恐らくオレ達が初めてだろう。
そして……そうした好循環とは、どこまでも良い方向に転がり続けていくものらしかった。
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