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第5章

第257話

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第256話

 軽く伸び……そしてアクビ。

 気力、体力ともに充分回復したオレは、改めてジズを【遠隔視】で捜索する。
 駅前のバスロータリーで羽根を休めているところを発見した。
 日本国内でも屈指の造形美を誇っていたペデストリアンデッキ(高架歩道橋)は、もはや見る影も無い。
 ジズが着陸した衝撃に耐えきれず、瓦礫と化したようだ。
 あれでは地下に有った歩行者用通路も恐らく無事では有るまい。
 まぁ、今や生きている人間が地下通路を歩いている心配もまず無いのだろうが……。

 しかし……見れば見るほど、神々しいまでの威厳がジズには備わっている。
 倒すべき敵であることを忘れてしまいそうだ。
 ダメ元で何度か話し掛けてみたが、ジズが人語を解している様子は無かった。
 伝承にあるジズは流暢に人の言葉を操ったというから、恐らくアレは自我らしい自我が無い存在なのだろう。
 逆に言えば、だからこそここまで戦って来られたということにもなるのかもしれないが。

 腐れバンパイアや、こないだのリッチのように、敵対した連中の中にもハッキリと自我を持ったヤツらは居た。
 悪魔遣いのホムンクルスや、マーマン、デュラハンなんかもそうだ。
 エネア、カタリナ、トリア、トム……それからマチルダ。
 今やオレの大切な仲間達だが、最初はあくまでダンジョンの守護者として出会った。
 一緒に活動こそしていないが、ジャスミンティー好きのハーピーや、可哀想なアラクネ、怖がりなエント……数え上げればキリが無いが、守護者やその候補の中には自我を持った存在の方が多かったのも事実。
 マイコニドの王のように、守護者でありながら自我というものを感じさせない例外も居るには居たが、それは例外中の例外と言って良いだろう。

 ジズにしろ、シルバードラゴンにしろ、グレーターデーモンやアークエンジェルにしろ、自我さえあれば守護者の務まりそうな連中は、今までも多く存在した。
 何なら、レッサードラゴンやレッサーデーモンなどでも、マーマンやハーピーなどと比べてしまえば、実力的にも知能的にも本来なら守護者として適任な筈だ。
 自我のハッキリしたモンスターは、そうでない同種のモンスターより明らかに強い。
 行動バリエーションなども豊富だし、予想も出来ない意外性を隠し持っている場合も多かった。
 デュラハンやバンパイアなどは、自我の有無で手強さが段違いだったモンスターの好例だろう。
 逆に自我が無いからこそ行動に迷いやムラが無くなって、逆に手強さを増したヤツらも居ないでは無いが、それらはあくまで少数派だ。

 いったい何が自我の有無を分けているのだろう?
 守護者は全て自我が有って、そうでないモンスターは全て自我が無いなら話は単純だが、マイコニドやリッチのケースは明らかにそれに矛盾している。
 これは一朝一夕に答えが出るような問題では無いのかもしれないなぁ。

 話が盛大に逸れたが……
 何も無駄にダラダラと思索に耽っていたわけではない。
 ジズが周辺を警戒するような素振りを見せ始めたので、タイミングを見計らっていただけの話だ。
 あるいはオレの【遠隔視】によって魔力の揺らぎのような現象が起きたのを感知したのかもしれない。
 今は警戒をようやく解き、翼に嘴を突っ込んで羽繕はづくろいを始めたところ……擬態の可能性も考慮して、もう暫く観察することにした。

 ……油断しているように見える。

 もう、かれこれ一時間以上は放置しておいたわけだし無理もないだろうが、本当に擬態で無いという確信が持てるまでは、なかなか踏ん切りがつかない。
 土壇場で気付かれるかもしれないというプレッシャーで、珍しく手のひらに汗をかいているのを自覚していた。
 片側で良い。
 片側で良いから、ジズの翼の機能を一撃で駄目にしてしまわなければならないのだ。
 何回も頭の中でシミュレートしているのだが、恐らくは上手くいくだろうという風には思える。
 それでも万が一が……怖い。
 これで失敗したら、もうなりふり構わず撤退するしかないだろう。
 もしそうなったら、ジズを打倒し得る唯一の武器を失った状態で再戦して勝てる自信が、オレには無かった。

 それは避けられない『死』の先伸ばしに他ならない。

 今までの全てが水泡に帰するかもしれないという不安は、オレから先ほどまでの余裕を全て奪い去ってしまった。
 それでも……やるしかない。
 うん、やるしかないよな。

 覚悟を決めたオレは、ジズが羽繕いしている翼とは反対の翼を目掛けて転移した。

 手には『唯一』を構えている。
 あとは狙った一点を穿だけだ。
 狙いあやまたず、オレの手にしたアダマントの杭剣はジズの右の翼の付け根……翼を支える上腕骨と肩の骨との継ぎ目付近にズブズブと何の抵抗も無く突き刺さっていき、刀身を全てジズの体内に埋め込んだところでようやく止まった。

 ジズがその美しい声を初めてオレに聞かせてくれた……悲鳴、なのかもしれないが。

 鳥の翼と、それを支える骨の構造は、ここまで巨大化しても何ら変わりの無いものであるらしい。
 一部のドラゴン、あるいは上位の天使や悪魔のように、一対ではなく予備の翼を備えた相手なら、そもそも前提が成り立たない奇襲。
 ジズの翼がいかに巨大でも、それを支える骨格は、あまりにも貧弱。
 いや、強度などは規格外なのだろうし、機能も充分に果たしていることは間違い無いが、それでも……だ。
 アダマントの有効性も何度かは試しておいたが、さすがに飛行能力を一時的にせよ完全に奪うには、いくら先端でチクチクやっても無駄なのは明らか。
 使い捨てるわけにはいかないが、それぐらいのつもりで刀身全てを、ジズの翼の付け根に残置する覚悟は必要不可欠だった。

 ここからは持久戦だ。

 アダマントの杭剣を心臓や脳に突き刺せば、あるいはそれで勝負が決していたかもしれないが、長時間の気絶は避けられない。
 ジズの翼を駄目にしてやったことでオレに流入してきた存在力の量は膨大過ぎるほどのもので、それだけでも一瞬クラっときたぐらいなのだ。
 いまだダンジョンの攻略が完了していない地域で意識を手放したら、確実に二度と目を覚ますことは無いだろう。
 何ならゴブリン1体湧いただけでも、気を失った状態では命取りになる。

 それをするのは早い。

 今は何とかアダマントの杭剣無しで、ジズのもう片方の翼を消し飛ばし、その飛行能力を完全に奪い去る必要が有った。
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