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第4章

第232話

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「あ、ヒデちゃん見て。あれがムカデの落としたヤツじゃない?」

「多分そうだろうな。あの巨体から考えると恐ろしく小さいけど、宝箱を落としそうなモンスターなんて、この付近では大百足ぐらいだし……」

『しかし酷い有り様ですニャー。さすがの我輩も、あんなに傍迷惑はためいわくな魔物は見たことが無いのですニャ』

 トムの言う通りだ。
 周辺の数少ない建造物は軒並み倒れ、そこら中に巻き添えになったモンスターの落とした魔石や、割れたポーション瓶などが散乱している。
 自家用車やトラクターなども大破、炎上してしまっているし、樹木や街灯、電信柱が数えるのも億劫なほど倒れていて非常に足場が悪い。
 魔石や無事なアイテムは見つけ次第オレとトムの空間庫に放り込んでいき、消火の必要なものには魔法を使い力業で沈火していた。

 そんなこんなで先ほどようやく妻が見つけたのが、大百足が落としたらしい宝箱だ。

『主様はお疲れでしょうから、我輩が開けますのニャ。どうやら凶悪な罠が掛かっているようですし、任せて欲しいのですニャー』

 トムは本当に芸達者だ。
 純粋な戦闘力ではエネアやカタリナ達には劣るかもしれないが、トムならでは……というスキルや特殊能力を色々と持っている。
 中でも【罠解除】や【危機察知】に関して言えば、オレよりも上手うわてだった。

「うん、頼むよ。正直ありがたい」

 オレの返事に心なしか嬉しそうに頷いたトムは四つん這いになると、2本のしっぽをピーンと立てながら宝箱に近づいていく。
 まずはスンスンと匂いを嗅ぎ、箱のあちこちを確かめるように肉球でペシペシ。
 トムなりのルーティーンなのかもしれない。
 それからおもむろに後ろ足だけで立ち上がると、惚れ惚れするほど流麗な仕草で罠の解除に取り掛かった。

『ウミャ! これは凄いのですニャー。我輩の腕前でも早々には開けられないほど強固な鍵……そして発動させたら間違い無く即死級の罠……これは中身を渡す気がさらさら無いようです……ニャッこらせと、ようやく開いたのですニャー』

 満足気なトムが箱から取り出したのは、見覚えの無いタイプのアイテム。
 ラジオやDVDプレイヤーのようにも見えるが、この機械的な見た目のアイテムと先ほどの大百足とでは、イメージが全く繋がらない。
 恐らくは何らかのマジックアイテムなのだろうが……。

「トムちゃん、それなぁに?」

 黙って成り行きを見守っていた妻が、オレより先にトムに尋ねる。

『さて……? カタリナ様なら、あるいは何なのかご存知かもしれませんが、我輩あいにくとこうした物には疎いのですニャ』

「じゃあオレが【鑑定】してみるよ。トム、貸してくれるか?」

『ニャ! 元より主様の物ですのニャ』

 トムから謎のアイテムを受け取り【鑑定】してみる。

『スキル・アンプリファイアー……戦闘に直接関係の無いスキル、魔法に限り、そのスキル効果を大幅に増幅することが出来る。使用可能数は3回。増幅効果は約5倍。決して濡らしてはならない』

 オレの理解が正しければ、これぞまさに天祐と言うべきだ。
 もし本当に大百足が神の使いなら、あるいはこれも神助の一種なのかもしれない。
 もちろん、ただの偶然ということも考えられるが……。

 ◆ ◆ ◆

 遊園地跡ダンジョンの攻略自体は、何ら特筆すべきことも無く終了した。

 それなりの規模の屋内プール施設が変形したダンジョンだったため、本来なら時間もそれなりに必要だった筈だが、オレも亜衣も俄然やる気になってしまい、普段では考えられないハイスピードで攻略を進めたため、事情を知らないトムが終始戸惑ってしまっていたほどだ。
 そんな中でも『ケット・シーの爪跡』を発見し、隠し部屋を暴いたトムには敬意すら覚える。
 しかしそれ以外の時間は、まさに狂奔といった勢いのまま、ダンジョンを踏破していくオレ達の勢いは止まらない。
 道中のモンスターも、各階層のボスも、オレの【交渉】に応じず敵対的な反応を見せた守護者も、みんなアッサリと白い光に包まれていった。

 それは予定通りに訪れた次のダンジョンでも同じことだった。

 興奮冷めやらぬまま周囲のモンスター掃討を始めたオレ達は、噂のイレギュラーモンスターをも軽く一蹴。
 グリルスと言う名前らしい、トンビに様々な生き物の顔を配したような姿の飛べない魔鳥は、その指揮能力も魔法行使能力も満足に発揮出来ぬまま、銀光に覆われた亜衣の薙刀に両断されオレの魔法に焼かれて潰えた。
 あとのモンスターなど烏合の衆だ。
 戦闘と言うべき状況にすらならない。

 勢いそのまま、ダンジョン内に雪崩れ込んだオレ達は、またも疾風の様に駆け抜け燎原の火のようにモンスター達を狩り尽くしていく。
 この頃にはトムもすっかりオレ達のテンションに乗せられていて、縦横無尽に暴れ回っていた。
 そんな中でも『ケット・シー』の爪痕を発見……以下略。
 先ほどのダンジョンよりも小規模だったことも手伝い、制圧はあっという間に完了する。
 唯一の違いは守護者のエント。
 この温厚な樹精は何故か少し怯えた様子だったものの、オレの【交渉】に一も二も無くすぐさま応じ、オレ達の軍門に降った。
 実に賢明な判断だと思う。

 このエントは、エネアの本体が守護者を務めているド田舎ダンジョンで暮らすことになった。
 他の管理者の領域との最前線に位置するダンジョンであるため、万が一を考えての異動だ。
 この友好的な守護者を、むざむざと死なせてやるわけにはいかない。

 大百足との戦闘には思わぬ時間を取られたが、その後モチベーションを上げたオレ達の奮戦によって、無事に予定より早く攻略を担当したダンジョンを2つとも支配下に収めることが出来た。
 とは言え、ダンジョンを攻略して回っている理由の一つは、今回の戦利品として得た『スキル・アンプリファイアー』によって解決の目処が立った。
 これが思った通りのアイテムならば、いつでも亜衣の家族を迎えに行ける。
 ダンジョン攻略を続けることでオレの保有魔力を高め続けて、一気に東京まで転移することが出来るようになればそれに越したことは無かったが、このアイテムさえ有れば目的地(妻の実家)までの距離なら現状のままでも悠々と飛べることだろう。

 あとはとにかく強くなり続けることだ。
 今なら普通のドラゴンとも互角に戦えるような気もするが、守りたいものを守ろうと思ったら、何とか互角……では、とても覚束ない。

 しかし、ようやく懸念の一つが拭い去れたことで、今のオレの心はとても晴れやかだ。
 隣で笑う妻の顔からも、既にあの時に感じた微妙な陰が消えていた。
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