上 下
227 / 312
第4章

第225話

しおりを挟む
 思っていたよりトムが戦力になってくれそうなのは良かった。

 確かに直接的な戦闘力という意味では、他の面々には劣るかもしれないが、支援役ということなら活躍の機会は幾らでも有るだろう。
 中でも『ケット・シーの爪跡』と呼ばれているらしいダンジョン内の隠し部屋の目印を見付け出す特技によって、有用な物を次々に発見出来るというのは非常に大きい。
 さすがに、このダンジョンの隠し部屋は先ほどのもので最後だったらしいが、初めて行くダンジョンや、今までに攻略したダンジョンでも難易度の高かったダンジョンにトムを連れて行くことのメリットは計り知れないだろう。
 ……可愛いし。

 ◆

 ダンジョン外のモンスターの掃討も、順調に進んでいる。
 レッサードラゴンに関しては、ほぼオレとトリアの二人で倒しているような恰好では有るが、その他のモンスター退治ではカタリナはもちろん、トムも大いに活躍してくれていた。

 ダンジョンの設定を変更したことで、ダンジョン外のモンスターに新手は現れなくなっている。
 減らせば減らした分だけ、徐々にモンスターが少なくなっていくわけで、こうなると精神的にも体力的にも負担は目に見えて減っていく。

『主様……我輩、少しお腹が減っているのですニャ。干し肉のカケラとかでも良いので、何か貰えないですかニャ?』

「あれ? 魚じゃなくても良いのか?」

『魚は食べたことが無いですニャー。何しろ我輩、迷宮に呼び出される前は深い森の中に居ましたからニャ。魔素が並外れて濃いところで、獲物にも事欠かない素敵な住み処だったのですニャ。毛が濡れる危険を冒してまで川に居る魚を獲る必要性を感じなかったのですニャー』

 所変われば品変わる……じゃないが、アメリカの猫なんかは魚に見向きもしないとか聞いた気もするし、猫なら必ず魚好きっていうわけでも無いのかもな。

「そっか。干し肉は(マチルダに)貰ったヤツが大量にあるから、空間庫にも入れといた筈……っと、これで良いか?」

『ありがとうございますニャ! これなら食べながらでも戦えるのですニャ』

 どうやら本当に腹が減っていたらしい。
 無意識なのか、ウニャウニャ言いながら干し肉を噛んでいる。

「……ねぇ、あそこ。魔素の揺らぎがあった気がするわ。気を付けましょ。新手の魔物が現れない筈なら今のあれは不自然に過ぎるわ」

 トリアが緊張の弛緩しかけたオレ達に警鐘を鳴らす。

「トリア、どこ? 私には分からなかったわ」

「あそこの地面から生えた赤い箱の陰よ。奇襲を得意とする魔物かもしれない」

 どうやらトリアが言っているのは、遠目に見えている郵便ポストのことらしい。

「あぁ、あれ? たまに見掛けるけど不思議な箱よね。隠蔽系の魔法を使って隠れているのか、そういう特殊能力持ちか……どっちにしても厄介な相手でしょうね。先制で一斉に魔法を放ちましょうか?」

 確かに……何かが隠れているのが間違いないなら、むざむざ奇襲されに近付いてやる必要性は無い。
 カタリナの提案はもっともだ。
 お互いに目顔で合図し合って、タイミングをはかる。
 トムの表情は少し分かりにくいが、その目付きは先ほど食料の無心をしていた時よりも真剣なものに変わっているように見えた。

 トリアとカタリナは奇しくも同じく光の魔法。
 精霊魔法と属性魔法の違いこそ有るが、威力はさほど変わらないように見えた。
 オレは無属性の魔力波。
 トムは一拍遅らせてから、風の精霊魔法を放っている。
 オレ達の魔法は先を争う様に次々と着弾していき、その余波で郵便ポストは跡形も無くなってしまっていた。
 これで無事なようなら、かなりの強敵に違いない。

『主様、来ますニャ! 右!』

 トムの警告に一瞬遅れて【危機察知】が盛大に警報を鳴らし始める。
 すんでのところで屈み込んで躱したが、先ほどまでオレの首が有った位置を正確に薙いだのは剣の様に長く伸びた鋭い爪。
 体勢の崩れた敵の隙を突くようにトムが放ったチャクラムを、そちらを見もせずに真っ二つにしたのも同じ爪だった。
 カタリナが両手に持った拳銃タイプの無属性砲で狙うが、着弾よりも早くその場を飛びのいている。

 そしてそのまま天高く飛翔。

 たちまち空気に溶け込む様に姿を掻き消してしまったが、オレはその姿を確かに見た。
 黒豹のような頭部から生えた角は、まるでバッファローのもののように湾曲していて、その特徴的な頭部以外は人間とそう変わらない造形をしていたものの、背中には複数の翼が林立していて見た者には等しく禍々しい印象を与えることだろう。
 翼の色は頭部と同じく漆黒。
 見たことも聞いたことも無い姿だが、恐らくは高位の悪魔である可能性が高い。

「……あれは恐らくそれなりに高位の悪魔。単純な格で言えば先ほどの竜よりも間違い無く上位の存在よ。どうする? 一時撤退する?」

「隠蔽系の特技持ちだしね。トリアの言う通り、いったん撤退しても決して怯懦きょうだの謗りを受けるような相手では無いわよ?」

『アイツ、我輩を見て嗤ったのですニャ! 我輩、獲物として認識されていたのですニャー!』

 こうまで仲間達が撤退を勧めてくる相手には、久しく出くわしていなかった。
 先ほどもトムの警告が無ければ、回避が間に合って居なかった可能性も高い。
 考えている暇も、それほど長く与えてくれるとは思えない。
 すぐにでも決断する必要が有るだろう。

 そして…………
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

ダンジョン世界で俺は無双出来ない。いや、無双しない

鐘成
ファンタジー
世界中にランダムで出現するダンジョン 都心のど真ん中で発生したり空き家が変質してダンジョン化したりする。 今までにない鉱石や金属が存在していて、1番低いランクのダンジョンでさえ平均的なサラリーマンの給料以上 レベルを上げればより危険なダンジョンに挑める。 危険な高ランクダンジョンに挑めばそれ相応の見返りが約束されている。 そんな中両親がいない荒鐘真(あらかねしん)は自身初のレベルあげをする事を決意する。 妹の大学まで通えるお金、妹の夢の為に命懸けでダンジョンに挑むが……

処理中です...