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第4章

第182話

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 エネアを連れてオレが向かった先は、近くの温泉街のダンジョン。

 目当てのダンジョン自体の難易度は高くない。
 週末や仕事帰りにダンジョンを利用する人も多かったぐらいだし、オレも世の中がなる前から何度も来ていたぐらいだ。
 当時のオレはオークと戦うのがやっとだったのだし、そんなオレが小遣い稼ぎに訪れていたようなダンジョンの難易度が高い筈も無い。
 問題は観光客で賑わう温泉地だったこととダンジョンが出来てから急速な発展をしたこと、ダンジョン目当ての来訪者が急増したことにより、ダンジョン周辺の魔素量が潤沢で、その分かなり強いモンスターが跋扈していることだった。

 兄は【短転移】が有るので、相性の悪い敵からは逃走可能だし、世の中がこうなってからも実際このエリアの中に何度か出入りしている。
 大半のモンスターは【短転移】が有れば互角以上に戦えるという話だが、そんな兄が苦手にしているモンスターほど図体がデカくしぶとい傾向にある。
 湖畔ダンジョン周辺地域の生き残りを迎え入れるため、兄が妻と沙奈良ちゃんを連れてこのエリアの端っこでモンスターの間引きをしていた際も、基本的にはヒット&アウェイが主体だったらしい。
 安全地帯との境界線を上手く使って兄の【短転移】と、妻と沙奈良ちゃんの魔法で手強いモンスターを排除していったのだという。
 あの兄が、そこまで細心の注意を払う必要の有ったモンスター達……当然だが、弱い筈も無い。
 気を引き締めて掛かろう。

 あ、そう言えば……さっき【ロード】のスキルレベルが上がっていたのを忘れていた。
 せっかくだから温泉街のダンジョンのエリアに入る直前のこのタイミングで、エネアを強化しておきたいところなのだが、それには少しばかり問題がある。
 エネアがあくまでも、アルセイデスの分体であり本体では無いということだ。
 もちろんアルセイデスのところまで戻ることも可能だが、出来ることなら時間を節約したい。
 エネアを通してアルセイデス本体を『配下』設定させて貰えないものだろうか?
 エネアにスキルの説明をして、相談したところ……

「えーと……試しにやってみれば?」

 ……と、何ともお気楽な答えが返ってきた。

 実際『配下』設定を試してみたところ、すんなりアルセイデス自体をスキルの影響下に置くことが出来てしまう。
【ロード】のスキルレベルが2に上昇したことで新しく『配下』に出来るようになったのは14枠。
 アルセイデスに使った枠は1つだけだが、エネアの強化も無事に行われたようだった。
 案ずるより産むが易しとは、まさにこのことだろう。

 さぁ、改めて温泉街へと続く道を進もう。
 遠目だが既にモンスターが確認出来ている。
 真っ先に向かって来ているゾンビやスケルトンなどのアンデッドモンスターは……まぁ良い。
 光魔法さえ放てば、かなりの数をまとめて倒せる。
 ゲームの世界から抜け出て来たような格好のアンデッドもいれば、明らかに周辺住民や温泉旅館の従業員だっただろう亡骸もいるが、そこに特別な感慨は既に抱けなくなってしまった。
 問題は、数々の大型モンスターの方だ。
 中には見慣れたオーガやトロルの姿も有るが、厄介なことにゴーゴンという名の獣系モンスターでも上位の実力を誇る鋼鉄の雄牛が、早速こちらに向かって来ているのが見えた。

 ゴーゴンには、牛なのに鱗が在る。
 それも鋼鉄と同等の硬さを誇る板状のものだ。
 さらには石化ブレスと、超高温の蒸気のブレスを自在に使い分ける。
 その石化能力が、メデューサ、ステンノー、エウリュアレのゴルゴン三姉妹の名前の由来になったとも、その逆が真実だとも言われているが、ブレスであるからには鏡による反射という手段は使えない。
 石化ブレスも厄介だが、蒸気のブレスも厄介だ。
 どれだけモンスターの存在力を喰らって強くなったところで、オレの身体はあくまでも人間のものなのだし、まともに浴びればあっという間に死んでしまうだろう。
 しかし、防御力や特殊能力よりも問題なのは、ゴーゴンの誇る巨体そのものだ。
 あの大型トラック並みの巨体の突進を受ければ、とても無事ではいられまい。

 次々と襲い掛かって来る他のモンスターを倒しながら、このゴーゴン達の相手をするのは極めてキツい作業だったが、ここで非常に有り難かったのがエネアの魔法による援護だ。
 エネアの使いこなす魔法は、オレが覚えたどの魔法とも、その系統からして全く異なるものだった。
 いわゆる【精霊魔法】というヤツだ。
 精霊魔法は属性魔法とは色々と異なり、似たような効果の魔法でも、その発動原理が違う。
 地面から土で出来た手を出してゴーゴンを転倒させたり、道路脇の草がスルスルと伸びて来てトロルに巻き付いて拘束したり、オレの肉体そのものに働き掛けて限界以上のスピードを与えてくれたりと、いちいち気の効いた援護をしてくれている。
 無から有を作り出すのが属性魔法なら、そこにあるものに働きかけて、場合によっては属性魔法以上の効果を生み出すのが精霊魔法といったところだろう。
 オレも最初はゴーゴンのブレスを、ワールウインドで巻き起こした旋風で散らそうと試みたが、単純に力負けして上手くいかなかった。
 ところがエネアが風の精霊に働きかけて起こした突風は、ゴーゴンのブレスをも押し返すのだ。
 アルセイデスが自信を持って送り出した分体なだけのことはある。

 エネアの協力もあって、予想していたよりは短時間で最初のモンスターの大群を排除したオレ達だったが、またもこちらに迫って来るモンスター達を発見して、少しばかり呆れてしまう。
 今度はゴーゴンやトロルに加えて、ミノタウロスのような外見をしたワーブルや、ワーベアなどのライカンスロープ。
 さらにはそれらに先駆けて猛スピードで飛来するワイバーンの姿まで見える。

 これは目的のダンジョンに辿り着くだけでも大仕事かもしれない。
 エネアの方をちらりと見るが、この頼もしい助っ人も少しばかりうんざり顔をしている。
 まだ500メートルも進まないうちから、これだ。

 それでも、オレの中の得体の知れない渇きは未だ一向に癒える気配を見せない。
 それどころか、まだまだモンスターの存在力を喰らえることに喜んでいるようですらあった。

 ……良いだろう。
 好きなだけ喰わせてやる。
 喰わせてやるから、オレに力を寄越せ。
 妻を、息子を、家族を、親しい人達を護るための力をオレに寄越せ。
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