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第3章

第170話

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 先ほどまでとは段違いに膨れ上がったプレッシャーに見合う迫力で、猛然とオレに襲い掛かってくる先ほどまで腐れバンパイアだった

 いつの間にか右手に握られていたレイピアが、普通なら両手で持つのが適切そうに見える大剣へと変じている。
 剣の形状としてはバスタードソードかツーハンデッドソード……あるいはクレイモアあたりに近いが、刃がノコギリ状になっていて、ドス黒くなった刀身と相まって、見るからに禍々しい。
 先ほどまでは繊細なレイピアを扱うのに相応しい流麗な剣さばきを見せていたのだが、今の吸血鬼は巨大化した身体と剣に合わせたかのように力任せな剣さばきだ。
 そして……本来なら吸血鬼には、こちらの剣技の方が向いているのだろう。
 さっきまで優勢だったのが信じられないほど、一方的に攻めまくられている。

 まさに暴虐の化身……。

 代わりに魔法は一切こちらに放たなくなったのだが、そんなことは気休めにもならないほど、本性を現した化け物は厄介な相手だった。
 レイピアがクレイモアになっても、相変わらず透過する武器の特性は変わらないようで、思わず【パリィ】で受け流そうとして全く通じず、慌てて無様に転がってようやく回避することになってしまったほどだ。
 しかし、あるいは幸運かもしれない。
 今のバンパイアの膂力で振るわれる武器を受け流そうとすれば、受けた瞬間に切り札のミスリルの鎗が、瞬く間にへし折られてしまう可能性が高いだろうから……。

 狂化した吸血鬼が魔法を放たなくなったとはいえ、相変わらずオレの魔法も大して効いているようには見えない。
 それに、バンパイアの弱点たるミスリルの鎗で与えた傷と違って、魔法で与えた傷は相変わらず癒えるのが早く、決して決定打にはなりそうになかった。
 それでもオレは決して魔法攻撃をやめない。
 微々たる威力であるとは言え、オレの魔法が当たるたびに、吸血鬼の力は弱体化していき、それに反比例してオレの力は強化されていくからだ。
 狂ったようにしか見えない腐れバンパイアだが、それ(徐々に縮まる力量差)が分かっているかのように明確に短期決着を狙っている。
 反対にオレが狙うは長期戦。
 時間経過とともに一層苛烈さを増す吸血鬼の攻撃と、必死に避けまくる合間に鎗と魔法でジワジワ削るオレ……といった展開になっていく。

 もはやバンパイアに言葉は無い。
 いや、正確に言うならば言葉らしきものは先ほどから発している。
 もはやまともな言葉になっていない唸り声や、身の毛もよだつような恐ろしげな雄叫びばかりではあるが……。
 意識をしっかり保っていなければ、たちまち恐怖に駆られ背中を向けてしまいそうになる。
 先ほどまでは魅了の呪力を含んでいそうだった声は、吸血鬼の本性が現された今、むしろ恐慌を齎す呪力を内包する声へと変容しているのだろう。

 ◆

 長い時間、ギリギリのところで耐え忍ぶ展開が続いていく。
 ある意味ではオレの狙い通りの展開では有るのだが、徐々に立っているのさえ苦痛になってきた。

 理由は恐らく2つ。

 まずは相手の武器の変質。
 突き刺すための細剣から、斬り裂く(または圧し切る)ための大剣へと変化するとともに、武器を介してのエナジードレインと吸血の発動条件が変わってしまった。
 レイピアの時はオレの身体に突き刺す必要が有ったようだが、クレイモアになってからは剣先が僅かに当たった程度でも力と血液とを吸い取られてしまうのだ。
 そのため、かなりの長時間バンパイアと戦っているにも関わらず、未だに力関係が逆転していなかった。
 それでも、奪われた力はまた奪い返せば良いが、血液はそうもいかない。
 どうにか造血ポーションを飲みたいところだが、なかなかその隙を見出だせずにいた。

 もう1つの理由は精神的な疲弊。
 まともに食らえば即死確定の剣撃を避け続けなくてはいけないというプレッシャーは、想像以上にオレの精神をさいなんでいた。
 さらには呪力を含む声。
 本性を見せる前は魅了の呪力。
 今の姿になってからは恐慌の呪力。
 それに耐えながら戦闘に集中するのは、かなりの難事だった。
 朝から僅かな時間を除いて戦い詰めであることも大きい。
 常に精神力を最大限に発揮し続けることは出来ないが、状況的に心を落ち着かせられる時間があまり取れなかったため、既にかなり摩耗しているのが自分でもハッキリと分かるほどだ。

 そんなオレを嘲笑うかのように、ますます激しさを増す吸血鬼の攻撃。
 力の差は逆転とまではいかなくとも、だいぶ縮まっては来ているのに、明らかに追い込まれているのはオレの方だ。
 ……このままではやられるのは目に見えている。

 何か……何か使えるものは無いか?

 ニンニク。
 十字架。
 水。

 ダメだ、ダメだ!
 全く効果が無かったじゃないか。

 杭……は、効果は充分だったが、拾いに行くこと自体が至難の業だ。

 塩も大して効かなかったし……って、そうか!
 塩だ!
 塩を撒いた時だけは、傷口に入ったのか嫌そうにしていた。
 狙って塩を傷口に投げつけられるとも限らないが……これに気付けたのは大きい。

 何で吸血鬼が水を嫌うという伝承が残っているのか?
 そして塩……というか塩の様な粉末の用途を組み合わせれば……うん!

 これはもしかしたら、もしかするぞ。

 眉目秀麗な青年の姿だった時には思いもよらなかった手法だが、今の姿の腐れバンパイア相手なら充分に効果が狙えるだろう。

 オレの顔に浮かんだ久しぶりの笑み。

 心なしか笑うことで、ささくれだった心が僅かばかり癒えていくような気さえした。
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