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第3章

第147話

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 どうやらオレを獲物と認識したらしい大きな犬の群れ。
 さかんに唸り声を上げ、こちらを威嚇しているが、何故か襲い掛かって来ない。
 ボスの合図でも待っているのだろうか?

 コイツらがオレの予想している通りのモンスターならば、先ほどまで散々に相手をしてきたサーベルウルフとは違い、あまり物理攻撃には頼れない。
 そのため、鎗には黒犬の群れを目にすると同時にエンチャントウェポン(風)で、風属性を付与しておいた。
 無闇やたらに、こちらから攻め掛かるわけにもいかないが、乱戦になる前に数を減らせたなら、それに越したことはない。
 せっかくなので【風魔法】のレベルが上がったことで使えるようになった魔法を、コイツらに試してやろう。
 マイコニドやシャンブリングマウンドに試すには胞子をそこら中に飛散させそうで怖かったが、コイツらなら問題は無い筈だ。
 上空から地上に向けて嵐の様な暴風を叩きつけると同時に無数の風の刃で切り刻む魔法……エアレイドストーム。
 発動に30秒ほどの時間を要したが、ボスの遠吠えに合わせて黒犬の群れが行動するのとほぼ同時に、凄まじい刃の嵐が地上を駆けるモンスター達を吹き飛ばし、そして切り刻んでいく。
 風の刃の1つ1つはウインドライトエッジの方が大きいが、数と範囲は比較にすらならないほど、エアレイドストームが上回っていた。
 死の先触れとも、不吉そのものとも言われている妖犬の群れが、ただの一撃で半壊しているほどだ。
 四肢のいずれかを欠損したり、そこまでいかずとも行動不能に陥るほどの深傷ふかでを負って転がっているヤツらや、既に白い光に包まれて消え始めているモノまでいた。

 それでも半数ほどは無傷のまま、仲間の惨状にも怯むことなく猛烈な勢いで迫ってくる。
 走るスピードは今までに見たどのモンスターよりも速く、あっという間に至近距離まで駆け寄って来ていた。
 もはや発動までに時間を要するエアレイドストームは使えないし、使えたとしても黒犬と一緒に刃の暴風に襲われたら、オレの身の安全も非常に怪しい。
 やむなく魔法を宿した鎗を振るい立ち向かうが、なかなか致命打を与えられず、逆に全周を囲まれたオレの手傷が増えていく始末だった。
 今までも連携を取って襲って来るモンスターは多かったが、コイツらの連携は一味違うレベルだ。
 死をも厭わぬ盾役も、反撃を全く恐れない捨て身の攻撃役も、じっとこちらの隙を窺う遊撃役も、敢えて死にに来ているとしか思えない囮役も、全ての個体が全ての役割を十全にこなすうえ、目まぐるしく流動的にそれらの役割を入れ換えていく。
 先ほどまで盾役に徹していたヤツが次の瞬間、それまでの攻撃役を上回るほど苛烈な猛攻を加えて来たり、厭らしく動き回り遊撃役を完璧にこなしていた個体が急に、無謀としか思えない前進を見せ囮役に成り代わったり、捉えどころを常に上手く逸らされるような立ち回りを見せ続けているのだ。

 ボスは何をやっているのかというと、オレの足が止まる瞬間を狙って魔法で雷を落として来る。
 逆に言えば、それ以外の行動をしないことから、この黒犬の群れの不可解なまでの連携の巧みさは、ボスが司令塔役をしているものと睨んでいるのだが、ボスを魔法で狙おうとすると必ず、オレの包囲に参加していない個体の妨害を受けてしまう。
 常に身を挺してボスを庇うべく、魔法の射線上に入って来るヤツがいるのだ。
 図体がデカい分だけ狙いやすい筈なのだが、射出する魔法は全てが防がれてしまうし、そちらに意識を向けた途端、オレを囲んでいる連中の全てが攻撃役に化けて一斉に攻撃してくる始末で、先ほどからオレが負傷する原因の最たるものがこれだった。

 ◆

 エンチャントウェポン(風)を掛け直すのも、これで2回目。
 ようやく周囲の黒犬の数が、数えて分かる程度にまで減じてきたが、そこまでにオレがダメージを受けた回数はかなりのものだった。
 戦いに身を置くと精神高揚で傷の痛みを感じにくくなってしまうのが難点だが、それも意識して一定時間ごとに【水魔法】で回復するようにはしている。
 妖犬達の包囲攻撃は常に苛烈で、ポーションを飲む隙すら全く与えて貰えていないので、もし来る順番が湿原よりこちらが先だったら、非常に危なかったことだろう。
【水魔法】を奪わせてくれたリザードマン達には感謝したいところだ。
 問題は傷より何より、体力の消耗。
 試したことは無いが、今のオレならフルマラソンの距離を走ったところで恐らくケロっとしているぐらいには、持久力も上がっている筈なのだが、絶え間ない全力での戦闘をもうかれこれ2時間は続けている計算だ。
 しかも傷は魔法で癒えても、失った血液までは戻って来ない。
 リスクは承知のうえで戦いながらスタミナポーションを飲むことも考えたが、ちょっとでも手を止めると喉笛すら噛み千切られかねないし、そこまでいかなくとも四肢のどれかを失う覚悟ぐらいは必要になりそうだ。

 そして……不可解なことにコイツらを幾ら殺しても、全くと言って良いほど力を奪えていない。
 まるで初めから存在すらしていなかったかのように……。

 モーザ・ドゥーという名のこのモンスターは、犬の姿はしているが、その実……あくまでも精霊や妖精などの仲間で、そもそも実体が無いとさえ言われている。
 ヨーロッパの小国のあるダンジョンの深層で見つかった例が有るだけだが、その国の軍隊所属のパーティが幾ら銃弾を浴びせても、歩兵用対戦車砲で攻撃しても倒せず、逆に壊滅の憂き目を見る破目になったという話から、そのような噂が立った。
 結局、そのダンジョンは立ち入りが禁止されたダンジョンということで、一時期ある程度は有名になったものだが、そうしたモンスター相手でも魔法さえあれば何とかなるだろうと、少し甘く見ていたのかもしれない。

 恐らくは……コイツらの本体はただ1頭。
 開戦からこっち、まだ1歩も動いていないボス犬だ。
 だとすればオレは、ヤツの分身体とも言うべき配下の犬達だけで、これほどの消耗戦を強いられてしまったということになる。

 本体の強さはコイツらの比では無いだろう。
 圧倒的に不利な戦いになる。
 それでもオレは戦うだろう。
 こうも虚仮にされて引き下がれるほど、まだオレは人間が出来てはいないのだ。
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