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第3章

第145話

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 ド田舎ダンジョン周辺地域へのマイコニドの流入量は、オレが思っていた以上のものだった。
 田畑や路上はもちろん民家内にも押し入り、我が物顔で占拠している。

 ◆

 もともとここら一帯を陥落させたゾンビやスケルトンの群れや、イビルウルフ、イビルバットなどの獣系モンスターも相当な数が見つかった。
 しかし、これでも昨日も周囲の掃討に参加した右京君に言わせれば、かなり数が減っているのだという。
 昨日は兄が手当たり次第に斬りまくっていたらしいから、事実それはそうなのだろう。
 それでも家屋内やサーキット跡ダンジョン方面以外の方向に散らばっていたモンスターはそれなりに残っていたわけで、マイコニドが多数派になっている今の状況はやはり異常ではある。

 そして……マイコニドの胞子の厄介な点は、動物だけではなく生命体全てに、その影響を与えるということだろう。
 樹木に寄生したマイコニドは動かない。
 動かないが……代わりに胞子以外の攻撃手段を備えるように変態する。
 どのように生態を変えるのかというと、接近した獲物に向かって超音波を放って脳細胞を破壊してしまうようになるのだ。
 こうなったマイコニドのことを、特に『シュリーカー(金切り声を上げる者)』と呼ぶ。
 接近し過ぎなければどうということは無いのだが、見た目には普通の樹木と何ら変わりない点が厄介だ。
 自然森林型階層を持つダンジョンに多く出現するモンスターだが、あちこちのダンジョンで数多くの犠牲者を出したことで、初見殺しとして大いに悪名を馳せたモンスターである。
 弱点は火なのだが、怪しい樹木を全て燃やしていては些細なミスで火災を発生させないとも限らない。
 面倒でも投石や弓矢で遠くから樹木に攻撃し、シュリーカーやド田舎ダンジョン産まれのレッサートレントが混ざっていないか確認しながら、その他のモンスターの掃討作業をしなければならなかった。

 シュリーカーを警戒せざるを得ないことで、遅々として進まない掃討戦。
 さらに拍車を掛けたのが、もう一種のマイコニドの亜種の存在だった。
 樹木に寄生し動かないのがシュリーカーなら、草花に寄生したマイコニドが寄り集まって発生するモンスターがシャンブリングマウンドだ。
 表面は草花や、その葉や蔦で構成されているため、集合せずに擬態を続けられた場合シュリーカーと同様に見分けがつきにくい。
 獲物を見つけると一気に集合し、ヨロヨロと歩いて襲い掛かって来るのだが、特筆すべきはその巨体だ。
 まるで小山のような植物の集合体が迫ってくる様子は圧巻の一言に尽きる。
 足は遅いし魔法以外の攻撃でも容易く切り裂けるのだが、驚異的なまでの回復力を持っていて腕を斬り落とそうが、頭を突こうが簡単に再生してしまう。
 倒すには身体の中心部に位置する核を壊さないといけないのだが、それがまた一苦労だ。
 鎗で突こうものなら核に到達する前に絡み付かれて得物ごと呑み込まれかねないし、矢では体表を保護するヌルヌルの粘液に阻まれて、まともに刺さらずに弾かれるのがオチで埒が明かない。
 刀や剣で切り裂いても、なかなか再生力を上回れずに空回りしやすい。
 結果的に武器で倒すのは諦めて、魔法に頼るしかないのだが、魔法への抵抗力をも持ち合わせているらしい保護粘液が邪魔をして、なかなか効率が上がらない。
 今は妻と兄が各班を代表して魔法の発動体の杖を持っているが、他のモンスターならともかくシャンブリングマウンドだけは、兄や妻の使う魔法では殺し切るに至らず結局オレの魔法が必要になる。
 コイツが現れるたび兄の班からも妻の班からも呼び出されてしまい、せっかく手分けしている甲斐がほとんど無くなってしまった。

 そういった妨害を振り切って、ようやく立ち入った屋内では、老若男女の関わり無くマイコニドやゾンビと化した地域住民達が待っている。

 ……正直、これがかなりキツい。

 グロテスクな見た目もそうだが、家屋内にはマイコニドやゾンビのになった人々の、在りし日の写真が飾られていたりするのだ。
 例え知り合いで無くても、そういうものを見てしまうと駄目だった。
 中には屋内のモンスターを残らず倒した後に、そこが同級生や先輩、後輩などの知り合いの実家だったことに、後から気付くパターンも有ったぐらいだ。
 時間が来たから食べた……というだけのお握りは、どんな味がしたか覚えていない。
 それすら幾度も戻しそうになりながらようやく平らげたほどだ。


 そして……最大の激戦地になったのが、地域の中心地の小高い丘の上にある神社の周辺だった。
 丘を覆う木や竹に寄生したシュリーカーやトレントが多数いたかと思えば、下生えの草花が続々とシャンブリングマウンドに化けて転がり落ちてくる。
 ゾンビやスケルトン……イビルウルフやイビルボアも多く潜み、次々に襲い掛かって来た。
 もちろんマイコニドや、その上位個体も続々と現れる。

 ……ちょっとした攻城戦の有り様だった。

 ここはさすがに班別では無く全員で攻め掛かる。
 オレ達は螺旋を描くように丹念にモンスターを排除しながら、丘を登っていく必要が有った。
 あくまでモンスター達の掃討が目的なのだから、討ち漏らしは出したくない。
 石段が積まれていて多少なりとも歩きやすい表参道や、車の上がれるように舗装された裏参道だけを歩ければ楽だったことだろう。
 しかし、それでは駄目なのだ。

 ようやく激戦を勝ち抜き、境内に辿り着いたオレ達を待っていたのは、ゾンビと化した神社の宮司さんやその家族と、恐らくは上位の原種だろうマイコニドが1体。
 それから既に見飽きた感も有るシャンブリングマウンドやゾンビの群れだった。
 キノコだらけになった巨大なイノシシなども居る。
 こちらを発見するや否や襲い掛かって来たモンスターの群れ。
 ここまでの戦いで少なからず疲労しているオレ達にとっては、少々うんざりしてしまうほどの数だ。

 それでも戦闘自体は大した苦労は無かった。
 兄達がゾンビやシャンブリングマウンドと戦ったり、樹木に弓矢を放ってシュリーカーやレッサートレントを判別している間に、さっさと厄介な上位マイコニドを燃やし尽くし、シャンブリングマウンド、イノシシマイコニドを魔法で排除していく。
 シュリーカーであることが判明した樹木は、妻に代わって火魔法の発動体の杖を持っている右京君が丹念に焼いていった。
 ここまで特に大きな怪我や、胞子による状態異常に陥った人は居ない。

 最後に残ったのは、ゾンビと化した宮司さんだった。
 兄より一回りほど歳上で、兄が東京から帰郷した際には目を掛けてくれた人だったらしく、何かにつけて親切に世話をしてくれていたと聞いている。
 兄に任せるのは酷だろうと前に出ようとしたオレを制し、無言のまま兄が進み出ていく。
 白濁した虚ろな眼で兄を見……口の端から涎を垂らす姿は、とても見るに堪えない。
 そんな宮司さんに対し兄は深々と一礼し、得物の御神刀を構えた。

 ……ただの一閃。
 袈裟斬りに振り下ろされた御神刀。

 ……白い光に包まれて消えていくゾンビ。
 宮司さんの身体を死後も冒涜していた魔素は雲散霧消した。

 感慨に浸る暇すら無く飛来したイビルバットを兄が斬り捨て、そのまま歩いていく。
 まだ神社の拝殿や社務所、宮司さん一家が住んでいた自宅を調べる必要が有った。

 その後も、ダンジョン周辺の掃討戦は続き、かなりの数のマイコニドやシュリーカー、シャンブリングマウンドを排除した。
 元から居たのであろうモンスター達も同様だ。
 少なくとも、家屋や1軒きりのコンビニなど、屋内に潜んでいたモンスターは全て倒せたことだろう。
 あとはいたずらに、サーキット跡ダンジョン側のモンスターを刺激して誘引しなければ、再度のマイコニドの流入は起こらない筈だ
 これでようやく、ド田舎ダンジョン内部の調査に移れる。

 折しも空は茜色に染まって来ていた。

 見渡す限りモンスターや、それ以外の動くモノの姿は無くなっている。
 長かった今日の掃討戦は、ようやく終わりを告げたのだった。
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