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第3章

第139話

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 禿頭単眼とくとうたんがんの長い髭を蓄えた巨人で、野太い腕が1本だけ胸から生えている。
 足も同じく1本……身に纏っているのは獣の毛皮で出来ているように見える貫頭衣。
 この特異な身体的特徴に合わせて作られているようだが、これだけの巨体を覆うだけの毛皮を持った生き物がいるようにも思えない。
 まぁそれはどうでも良いのだが、このモンスターはファハンと言うヤツで間違いないだろう。
 ファハンの武器は宙空から自在に取り出せるという巨大な鉄球と、巨体に相応しい長大な金砕棒。
 ヤツの目に見られながら攻撃を喰らうと、呪いを受けることも有るというから厄介だ。
 国内トップクラスの探索者が攻略を進めていた水道橋ダンジョンで、いわゆる最前線組が幾つか敗退したことも有ると言うぐらいだから、相当に厄介な相手では有るだろう。

 極めて凶暴な性格だと聞くが、まだいくらか距離があるのと、現状で握っているのが金砕棒であることから、あちらも様子見といったところだろうか。
 フィジカルエンチャントを火・水・風・闇と全属性分しっかり掛けてから挑むことにした。
 火と水が打ち消し合う恐れもあったが、どうやら考えすぎというやつだったらしい。
 フィジカルエンチャント(水)のメイン効果は何だろう?
 イメージからすれば生命力か精神力に影響がありそうだが……少なくとも今のところ実感は無い。
 まぁ戦っているうちに明らかになるだろう。

 ファハンを攻略した例は自衛隊所属の探索者などが銃器に頼って倒したたものがほとんどで、詳細な情報には欠ける。
 民間人の探索者でさえ大人数で連合……いわゆるレイドというものを組み、民間人に所持が認められていたレベルの銃器やボウガンなどで遠距離から削りながら戦ったというが、それでも何度も犠牲者を出して撤退し、戦訓を積み重ねたうえで作戦を組み直してようやく撃破……という話だった。
 ファハンを単独で撃破となれば、つまり国内トップクラスの仲間入りどころか、彼らより明確に勝ることになるほどの偉業と言えるだろう。

 兄なら初手で【短転移】で単眼を潰してから戦うのだろうが……あ!
 …………今のオレなら、疑似的にそれが可能じゃないか。

 なかなか近付いて来ないオレを見て、怖じ気づいたと勘違いでもしたのか、ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべている。
 時おり金砕棒を振り回しては、意外なほどに甲高い声で雄叫びを上げ、こちらを威嚇してくるが……逆に言えばそれだけだ。
 強者ゆえの油断というヤツだろうか。
 内心を気取られないように、少しずつ後ずさりしながら【転移魔法】の準備に入る。
 念には念を入れて、怯えたような表情も作っているが、どこまで通用するかは正直なところ分からない。
 オレが数歩、後ろに下がったのを見て更に気をよくしたのか、金砕棒の動きが曲芸じみてきた。
 雄叫びも1オクターブほど高い声になっている。
 いや、これ……何なら歌ってるんじゃないか?

 兄の【単転移】なら既に届かない距離だが……オレの【転移魔法】なら余裕だ。
 そして、異常に長く感じた1分ほどがついに過ぎ去り、【転移魔法】が発動する。
 目の前に急に現れたオレに反応して金砕棒を振り上げたのはさすがだが、転移してすぐ全力で【投擲】したオレの鎗が、眼球に深々と突き刺さるのは防げなかった。
 金砕棒の打撃も近過ぎて威力が乗らない。
 振り上げられた金砕棒を足場に、さらに高く跳躍したオレは自由落下が始まるのを待って、ピカピカ光るファハンの頭部や、鎗に阻害されて未だに露出している眼球、さらにはヤツの攻撃の要になる筈の手首を目掛けて、鉄球をどんどんと【投擲】していった。
 有効打は多数。
 しかし、致命的な傷を負わせるにはファハンが巨大過ぎて決定打に欠けた。

 そして……いきなり眼球が失われたファハンだったが、突然の痛みに上げ続けた甲高い咆哮が止むと、途端に猛然と突進してきた。
 視覚が完全に失われた筈なのだが、鷲鼻に空いた1つしかない鼻穴をしきりに動かし、オレに向けて正確な打撃を繰り返して来る。
 嗅覚か……!
 足も1本しかないというのに、軽快に細かいステップを踏んで、オレを正確に追走し、視力の不自由さを感じさせない。
 ファハンの禿頭には無数のコブが出来ているし、手首も黄色く痣が浮かび始めている。
 ファハンが動くたびに内容物を撒き散らす眼球は確実に機能していないだろう。
 ……にも関わらず、全く闘志を失っていないファハンの攻撃は苛烈そのもので、鉄球の投擲や予備の槍では埒が明かない。
 だからといってファハンの眼窩に突き立ったままの鎗を取りに行くのは、さすがに無理がある。
 首筋を狙ったウインドライトエッジも、勘がよほどに鋭いのか、それともこれは両方ある耳の聴力が優れているのか、直前で金砕棒に阻まれてしまう。
 ウインドライトエッジの直撃でも傷ひとつ入ったように見えない金砕棒の材質は気になるが、今はそれどころでは無かった。
 鉄球は投擲するばかりが使い途では無いとばかりに、オレの頭よりも一回り以上は大きい鉄球が、先ほどからオレの行く手に雨霰あめあられと降ってくるのだ。
 しかも、それを時おり金砕棒で叩いて打ってくる始末。

 自由に鉄球を出せる能力……電信柱と比較してもなお太く長い金砕棒を自在に振るう膂力、技量……無尽蔵にも思える体力、生命力……何より眼球とともに視力まで失っても、行動に迷いすら見せない嗅覚、聴覚、胆力。

 奇襲の成功により、楽勝に終わるかと思ってしまったのは迂闊だったとしか良いようが無い。
 オレの背中を、久しぶりの冷たい汗が伝い落ちていく。
 ファハンは紛れも無い強敵。
 なのに……だ。
 オレは、自分の口の端が次第に上がっていくのを自覚していた。
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