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第3章
第124話
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ダンジョンの出入り口が閉ざされたことで、とにもかくにもダンジョン外へのモンスターの侵攻は止まったようだ。
防衛戦に参加した人々が疲れを癒しているダン協内に、妻と2人で連れだって入っていく。
警官隊も地元の人々もそれぞれ犠牲者を出し、沈痛な空気の漂う中、警官隊のリーダーと地元有志の人々の纏め役を務める上田さんとにダンジョンが閉鎖された旨を伝える。
警察官の1人が様子を見に行かされた。
命令を受ける直前まで、亡くなった警官の遺体に覆い被さるようにして泣いていたことから、故人と関係が深かったことが察せられる。
わざわざ彼女を選んだのは、気を紛らわせるための気遣いなのだろうか?
すぐに戻って来た婦警は、ダンジョンが閉まっていること、周囲に敵影が無いことを端的に報告したが、再び死者の側で泣き崩れることは無かった。
上田さんは鈴木さんの死に責任を感じているようだ。
普段から柔和な顔をしていて、にこやかな人なのだが、今は憔悴しきった顔をしていて見る影もない。
「秀敏君……ご遺体、どうしたら良いだろうね? 鈴木さんはゾンビにやられたわけじゃないから、すぐにゾンビになるわけじゃないんだろうけど……」
精神的なダメージの大きい上田さんに代わって、オレにそう尋ねて来たのは上田さん、亡くなった鈴木さんと共にダンジョン通いをしていた佐藤さんだ。
日本でトップクラスに多い名字だが、ご近所では唯一の佐藤さん……ガテン系のチョイ悪オヤジといった風貌で、性格が穏やかなのに初対面ではまず怖がられてしまうという。
今日は朝からずっと防衛戦に参加してくれていた。
「……そうですね。ゴースト化を避けるためにしっかり供養して、火葬もして差し上げなきゃいけませんよね。ご家族やお寺に連絡は?」
「あ、そっか。そうだよね……うん、それは僕がしときます。ありがとう。悪かったね。疲れてるだろうに……」
「いえ……」
鈴木さん、亡くなった小田さんというらしい警察官に、妻と2人、静かに手を合わせる。
父は……居た。
柏木兄妹も一緒だ。
腕を吊った状態の森脇さんを手伝って、パイプ椅子やら長机やら、ダン協から貸し出してくれていた備品を、元に戻しているところらしかった。
「……お、良いところに来たな。あと少し、手伝ってくれ」
殺人の真似事をしてきたオレを気づかってか、ことさら普段通りの表情、声。
その思いやりが今は嬉しかった。
森脇さんの指示に従い、単純作業を続けること暫し……椅子も机もカラーコーンも元の位置に収まる。
「カズにも連絡したけどな……あっちも化け物どもがパッタリ来なくなってるみたいだ。とりあえず落ち着いたらしいな」
聞こうと思っていたことを先に言われる。
相変わらずの勘の鋭さだ。
「そっか……良かった」
「あぁ……良かったさ」
それきり暫しお互いに黙る。
「ヒデちゃん、お義父さん、いったん帰る?」
「そうだな、帰ろうか」
「ああ、さすがにそろそろ孫の顔が見たい」
「私達も、ご一緒させて頂きます」
「ご一緒させて頂きます」
ずっと黙って見守ってくれていた柏木兄妹も声を上げる。
そういや柏木さん達も家に居たんだった。
さすがに自分でも疲れているのが分かる。
この手の疲れは、スタミナポーションでは癒えきらないものだ。
……帰って休もう。
オレも無性に息子の顔が見たくなってきた。
◆
帰り道でも、帰ってからも、その日は今までに無いぐらい平穏無事に過ぎていった。
あれ以来、自重していたビールを飲んだりもした。
ささやかながら祝勝会……ということで、兄や妻はもちろん、二階堂さんや柏木さんとも酒を酌み交わしたのだ。
柏木兄妹は未成年なのでジュースで乾杯。
今後はそういった物も貴重品になるだろう。
息子と風呂に入り、着替えを手伝い、髪を乾かしてやり、歯を磨き、寝かし付けてやる。
まだ言葉になりきらない声、輝かしい笑顔、思い通りにならなかった時のグズりっぷりすら微笑ましく愛おしい。
束の間の平和なのだろう。
……ついにどのチャンネルも映らなくなったテレビが、それを雄弁に物語っていた。
◆ ◆
翌朝、習慣とは恐ろしいもので、結局いつも通りに起き出してしまう。
回復力も桁違いに高まっているのだろうか。
少しばかり心配していた二日酔いもなく、スッキリとした目覚めだった。
相も変わらず、テレビはどこも映らないようだ。
ダンジョン発生以来、技術力の発展は目覚ましく、今から約2年ほど前には、例え地上が更地になっても電波が届かなくなることは無くなったらしい。
そうした報道を目にしたことが有る。
ならば問題はやはり人的被害と物的被害なのだろう。
そうした報道に携わる人々がことごとく亡くなったとまでは考えにくいので、いつかは放送再開の日も来るのだろうが……。
同じ仙台市内など、ごく近隣の情報さえ今は得られる手段が無い。
さて……どうしようか?
今日の行動指針さえ、細かく決めていない状況だ。
手早く朝食を済ませたオレは、手持ちぶさたを解消するために、鎗を持って外に出る。
兄や父はまだ起きて来ない。
久しぶりに痛飲していた日本酒が効いているのだろうか?
昨夜は息子が寝た後、二階堂さんや柏木さん達をオレが送って帰ってきても、まだ2人で飲んでいた。
いつもは止める側の母や義姉も、黙って世話を焼いていたぐらいだから、恐らく羽目を外し過ぎたのだろう。
鎗を振るって汗と共に昨日の鬱屈した感情を体外へ吐き出す。
至らない点は山ほど有っただろうが、あれ以上を求められてもオレには出来なかった。
そう自分自身を納得させるための作業でもある。
しばらくそうして鍛練に没頭していたオレだが、向こうから歩いてくる人の顔を見て思わず手を止めてしまった。
佐藤さんだ。
何やら思案げに沈んだ顔をしている。
……何が有ったのだろう?
あちらもオレに気付いたようで、見るからに足を早めた。
何やら厄介ごとの匂いがする。
防衛戦に参加した人々が疲れを癒しているダン協内に、妻と2人で連れだって入っていく。
警官隊も地元の人々もそれぞれ犠牲者を出し、沈痛な空気の漂う中、警官隊のリーダーと地元有志の人々の纏め役を務める上田さんとにダンジョンが閉鎖された旨を伝える。
警察官の1人が様子を見に行かされた。
命令を受ける直前まで、亡くなった警官の遺体に覆い被さるようにして泣いていたことから、故人と関係が深かったことが察せられる。
わざわざ彼女を選んだのは、気を紛らわせるための気遣いなのだろうか?
すぐに戻って来た婦警は、ダンジョンが閉まっていること、周囲に敵影が無いことを端的に報告したが、再び死者の側で泣き崩れることは無かった。
上田さんは鈴木さんの死に責任を感じているようだ。
普段から柔和な顔をしていて、にこやかな人なのだが、今は憔悴しきった顔をしていて見る影もない。
「秀敏君……ご遺体、どうしたら良いだろうね? 鈴木さんはゾンビにやられたわけじゃないから、すぐにゾンビになるわけじゃないんだろうけど……」
精神的なダメージの大きい上田さんに代わって、オレにそう尋ねて来たのは上田さん、亡くなった鈴木さんと共にダンジョン通いをしていた佐藤さんだ。
日本でトップクラスに多い名字だが、ご近所では唯一の佐藤さん……ガテン系のチョイ悪オヤジといった風貌で、性格が穏やかなのに初対面ではまず怖がられてしまうという。
今日は朝からずっと防衛戦に参加してくれていた。
「……そうですね。ゴースト化を避けるためにしっかり供養して、火葬もして差し上げなきゃいけませんよね。ご家族やお寺に連絡は?」
「あ、そっか。そうだよね……うん、それは僕がしときます。ありがとう。悪かったね。疲れてるだろうに……」
「いえ……」
鈴木さん、亡くなった小田さんというらしい警察官に、妻と2人、静かに手を合わせる。
父は……居た。
柏木兄妹も一緒だ。
腕を吊った状態の森脇さんを手伝って、パイプ椅子やら長机やら、ダン協から貸し出してくれていた備品を、元に戻しているところらしかった。
「……お、良いところに来たな。あと少し、手伝ってくれ」
殺人の真似事をしてきたオレを気づかってか、ことさら普段通りの表情、声。
その思いやりが今は嬉しかった。
森脇さんの指示に従い、単純作業を続けること暫し……椅子も机もカラーコーンも元の位置に収まる。
「カズにも連絡したけどな……あっちも化け物どもがパッタリ来なくなってるみたいだ。とりあえず落ち着いたらしいな」
聞こうと思っていたことを先に言われる。
相変わらずの勘の鋭さだ。
「そっか……良かった」
「あぁ……良かったさ」
それきり暫しお互いに黙る。
「ヒデちゃん、お義父さん、いったん帰る?」
「そうだな、帰ろうか」
「ああ、さすがにそろそろ孫の顔が見たい」
「私達も、ご一緒させて頂きます」
「ご一緒させて頂きます」
ずっと黙って見守ってくれていた柏木兄妹も声を上げる。
そういや柏木さん達も家に居たんだった。
さすがに自分でも疲れているのが分かる。
この手の疲れは、スタミナポーションでは癒えきらないものだ。
……帰って休もう。
オレも無性に息子の顔が見たくなってきた。
◆
帰り道でも、帰ってからも、その日は今までに無いぐらい平穏無事に過ぎていった。
あれ以来、自重していたビールを飲んだりもした。
ささやかながら祝勝会……ということで、兄や妻はもちろん、二階堂さんや柏木さんとも酒を酌み交わしたのだ。
柏木兄妹は未成年なのでジュースで乾杯。
今後はそういった物も貴重品になるだろう。
息子と風呂に入り、着替えを手伝い、髪を乾かしてやり、歯を磨き、寝かし付けてやる。
まだ言葉になりきらない声、輝かしい笑顔、思い通りにならなかった時のグズりっぷりすら微笑ましく愛おしい。
束の間の平和なのだろう。
……ついにどのチャンネルも映らなくなったテレビが、それを雄弁に物語っていた。
◆ ◆
翌朝、習慣とは恐ろしいもので、結局いつも通りに起き出してしまう。
回復力も桁違いに高まっているのだろうか。
少しばかり心配していた二日酔いもなく、スッキリとした目覚めだった。
相も変わらず、テレビはどこも映らないようだ。
ダンジョン発生以来、技術力の発展は目覚ましく、今から約2年ほど前には、例え地上が更地になっても電波が届かなくなることは無くなったらしい。
そうした報道を目にしたことが有る。
ならば問題はやはり人的被害と物的被害なのだろう。
そうした報道に携わる人々がことごとく亡くなったとまでは考えにくいので、いつかは放送再開の日も来るのだろうが……。
同じ仙台市内など、ごく近隣の情報さえ今は得られる手段が無い。
さて……どうしようか?
今日の行動指針さえ、細かく決めていない状況だ。
手早く朝食を済ませたオレは、手持ちぶさたを解消するために、鎗を持って外に出る。
兄や父はまだ起きて来ない。
久しぶりに痛飲していた日本酒が効いているのだろうか?
昨夜は息子が寝た後、二階堂さんや柏木さん達をオレが送って帰ってきても、まだ2人で飲んでいた。
いつもは止める側の母や義姉も、黙って世話を焼いていたぐらいだから、恐らく羽目を外し過ぎたのだろう。
鎗を振るって汗と共に昨日の鬱屈した感情を体外へ吐き出す。
至らない点は山ほど有っただろうが、あれ以上を求められてもオレには出来なかった。
そう自分自身を納得させるための作業でもある。
しばらくそうして鍛練に没頭していたオレだが、向こうから歩いてくる人の顔を見て思わず手を止めてしまった。
佐藤さんだ。
何やら思案げに沈んだ顔をしている。
……何が有ったのだろう?
あちらもオレに気付いたようで、見るからに足を早めた。
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