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第3章

第117話

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「上田さん、皆さんを連れてウチまで走って下さい! 後のことは兄を通じて連絡します!」

 とりあえずの第一手はコレだ。
 オレが守れないなら、守れる人に託せば良い。
 悪魔の向こう……バリケード前に合流しようとするから無理が有るのだ。
 後方ならば、オレが盾になれる。

「分かった! 宗像君も気を付けて……」

 レッサーデーモンがオレ達の会話に反応して、ピクリと動くが行かせはしない。
 鎗を大袈裟に振り回して牽制する。
 さすがに目の前にいる敵を放置して、獲物を狩りに行くほど馬鹿ではないようだ。
 無事に遠ざかる足音……。
 悪魔は牙を剥いて『ゲッゲッゲ』と気味の悪い声を上げるに留まる。

 ……嘲笑う、か。

 余裕だな。
 それはそうか……ヤツからすれば人間など矮小な存在にしか見えないだろう。
 星野さん一家を無惨に虐殺したのは恐らくコイツだ。
 ゴブリンどもは手下に過ぎまい。
 根拠らしい根拠には乏しいが嗤う顔を見た瞬間、なぜだか確信に近い感覚でそう思えてしまった。

 オレはとっくに効果時間の切れていたフィジカルエンチャント(風)を掛け直し、再び身体能力を底上げする。
 魔杖を用いての魔法は諦めよう。
 近接戦闘能力も悪魔ならば高い筈だ。
 杖を持ったままの接近戦などは、命取りになりかねない。
 代わりに……鎗をおもむろに突き出しながら、意識は魔法の発動に向ける。
 レッサーデーモンは、上半身の動きだけで軽く鎗を避けながら、自らの得物を繰り出して来た。
 しかし……だ。
 オレが回避するまでも無く、悪魔の突き出そうとしていたフォークが、オレの身体を捉えることは無かった。
 ノールックで、尚且つ鎗をも繰り出しながら放った渾身の奇襲がレッサーデーモンを完全に捉えたからだ。
 首筋に当たった風の光輪は直前で気付いた悪魔によって浅傷あさでに終わるが、もう1発の光輪は悪魔の左翼を根元から切断することに成功していた。
 レッサーデーモンの魔法抵抗力の高さゆえか、だいぶ威力が減衰していたように見えたが、それでも至近距離からウィンドライトエッジを喰らえば、いくらなんでも無傷とまではいかないようだ。

 行動しながらの魔法行使……そして視線を向けることなく狙いを外さない的中率……さらには連続での魔法の発動。

 数日前にはとても実行出来なかったこれらの技術は、目の前の難敵にも通用した。
 もちろん、もう一度やれと言われても出来るは出来るが、肝心な奇襲自体は成功しないだろう。
 凶悪そうな猿顔に一段と険が増したように見える。
 先ほどまでの余裕や、侮ったような雰囲気も既に感じられない。
 近接戦闘の間合いから跳び退いた悪魔は、ゴツいフォークを油断無く構え直し、何やらモゴモゴと呟いている。

 ……させるかよ。

 鉄球をノーモーションで続けざまに投擲してやると、慌てたような表情を見せたレッサーデーモンはフォークで防いだり、屈んで避けたりと忙しく動いた。
 その隙に駆け寄り鎗を突き出す。
 これはギリギリのところで防がれてしまったものの、魔法の妨害自体は成功したようだ。
 古き良きプロレスでも有るまいし、敵の強みなど引き出してやる必要は無い。

 膂力はどうやら敵が勝り、得物の長さ、重さも負けている。
 魔法への抵抗力は比べるまでも無くオレが劣り、魔力自体やレパートリーでも勝てないのだろう。
 強さはヤツが上……しかし、戦い自体は決して上手くないようだ。
 今まで恐らく一方的に勝ってきたのだろう。
 だからこそ、オレの付け入る隙がある。
 オレは敢えてギリギリで戦ってきた。
 世界がこうなってからずっと……。
 退くことを視野に入れながらも、結局は退かず本来なら格上の相手と戦ってきたのは、こういう相手に勝つためだ。

 強者ゆえの弱さを教えてやる。

 弱者ゆえの強さを見せてやる。

 鍔迫り合いじみた力比べでは、敢えて脱力し相手のバランスを崩す。
 避けられないタイミングの蹴りは敢えて受けて距離を取り、魔法や鉄球を放つための間合いに変える。
 ギリギリで受け流しては突き、無様に転がって避けては斬り、回避できないブレスの只中を身を焼かれながら突っ切っては叩く。
 泥臭く、みっともなく、傷だらけ火傷だらけになりながら、しかし気持ちで常に勝る戦い。

 あぁ認めよう、お前が強者だ。
 弱者はオレだろう。
 お前の技すら見て学ぶ。

 あぁ認めよう、お前は上位者だ。
 いくら斬っても刺しても殴っても倒れない。
 オレは既にボロボロで、お前は不自然なほど綺麗なままだ。

 だが負けてやらない。
 オレが唯一認めてやらないのは、幼子すら嗤って殺すだろう……お前の勝利だけだ。

 腰のポーションストッカーに予備のポーションは既に無い。
 背中に背負ったライトインベントリーから、ポーションを取り出す隙などは見せてくれないだろう。
 肩で息をするほど呼吸は荒く、先ほど飲んだ最後のポーションで癒しきれなかった傷がズキズキと痛む。
 対してレッサーデーモンは綺麗なままだ。
 いや……醜悪は醜悪なのだが、全く傷が無い。
 最初に斬り飛ばした翼すら元に戻っている。
 有効打はこちらが上回っている筈なのだが、ヤツの見た目は最初と何ら変わりが無い。
 魔法はことごとく妨害してやっているから、回復魔法では無い筈だ。

 異常な治癒力……?
 ……いや、分かったぞ。
 いつの間にかヤツから感じられるプレッシャーが酷く弱々しいものに変わっている。
 せいぜいがオークより少し上のレベル。
 オレが散々に断たっていたのはヤツの肉体では無い……レッサーデーモンを現実世界に留めている『存在力』とでも言うべきナニかだ。

 オレが一歩前に出ると、猿面の悪魔が二歩、三歩と後ろに下がる。
 ……怯えているかのように。
 ボロボロなのはオレの方だが、いつの間にか力関係は逆転していた。
 悲鳴を上げる身体に鞭打ち全速力で駆け出し、慌てふためく低位の悪魔の首を一気に跳ねる。

 その瞬間、オレの身体が震えた。
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