上 下
105 / 312
第2章

第105話

しおりを挟む
 勢いに任せてボス部屋内に突入して来たオレだったが、当然待ち構えている筈の階層ボスの姿が未だに見えない。

 その代わりと言っては何だが目の前の床には、パッと見では全く意味の分からない複雑怪奇な紋様が描かれている。

『…………まさかここまで到達する人間が居るとはな』

 突如としてオレの脳内に響いた重低音は、明らかに意味の分からない言語で語られているにも関わらず、話された内容が分かってしまう。
 ……とても不思議な現象なのだが、それ以上に気味の悪さが勝った。

「……何者だ?」

 自分で思っていたよりも低い、とても不機嫌そうな声が口から出ていて、オレを僅かに驚かせる。

「お前は何者だ!?」

 再び姿の見えない相手に問いかけるが、なかなか返事が帰ってこない。

『……そんなに大きな声を出さなくても聞こえている』

 迷惑そうな……それでいてどこか嬉しそうにも聞こえる声。
 ……コイツがダンジョンを造ったのだろうか?

『ただな、自分が何者か……この身とて、それが良くは解らないのだ。それが解ればこんな苦労はしておらなんだがな……』

 どういうことだ?
 ちょっと何を言っているのか、よく分からないな。

「姿を現せよ」

 静かに呼び掛ける。

『あぁ、そのつもりだ……だが後悔などはしてくれるなよ?』

 ──カッ!!!!!────

 途端、強烈な光が決して狭くはない階層ボスの部屋中に満ちる。
 そして数瞬の後、目の前に描かれた魔法陣へと収束していき次第に人の姿を象っていく。

 光が完全に収まると……そこには気持ち悪いほど整った顔立ちの少年が立っていた。
 肌の色は酷く青白く、いっそ病的とさえ言えるほど。
 それでいて強烈な存在感をもって……ただ、そこに在った。

『お前の望みの通りにしたのだが……どうした? 何故、後退りをしている?』

 完全に無意識だった。
 気圧されて後退など、そんなことが現実に有り得たのか。
 どうでも良い思考が浮かぶ。

『なぜ黙っている? この身に聞きたいことが有るのでは無いのか?』

 ……そうだ。
 オレには聞きたいことが有る。
 山ほどな。
 こんな時にビビっている場合か!
 何のために無理やりここまで来たと思っているんだ!?

 なけなしの勇気を振り絞って前に……ただ前に足を踏み出す。 

『スキル【勇敢なる心ブレイブハート】のレベルが上がりました』

 そんな時【解析者】がいつもの硬質かつ機械的な声をオレの脳内に響かせてくれた。

 すると……それまで目前の存在に気圧されていた精神が嘘のように落ち着く。
 まだキツいが逃げたくなるほどではなくなったのが、自分でもハッキリと解る。

「お前はどういう存在だ?」

 先ほどと同じようでいて、僅かに違うニュアンスを含む質問を投げ掛けてみた。
 オレの推測が正しければコイツは…………

『どんな存在か……か。うむ、どういう存在なのだろうな? この身が神とまではいかぬのも事実』

 ふむ……などと、くぐもった声で独り考え込んでいるようだが、それをただ待っているのもアホらしい。

「お前が世界中にダンジョンをバラ撒いた存在か? そしてモンスターどもの産みの親か?」

 オレの問い掛けに目前の少年は酷く驚いた様な顔を見せる。
 ……その反応、どっちだ?

『何でもかんでも、この身が独りで出来るワケは有るまいよ。我が主とて其れは同じ。全知全能の存在などは決して有り得ぬものと知れ』

 コイツは使い走りか……。
 こんな強烈なプレッシャーを放っておいて、走狗に過ぎないだと……?

 ……魔神と悪魔?
 いや、神と天使の様な関係性だろうか?

『……だがまぁ、今の返答がお前の質問の答えになっていないのは、この身とて理解している。まぁ、そうさな……亜神とでも言うべきか。この身の権能とは、幾つかの選別の迷宮の管理と新造に限られている。あぁ、判定者は確かに迷宮が産み落とすように設定もしているか。迷宮外に生まれし判定者を呼び寄せることにしたのまでは我では無いのだがな』

 選別の迷宮?
 判定者?

「それぞれダンジョンとモンスターのことなのだろうが……何の選別で何の判定だっていうんだ?」

『この身にそれを明かす権限は与えられていないのだ。残念だがな。まぁ……まずは明日を生き抜くことだ。そしてその後もな……それがいずれ答えとなろう。お前は見所が有るようだ。そして既に……見込まれているようだぞ?』

「見込まれている? 誰にだ?」

『む、解らぬのか……? まぁ、それならそれでも良い。叶うなら後日、またここに来ると良い。もてなしの準備が出来ていないところに足を運んで貰った礼に、この身が丹精を籠めて残りを仕上げておいてやろう。重ねて言う。……まずは明日を生き抜け。我が座所として誂えたこの迷宮を踏破した礼に教えてやっているのだ。我は座所を変えるが……お前とはまた会ってしまうような気がするな。この身にも不思議でならぬが何故か……そう思う』

「明日? 明日、何が有る?」

『……来るのだ。判定の波が渡る。まだ小波に過ぎぬがな。そしてこれ以上は言えぬな』

 もどかしい……何となく解るような気もするが、肝心なところを伏せられている。

「踏破と言ったな? ここより先は無いのか? この規模のダンジョンだと大抵は第8層から第10層ぐらいまでは有ると聞くが……」

『造ったは良いが拍子抜けするほど来る者が居なかったでな……近くの迷宮を深くしておくのを優先しておっただけのことよ。今、お前が現れたのとて想定外も良いところだ。安心しろ。この選別の迷宮での試練はこれで終わりにしておく。これより先、あとは好きに鍛練の場として使え。そのように造り直しておく』

 試練の終わり……そうか、オレはダンジョンを踏破したことになるのか。

 第7層以降は鍛練の場……とんでもない強敵が現れそうだが、機会が有れば挑みたいものだ。

 もちろん必要かどうかは別として……だが。
 何だか毒気を抜かれてしまった。
 今のところコイツと戦わなくて良さそうなのには正直なところ安堵の気持ちが勝る。
 オレはおろか、世界中のどんな探索者や軍隊が束になって掛かったところで、コイツに勝てる道筋すら見えそうに無い。

『お前が来るのが明日以降ならば、この身に似せた人狼でも置いておこうかと思ったのだがな……何故、無理やりにここに至った? 今までのお前ならば一度、引き返していた筈だ』

 ワーウルフかぁ……いや、今なら何とか戦いにはなりそうだけど、第6層の階層ボスでワーウルフって無理ゲー過ぎないか?
 まぁ、それはともかく……だ。
 何でここに来たか。
 何でだろうな?
 強いて言うならば……怒り?
 いや…………

「勘だ。ただの勘」

『か、勘か。つくづく面白い男よ……ワハハハハハ!』

 笑われた。
 色白イケメンに盛大に笑われた。
 ……なんか無性に腹が立つ。
 絶対に敵わないから、何も出来ないけどさ。

『……笑ってしまって済まぬな。この身がここに在ることを許された時間も最早あまり無い。このうえは去るしかないが……名残惜しいものだな。明日より選別は加速する。努々ゆめゆめそれを忘れるな。生き抜けよ? では……な』

 ……自称亜神の少年は、最後にそう言い残し唐突に掻き消えてしまう。

 先ほどまで少年が立っていた場所の地面に描かれた魔法陣らしき紋様も、同じく何の前触れもなく消え失せた。

 その代わりと言ってはなんだが、小振りな宝箱がポツンと置かれている。

 これがいわゆるクリアボーナス……っていうヤツだろうか?
 何やらすぐに手に取ることも出来ずに、オレはそれを眺めていた。

 ……明日、いったい何が始まるというのか?

 そう言えば明日はオレが玄関先でゴブリンに遭遇してから10日目。
 つまり世の中が変わり出してから10日目。
 ダンジョンが世界中に発生してからは……明日でちょうど20年目だ。
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

47歳のおじさんが異世界に召喚されたら不動明王に化身して感謝力で無双しまくっちゃう件!

のんたろう
ファンタジー
異世界マーラに召喚された凝流(しこる)は、 ハサンと名を変えて異世界で 聖騎士として生きることを決める。 ここでの世界では 感謝の力が有効と知る。 魔王スマターを倒せ! 不動明王へと化身せよ! 聖騎士ハサン伝説の伝承! 略称は「しなおじ」! 年内書籍化予定!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

南洋王国冒険綺譚・ジャスミンの島の物語

猫村まぬる
ファンタジー
海外出張からの帰りに事故に遭い、気づいた時にはどことも知れない南の島で幽閉されていた南洋海(ミナミ ヒロミ)は、年上の少年たち相手にも決してひるまない、誇り高き少女剣士と出会う。現代文明の及ばないこの島は、いったい何なのか。たった一人の肉親である妹・茉莉のいる日本へ帰るため、道筋の見えない冒険の旅が始まる。 (全32章です)

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...