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第2章

第98話

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 考えが纏まらないまま鍛錬したり、近くに出現したモンスターを退治したり、まだ【鑑定】しきれていないアイテムを夜の探索に影響が出ない範囲内で鑑定したり、おチビ達それぞれと遊んであげたりしているうち、いつの間にか辺りが薄暗くなっていた。

 考え事が堂々巡りしている時というのは、こうした意識しないまま時間が過ぎ去ってしまうことが良くある。
 ……かと言って、その間の行動に不具合は生じていないらしいから、慣れとは恐ろしいものだと思う。

 オレが鍛錬を終えて、流した汗をタオルで拭いていた時のことだった。
 見慣れない可愛らしいデザインの軽自動車が、お向かいの空き家の前に止まったのは……。
 降りてきたのは、柏木兄妹……右京くんと沙奈良ちゃんだ。
 こちらに気付いたようで、ペコリと頭を下げてくる。
 会釈を返すが、こちらに来るでもなく空き家の前で何かしているなぁ……と思ったら、そのまま入って行ってしまった。
 あ……そうか。
 お向かいの空き家、無事に借りられたんだなぁ。
 そんなことを考えながら、ぼんやりしていると、今度は上田さんの車が戻ってきた。
 上田さん達は、朝から夕方まで例のド田舎ダンジョンに潜り、真っ暗にならないうちには各家に帰れるようにしているという。
 さすがにインベントリーまでは無いらしいので、車の上にスキーの様に武器を括くくり着けている。
 ……そういえば沙奈良ちゃんの武器もロングスピアだったハズだが、見る限りそのような処置は車にされていない。
 インベントリー持ってるのか。
 柏木さんが過保護とまでは言わないけど、さすがダン協お抱え鍛冶師だ。
 きっちりお膳立てしてあげたらしい。

 顔や手を洗いサッパリしてから居間に戻って来ると、半ば予想はしていたことだが柏木兄妹が引っ越しの挨拶をしに訪れて来た。

「やぁ、無事に借りられたようで何より」

 家の中に招き入れて声を掛けると……

「宗像さん、お骨折り頂きありがとうございました」
「ありがとうございました」

 2人に深々と頭を下げられてしまう。
 この兄妹は本当に何と言うか……丁寧な子達だ。

「ダンジョン探索は、どんな感じ?」

「不人気、不人気って聞いてましたが、そんなことは有りませんね。世の中がこうなってからなのかもしれませんけど……」

 沙奈良ちゃんが代表して答えて、右京くんは追従するか、黙って頷いている。
 何となく、この兄妹の役割分担みたいなものが垣間見える気がした。
 思慮深い妹と、素直な兄……何だか微笑ましい。

 そうこうしているうちに、兄達も帰宅してきた。

 ド田舎ダンジョンについて5人で盛り上がる中、オレは蚊帳の外に置かれていたようなものだった。
 しかし特に疎外感を感じなかったのは、妻と沙奈良ちゃんが巧みにオレにも話を振ってくる気遣いを見せてくれたのと、ちょくちょく右京くんの天然ボケが炸裂していたからだろう。
 右京くんは勉強は出来るらしいが、どこか抜けているところが有って、それが彼の整った容姿とのギャップを生み、何とも憎めないキャラを形成していた。
 反対に沙奈良ちゃんは才女そのもの。
 受け答えに隙は無く、礼儀正しく、人柄も良い。
 容姿も兄に似て非常に整っているのだが、そこそこ身長にも恵まれた兄とは違い、背が低いことにコンプレックスが有るらしいのがまた可愛らしくて、客観的に言うと非常にモテそうな女の子だ。

 最後に改めて丁寧に礼を述べて、2人は帰って行った。

 夕食後……先ほどの談笑時も聞いていた内容に加えて、更に詳しくド田舎ダンジョンについての情報を聞く。

 元々が広さに恵まれたダンジョンだが、閑古鳥が鳴く最寄りのダンジョンとは違い、低層は非常に賑わっていたらしい。
 臨時のパーティメンバー募集なんかも、それは盛んに行われていたという。
 広いハズのダンジョンが、にわかに人数を増やした探索する人で窮屈に感じたほどだと言うのだから、かなりの人気のようだ。
 上田さん達とはまた別のグループがこの近所からも多く出掛けていたらしく、しょっちゅう知り合いに会ってしまったぐらいだと言う。
 柏木兄妹とはたまたま会わなかったようだが、それはタイミングの問題だけだろう。
 やはり危ないモンスターや、見た目の気持ち悪いモンスターや、人型のモンスターが出てこないというのは、チャレンジの敷居を下げるようだ。


 ダンジョン探索による自衛力強化というのは、冷静に考えれば誰しも思い至るもので、この近所で言えば最寄りのダンジョンは、いわゆる無理ゲーダンジョンだし、温泉地のダンジョンは道中や周辺の危険度が無視出来ないレベルらしいしで、消去法でド田舎ダンジョンが人気を博すことになったのだろうことは、想像に難くない。
 交通の便が悪いとか、周辺に食事の出来る場所や買い物の出来る場所が全く無いというハンデが有って、モンスター災害発生前には利用者が皆無に近かったというが、今はそれらのことは、何らハンデにならないだろう。

 兄達は低層に留まってモンスター狩りに精を出す人々を横目に見ながら、どんどんと奥に進んでいき、ようやくそうした人影が無くなった第5層から探索を本格化させたという。
 第5層に人が居なかった理由はハッキリしていた。
 兄達が第5層に到達してすぐに、ゾンビやスケルトンの群れが襲い掛かって来たというから、恐らくはそれが原因だろう。
 軽い気持ちで相手に出来るほど、アンデッドモンスターというモノは容易い相手では無いのだ。
 まず見た目に、生理的な嫌悪感を覚える。
 人によっては本物のゾンビを見たら嘔吐してしまってもおかしくない。
 腐乱死体の匂いまで嗅いだなら尚更だろう。
 そういう意味ではスケルトンはまだマシだろうが、戦闘能力に関してはゾンビよりもずっと強いのがスケルトンで、素人に毛がはえたレベルの探索者には荷が重いし、もし数的不利が有ったら、まず生きて帰れない。
 それなりの経験が有ってそこに到達したことは有っても、常に第5層以降を活動の中心にしたいという人はまず居ないだろう。

 兄達でさえ最初の波が途切れるまでは3人掛かりで戦っていたというのだから、よほどの数が居たのだろうし、その後の探索もモンスターの数が多くて大変だったらしい。
 そう言えば、オレや兄がモンスターの間引きをしていないダンジョンに父や妻が入ったのは、これが初めてだったのではないだろうか?

 それでもその後は手付かずの状態が長かったダンジョンに苦戦しながらも、第8層のボス部屋までは探索してきたというのだから、さすがだと思う。

 戦利品だが、やはり装備品関係に抜群の性能を有する物はなかった。
 難易度が近隣最高レベルで、アクセサリー系や防具類が異常に出やすい最寄りのダンジョンと比べてはいけないのは分かっているのだが、どうしても残念な気持ちにさせられる。
 ポーション類やドーピング剤も質、量ともにイマイチ。
 武器防具の素材になりそうなものも、温泉地ダンジョンとは比べるべくもない。
 しかし、帰宅した兄達が普段よりむしろ明るかった理由は、別のところにあった。

 米、麦、大豆などの穀類や、タマネギ、ニンジン、カボチャなどの野菜、そしてキノコ類などの食料系アイテムを大量に持ち帰って来たのだった。
 これらはダンジョン内で採集や採取が可能だったり、宝箱の中に山盛りに入っていたり、モンスターがドロップアイテムとして落としていったりした物だという。
 今までにもこうしたダンジョン産の野菜などを食べたという人は多く、味や品質は農家の方々が丹精こめたものと遜色が無いのだという話だから、今後は貴重な食料庫ということになる。
 中には松茸やトリュフのように、以前から高級食材として扱われていた物も有れば、もやしやキャベツのように以前は安く買えたが、いざ無くなると悲しい物まで様々。

 腹が減っては戦が出来ぬ……これは真理である。
 強化も大事だが、食べる物にも事欠くようでは生きていけない。
 今後は、ちょくちょくド田舎ダンジョンに行くことになりそうだ。

 ……もちろん、我ながら現金なものだという自覚はある。
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