上 下
78 / 312
第2章

第78話

しおりを挟む
 まぁ休憩と言っても、一呼吸おく程度のことでしかない。
 持久力がついてきたこともあり、低位のスタミナポーションを1本飲み干してしまえば、体力的な回復は全て終わってしまうぐらいの消耗に留まっている。

 先ほど感じた疲労は恐らく、むしろ精神的なものの方が大きかったのだろう。
 新緑の靴は、精神疲労耐性を付与されたマジックアイテムではあるが、それとて万能というわけではないようだ。

 ただ……今まで、あまり疑問に思わなかったのだが、オレの【風魔法】は考えてみれば回避されたことがない。
 これは新緑の靴の投射武器に関する命中補正が、魔法の命中率にも反映されているように思える。
 機会があれば、是非これは検証してみるべきだろう。
 帰路にでも試せば良いだろうと思われるかもしれないが、靴下だけでダンジョンを歩くのは、ちょっと御免こうむる。
 次の探索時に、以前履いていたブーツを持ってきて試そうと思う。
 ……いや、今後は念のため予備として、持ち歩くべきか。
 ついライトインベントリーを使用していた時の習慣で、武器以外の予備を持たないまま探索に来ていたが、今後は改めるべきだろう。
 せっかく柏木さんからミドルインベントリーを譲って貰ったのだし。

 さて……体力はもちろん気力も充分に回復したところで、ついにボス戦だ。

 重厚な階層ボスの部屋の扉を開け、中に足を踏み入れる。
 第5層の階層ボスは、フォートレスロブスター。
 要塞の名を冠する巨大なエビだ。
 特徴は凶悪な攻撃力を誇るハサミと、堅牢な甲殻……そしてパッと見では数え切れないほどに、全身に貼り付いたバレットバーナクル(弾丸フジツボ)の群れ。
 もちろん、このバレットバーナクルも取り巻きモンスターという扱いなのだろうが、レクレスシュリンプ(無謀エビ)や、フライングジェリーフィッシュ(飛行クラゲ)も、当然のように従えている。

 これが今から14年前に、当時の日本トップクラス探索者のパーティーの1人を一時引退(後に高位ポーションを服用して復帰)にまで追い込んだ、強大なボスモンスターだ。

 近距離なら鋭利なハサミ……遠距離ではバレットバーナクルを射出してくる。
 いずれの攻撃力も相当なものだが、最も脅威となるのはやはりその堅固な甲殻だろう。
 何しろ、あのバレットバーナクルを射出した後も、その甲殻に大した傷が付かないのだというから驚きだ。
 つまり、味方殺しの常習犯であるバレットバーナクルのカタパルト役を、完璧に務め上げてみせるモンスターということになるが、それ以上に厄介なのは、その硬さに他ならない。
 しかも全弾射出後もピンピンしていたらしいから、甲殻の中の身も相当な弾性を持っているだろうことは、想像に難くないだろう。
 少なくとも打撃にかなり強いのは間違いない。
 恐らく斬撃も有効性に欠けるだろう。
 エビやカニなどの甲殻類のフォルムは、伊達に曲線を描いているわけでは無い。

 刺突武器が硬い甲殻を持つ敵と戦う際に有効だということはこれまでの経験上も確かなのだ
が、それとてフォートレスロブスターの巨大すぎるほど巨大な身体に、どれだけ穴を穿てば倒せるのかは不明瞭だ。
 ……相手は大型バス並みのサイズを誇る要塞エビなのだから、ちょっとやそっとで倒しきれるものではないとは思う。
 今のオレの力がどこまで通用するのか……今回の挑戦は、まさに試金石となるだろう。

 まずは予想戦闘領域全体に、長すぎるほど長い麻痺の触手を垂らしている、恐ろしく邪魔なフライングジェリーフィッシュ2匹を排除したいところだ。
 あまりフォートレスロブスターに近付くとレクレスシュリンプが跳んで来るだろうし、ここは取り敢えず遠距離から【風魔法】で撃墜することを選択する。
 首尾良くフライングジェリーフィッシュを倒すことに成功したオレだったが、遠距離からでも正確に飛来してきたバレットバーナクルには、大いに肝を冷やすことになってしまった。
 距離を詰めないことが必ずしも安全策にはならないというのが、この短時間の攻防だけで嫌でも分かってしまう。

 そして、回避に成功したとしても……銃弾とは違い、あくまで独立したモンスターであるバレットバーナクルは、また態勢を整えさえすれば背後や側面からも、独りでに跳んで来るのだ。
 最悪なのは移動砲台たるフォートレスロブスターが居る方向に跳んでいき、また砲弾として復帰する可能性すらあるということに他ならない。

 オレは今さっき避けた2匹のバレットバーナクルを素早く追いかけていき、態勢を整えれられる前に鎗の側面に付けられた鎚頭を用いて、完全に息の音を止めた。
 すると、また新手のバレットバーナクルが跳んで来て……という、イタチごっこのような展開が、しばらく続いた。

 しかし、これも実は事前に考えていた通りの流れだ。
 接近戦では、せっかくバレットバーナクルを回避したところで、トドメを刺しきれない個体が必ず出てくる。
 それに彼我の距離が近ければ近いほど、射出されたバレットバーナクルを避けるのが難しくなるだろう。
 さらには待ち構えているレクレスシュリンプも厄介だし、フォートレスロブスターのハサミも襲い掛かって来ることは、火を見るより明らかだ。
 こちらも決定打に欠ける間合いだが、あちらもジリ貧の展開に持ち込める。

 そして、必死に回避と追走、バレットバーナクル撃破の繰り返しをしていた甲斐がようやく表出した。
 フォートレスロブスターがバレットバーナクルの射出を止め、完全に待ちの姿勢に入ったのだ。
 開戦時からフォートレスロブスターの背後の潮溜まりに控えて、全く動く気配の無かったレクレスシュリンプを攻撃の主体とする、いわば迎撃態勢に移行したと思われる。
 取り敢えずフォートレスロブスター前面と側面のバレットバーナクルは残らず撃ち尽くしたようだから、オレがヤツらの背後に回るか、わざわざ相手が背中を向けてくるかしない限り、フォートレスロブスターにも打つ手が無くなったとも言えた。

 さぁ、ここからは博打だ。
 もし全く通用しないなら、いったん退却することすら、全て織り込み済み。

 まずは……潮溜まりに居て動かない、一番手前のレクレスシュリンプに向けて【風魔法】を放つ。
 水中に居る相手を【風魔法】で攻撃した際に威力がどこまで減衰するのかは、ボス部屋に来る前に一応の実験を済ませてある。
 その時の相手も、同じレクレスシュリンプだった。
 結果は見事に撃破成功。
 実験時とさほど変わらぬ水深に居る、しかも同じ種類のモンスターだ。
 この結果はある意味、当たり前のもの。
 そして……やはりモンスターの魔法に対する抵抗力は、物理的な防御力とは完全に別の法則が働いているようだ。
 鎗で突いた時にはあんなに硬かったレクレスシュリンプの甲殻を、翠緑の光輪はお構い無しに切り裂いている。

 さて……確認は終わった。

【風魔法】がフォートレスロブスターにどこまで有効かはギャンブルという他無いが、同系統下位のモンスターであるレクレスシュリンプをああも簡単に屠ることが出来たのだから、それなりの期待はして良いだろう。

 にわかに待ちの姿勢をやめて水面から飛び出して来たレクレスシュリンプをろくに相手もせずにアッサリと躱して、フォートレスロブスターとの距離を保つ。
 デンと構えていたハズのフォートレスロブスターが、文字通り泡を食って前進してくる。

 オレは、その様子を見ながら、どうやら賭けには勝ったらしいことに、内心で歓喜の雄叫びを上げていた。

 あとは油断せず殺しきるのみだ。
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

ダンジョン世界で俺は無双出来ない。いや、無双しない

鐘成
ファンタジー
世界中にランダムで出現するダンジョン 都心のど真ん中で発生したり空き家が変質してダンジョン化したりする。 今までにない鉱石や金属が存在していて、1番低いランクのダンジョンでさえ平均的なサラリーマンの給料以上 レベルを上げればより危険なダンジョンに挑める。 危険な高ランクダンジョンに挑めばそれ相応の見返りが約束されている。 そんな中両親がいない荒鐘真(あらかねしん)は自身初のレベルあげをする事を決意する。 妹の大学まで通えるお金、妹の夢の為に命懸けでダンジョンに挑むが……

絶対零度女学園

ミカ塚原
ファンタジー
 私立ガドリエル女学園で起こった、謎の女生徒凍結事件。原因不明の事件を発端として、学園を絶対零度の闇が覆い尽くす。時間さえも凍結したかのような極寒の世界を、正体不明の魔がうごめき始めた。ただ一人闇に立ち向かうのは、病に冒され夢を挫かれた少女。この世に火を投じるため、百合香は剣を取って巨大な氷の城に乗り込む。 ◆先に投稿した「メイズラントヤード魔法捜査課」という作品とは異なる方向性の、現代が舞台のローファンタジーです。キービジュアルは作者本人によるものです。小説を書き始めたのは今年(2022年)が初めてなので、稚拙な文章は暖かい目で読んでくださると幸いです。

処理中です...