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第2章

第59話

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「ではまた明日」

 そう言い残して、柏木兄妹の父……
 柏木 徹雄てつお氏はオレ達に背を向けた。

 彼は仙台市はおろか日本でも指折りの鍛冶の腕を持つ、その筋では有名な人だったのだ。
 かといって、別に古くから伝わる技を持った刀鍛冶というわけではない。
 いわゆる【鍛冶】スキル持ちの、元探索者ということになる。
 今は、ダンジョン探索者協同組合(ダン協)に所属する人物だ。
【鍛冶】スキル持ちはかなり貴重なうえ、スキルを得たとしても、それを使いこなすのが非常に難しいのだという。
 詳細は秘中の秘であるらしく、さすがに教えて貰えそうになかったが、実際問題として柏木氏を含めても日本国内で専業の鍛冶師としてダン協に抱えられている人の数自体が、両手の指の数に届かないというのだから、相当に難易度が高いスキル仕様なのかもしれない。

 ダンジョン外でのモンスターによる異変の起き始めた当日は青葉城址のダンジョンに隣接するダン協仙台本部に居たのだが、お台場に現れたドラゴンがダンジョンに入っていったという情報を運良くかなり早い段階で入手し、脇目も振らず車に乗って帰宅。
 今にしてみれば、それだってかなり危うい行動に思えるが、幸い道中でモンスターに遭遇することもなく無事に自宅へ帰り着いたそうだから、いわゆる結果オーライというやつだろう。
 その後、貴重な人材を危険に晒さないためなのか、自宅での待機命令を受けた後は今日に至るまで実際に、自宅に籠るような生活をしていたのだという。

 今回、自身の妻だけでなく、息子と娘をも救ってくれた恩人……つまりオレに、今後の装備品の調整や作成に関しての全面的な協力を約束するとともに、最寄りのダン協支部への移籍を正式に決定した旨を伝えに、わざわざ自ら足を運んでくれたのだ。
 そればかりか、大変に貴重な収納のマジックアイテムであるミドルインベントリー(25メートルプール1つ分の収納力があるアイテム)をも、謝礼としてたずさえてやって来ていた。

 情けは人の為ならず……とは、よく言ったものだ。
 まさに、巡り巡って己のため……というべき状況になってしまった。

 明日から出勤するということなので、早速だが明日の朝にでも、柏木さんの所にお邪魔することになったのだ。
 鎗も今はまだ良いが、折を見てもう少しウェイトを増やしても良いだろうし、目には見えない内部の劣化なども有るかもしれない。
 この際、思い切って新しい得物の製作依頼をしてしまうのもアリだろう。
 オーダーメイドの武器なんて、プロの探索者でも持っていない人の方が多いぐらいだが、これからのオレには必要になる可能性もある。
 思いがけないところで、良い縁が結べたものだ。

 ◆

 ……さて、昨夜の兄の探索で得られたマジックアイテムはかなりの数を鑑定し終わってはいるが、未鑑定のアイテムの中にも幾つか見るからに凄そうなのが残っている。

 本当なら今日の探索に間に合うように朝イチで鑑定を済ませてしまいたかったのだが、アンデッド発生のドサクサと柏木氏の来訪とで、兄達が探索に出掛けてからの作業になってしまった。
 マジックポイント(MP)とでも呼ぶべきものの正体がハッキリしないので、どれだけ回復しているのかも当然ながら不明瞭ではあるのだが、どのみち鑑定自体はやらないわけにもいかない。
 もし簡易鑑定機をダン協から買い取れるなら、そのあたりの負担も楽になるのだが……難しいだろうなぁ。
 ダメ元もダメ元だが、そのうち柏木氏を通してダン協に打診してみるか。

 内心でいくらぼやいても鑑定が終わるわけでもないが、きちんと作業はしながらなので許して貰いたいところだ。

 まず昨夜、兄が最後に到達した第12層へと続く扉を守っていた階層ボスの宝箱から得た千社札状のマジックアイテムが……残忍熊の護符だ。
 これはクルーエルベアーという名のクマ型のモンスターで、同じ階層から出現する通常種はイビルベアというヒグマに酷似したモンスター……というか単に魔物になったヒグマ。
 違いは知能とサイズ、また体格が大きくなった分だけパワーや生命力が高いということぐらい。
 オレだとまだ勝てるかどうか微妙な相手だが、兄なら確かに完封可能だろう。
 アイテムの効果としては、防具に貼り付けることでクルーエルベアの毛皮と同等の防御力を得るというもの。
 ……どうせなら残忍熊の腕力が手に入るアイテムが欲しかったが、それは望み過ぎというものなんだろうな。

 他に第8階層のボス、ジュエルイミテーターからアンバーカメオという、耐呪効果のあるアクセサリーを。
 第5階層のボス、ヘレシーウルフからはウルブスファングという名の、武器攻撃力にプラス効果のある牙状のペンダントトップがあしらわれたペンダントをそれぞれ取得していた。
 他のボス宝箱はドーピング材やステータス向上のアクセサリー、あとは素材だったりでこれらは既に紹介済みだ。

 ウルブスファングと残忍熊の護符は特に有用だし、アンバーカメオもアンデッド発生に伴い必要性が上がったアイテムだと思う。
 ただダンジョン難易度の問題か、破格の性能とまではいかないのも確かだ。
 結果的には結界柵が最も価値の高いアイテムということになりそうだな。
 しかし地味に嬉しいのは、石化治療ポーションなど、毒以外の状態異常の治療ポーションが豊富に有ったことだった。
 これらの鑑定に、だいぶMP(仮称マジックポイント)が食われたのも事実なのだが……。

 鑑定の終わった後は、結界柵でカバーしきれていないところ(各部屋の窓など……)に、ゴーストよけの盛り塩をしに行ったり、見回り中に遭遇したコボルトやジャイアントスパイダーを倒したり、鎗の鍛練をしたり、晩飯の唐揚げ用の鶏肉に下味を付け(オレの味付けは、かなり好評なのだ)たり、おチビ達と遊んであげたりしていたら、あっという間に時間は過ぎていってしまった。

 テレビでの情報収集も、母や義姉と分担して行おこなっていたが、気になるニュースが飛び込んで来たのは、兄達が帰ってきた直後のことだ。

『千葉県習志野市津田沼にゾンビ化したカラスが出現 重傷者が出た模様』
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