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第1章

第53話

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 今から兄が探索に向かうのは、いつものダンジョンではない。
 まずは以前から行き慣れた温泉街のダンジョンを、手始めに攻略することにした様だ。

 例の温泉地には今のところ、オーガ以上の強さを持つモンスターが出現したという情報も無いので、これ以上の高位モンスターの発生が頻発するようにならないうちに、攻略を開始しておきたいということのようだ。
 既に近隣で竜種のモンスター等が跋扈し始めた青葉城址のダンジョンや、仙台駅東口付近のダンジョンなど、市内中心部に近い場所は、さすがに敬遠されることになった。

『ドラゴンは刀で斬って倒せるイメージが湧かないからな。山ほどミサイルでも食らわせない限り、アレを殺すなんて無理だろ』

 そう言って悔しげな顔をした兄だが、ドラゴン相手に普通の武器で勝てる人間なんて、そもそも居る筈がないのだから、それは仕方ないだろうに……。

 さて、兄を見送ってしばらくした後、オレは少し思うところが有り、最近すっかり新しい茶の間と化した広間で、既知のアイテムを鑑定していた。

『スクロール(魔)……魔力の扱いについての理解を深める。効果(小)』

『アジリティの指輪……所持することで凡およそ2割ほど敏捷性を向上させる。必ずしも指に嵌はめる必要は無い』

『甲殻の護符……防具の内側に貼り付けることで、ギガントビートルの甲殻と同程度の防御力を、元々の防具性能に付与する。着脱自在』

『スタミナポーション1……使用者の持久力を服用後すぐに回復する。名称の後の数字が大きいものほど効果が高い』

 ……こうして、簡易鑑定に出した場合に発行されるアイテム説明と、全く同じ文章が脳裏に浮かんで来るわけなのだが、実際どうやってダン協所属の【鑑定】スキル持ちの人達が、鑑定結果を文章化しているのか気になったのだ。

 案ずるより産むが易し……って、こういう時に使うのかもしれないな。

 タネを明かせば何のことはない。
 鑑定結果を紙に書こうとすると、自分の身体が自動書記機にでもなったかのごとく、一言一句逃さずに、書き写すことが出来るのだ。
 それは、ちょうどパリィアミュレット頼りに、スキルの【パリィ】を使用するのと同じ感覚だった。
 初めて【パリィ】を試した時のことは、今でも忘れていない。
 自分の身体が一瞬では有るが、自分のもので無くなる心地なのだ。

 気になったことは、どんどん試してみるに限るな。

 ポータブルDVDプレイヤーで、ネコとネズミが仲良くケンカしているアニメを見ながら、ご機嫌な息子を【鑑定】してみる。

 ーーパチッ!ーー

 目の前に火花が飛んだような感覚に見舞われ、鑑定結果が脳内に投影されることも無かった。
 これはダン協の公式発表が裏付けられた格好だ。
 いわく……

『人間やモンスターなど、生命体の鑑定は出来ない』

 ……というのは、どうやら本当らしい。

 ただ、抜け道というか、何と言うか……何かしらの条件次第かもしれないので、その辺りは要検証といったところだろう。

 さて次は……だ。

『槍……総金属製の短槍。材料は大半が鉄で、一般に鋼鉄と呼ばれる物。穂先が柄と一体化しており、先端の尖った杭にも見える』

 お……いけた。
 オレの得物を試しに鑑定してみたが、ダンジョン産のマジックアイテムに限らず、一般的な品物でも鑑定可能なようだ。

 そこからは手当たり次第に【鑑定】していく。
 いつの間にかオレの横で香箱を組んでいた、飼い猫のエマ(16才、メス)にも弾かれたので、やはり人間やモンスターに限らず全ての生き物に対して、現状の【鑑定】スキルでは通用しないようだった。

 そして……甥っ子のオモチャを鑑定していた時のことなのだが、少しだけクラっと来たのだ。

 ……?
 まるで貧血を起こした時のような?
 あれ?

 これじゃあ兄が【短転移】を連発した時に起きる症状みたいじゃないか。

 ん?
 まさかMP(マジックポイント)とか、SP(スキルポイント)みたいなものが、存在するっていうのか?
【鑑定】で昏倒した人の話など聞いたことは無いのだが……これは、もしかすると有り得るのかもしれない。

 もう一度……今度は、ヘソ天(仰向け)状態で無防備に寝ているエマの首輪に【鑑定】してみる。
【鑑定】自体は出来たのだが、今度はより明確に貧血の様な症状に見舞われた。

 次は首輪に付いてるペット用の肉球マークのお守りを【鑑定】する。
 ……鑑定結果は見られたのだが、強烈な吐き気と頭痛までし始めてしまう。

 これ以上はヤバい!

 本能の鳴らす警鐘に従い、すぐさま目をつむり、しばらくそのまま回復を待つ。

 ……次第に落ち着いて来た。
 なるほどなぁ。
 鑑定料金が高いとか思っちゃってて、ホントごめんなさい……という気持ちだ。

 兄の【短転移】に限らず、能動的に使用するたぐいのスキル発動には、何かしらの代価が必要になっているのは間違い無いだろう。
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