きっと全ては自分次第

高遠まもる

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第1章

第43話

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 とても鮮やかな青。

 それは『コボルトの青』と呼ばれている色で、この国や周辺諸国では流通していない、非常に珍しい色だった。
 母さんが父さんと結婚する以前に祖父から贈られたというハンカチが一応は同じ色だが、それは月日が経過した分だけ色あせてしまっているため、本当の意味で同じ色とは言えないかもしれない。
 ボクが完全に同じ色の外套を身に纏った人を見たのは、たった一回だけ。
 エルと出逢って、そして見送ったあの日だけだ。
 アナスタシアさん。
 エルを連れてこの町を出たハズの女性が、非常に見慣れた建物の中に入っていくのを、ボクは見てしまった。

 馬車はすぐには止まってくれない。
 箱馬車の構造上どうしても御者台が外に有るため、御者に声を掛けるためには専用の小窓を開けるか、よほどの大声を上げるかする必要があるが、先ほどカール先生が密談用に施錠の魔法と遮音の魔法を掛けてしまったため、今ボク達の乗っているところはちょっとした密室状態になっている。
 それに、ここでボクが変に騒ぎ立てることによって、アナスタシアさんがこの町に来ていることがエルを探しているヨーク男爵にバレてしまうのもマズい。
 結果としてボクはカール先生のアトリエで一緒に降ろしてもらうまで、大人しく馬車に揺られていた。

「じゃあね、ジャン君。今日はこの後どうするの?」
「ヨーク男爵に勧められるまま、かなり飲み食いしてしまいましたし、時間もまだ早いですからね。道場の方に顔を出そうかと思っています」
「そっか、そっか。なかなか良い心掛けじゃない。サラちゃんにヨロシクね~」
「はい。それでは失礼します」

 カール先生のアトリエからボクの自宅までは、歩いてもさほど掛からない。
 位置的にはアネットさん達が降りる予定の太陽神の神殿の方が僅かに近いぐらいだけれど、あのペースで進む馬車に乗り続けるぐらいなら、ここから歩いた方が遥かに早く自宅に着くだろう。
 今日は多少なりとも普段よりは小綺麗な格好をさせられている。
 この服を着たまま道場に行ったら、母さんに怒られてしまうのは間違いない。
 面倒でも着替えに戻る必要が有った。

 幸いというべきだろうか、母さんはちょうど接客中だったし父さんもマリアも不在だったため、着替えて再び外出するボクを咎める人は誰もいない。
 母さんは少しだけ怪訝そうな顔をしていたけれど……。


「あれ? 君は……」

 ちょうど全体休憩中に道場に着いたボクを見て、アナスタシアさんは目を丸くした。
 驚いていたのはアナスタシアさんだけでは無い。
 サラ師範も何だか驚いた表情を浮かべている。

「アナはジャンと知り合いなのか?」
「……まぁね。まさか、彼がここの門下生だったとは思わなかったけれど。つくづく世間とは狭いものだね」

 そうして喋っている二人の顔は、どことなく似ていた。
 エルフとハーフエルフという違いは有るけれど、姉妹だと言われれば思わず頷いてしまう程度には共通点が多い。
 切れ長ながら大きな青い目も、スッと通った鼻筋も、控えめなサイズの唇も、そしてほっそりとした顎のラインも……。

「どうしたジャン。早く入って来い」
「はい!」
「ジャン君、お久しぶり……というほどでも無いかな。奇遇だね」
「アナスタシアさんはどうして?」
「この道場には、ちょっとした縁が有ってね。まさかここで、キミに会えるとは思っていなかったよ」
「ちょっと待った。再会の邪魔をするつもりも無いが、そろそろ休憩は終わりだ。ジャンも早く準備を終えて稽古に加われ」
「……だってさ。ジャン君、後でな」
「はい」

 ◆

 居残り練習も終え、門下生の大半が退出した後ようやくアナスタシアさんと話す機会が出来た。

「見違えるほどに強くなっていたね。正直かなり驚いているよ。これは、将来が楽しみだ」

 驚いたのは僕の方だ。
 アナスタシアさんは、剣の腕前もサラ師範と並ぶほどで、しかも明らかにアリシア流の技を使っていた。

「アナスタシアさん、実は同門の先輩だったんですね。ボクの方こそ驚きました」
「……うーん、ちょっと違うんだけどね」
「そうそう。アナの剣はアリシア流のようでいて少し違う。いや、正確に言うなら同じものだが」

 サラ師範も最後まで残っていた師範代を見送って、足早にこちらにやって来た。
 しかも開口一番で、そんな謎かけのようなこを言う。

「サラ、ややこしくなるからもう教えたらどうかな?」
「もうちょっとジャンの反応を楽しみたかったんだけどな。ジャン、私達ちょっと顔が似ていると思わないか?」
「はい、正直かなり似ていると思っていました」
「だろ? 実はな、私達の母親同士が姉妹なんだよ」
「そういうこと。私達、従姉妹なのよ」

 従姉妹同士だったのか……道理でよく似ている。
 あれ? でも……

「何を考えているか分かりにくいが、疑問が有るみたいだな」
「分かります?」
「年齢差か?」
「はい」
「まぁ、そうだろうな。アナの方が私より少し歳上だけど、エルフやハーフエルフにとっての年齢差は、人族や獣人族とは感じ方が全く違うもんなんだ」
「歳上って言ってもほんの少しだからね? それにサラも私もこんなだし、お互いあんまり細かいことは気にしないことにしたのよ」

 ……二人の実年齢は気になるところだけれど、女の人の年齢はあまりこちらから聞いちゃいけないって誰かに教えられた気がする。
 カール先生が若い頃にサラ師範は幼子で……カール先生が八十歳ぐらいで……つまりだいたい……うん、やめとこう。
 アナスタシアさんにしても、エルの母方のお祖父さんの昔の冒険仲間だという話だし、あまりこの話題は突っ込んだらいけない気がする。

「つまり……私達の剣技は私達それぞれの母から、それぞれ別々に習ったものっていうことね。魔法もそうだけれど」

 サラ師範は普段あまり魔法を使わない。
 剣と併用する際の魔法の使い方を、手本として見せてくれる時ぐらいだ。
 だからと言って、あまり使えないというワケでも無いらしい。
 アナスタシアさんがセルジオさんをアッサリ眠らせたのは、いまだに覚えている。
 セルジオさんは魔法が得意では無いようだから単純な比較はしにくいけど、一流と言われるクラスの冒険者を手もなく魔法で眠らせるのだけの実力をアナスタシアさんが持っているのは間違いない。
 もしサラ師範がアナスタシアさんと同等の魔法の使い手だとしたら……サラ師範はボクが思っていたより遥かに強いことになる。

「さて……そろそろ本題に入ろうじゃないか。アナとジャンは、いったいどこで知り合ったんだ?」
「そっか、そこから話さないといけないわよね。ジャン君、私から説明しても良い?」
「はい、もちろんです」

 アナスタシアさんの口から語られる『あの日』のこと。
 ボクはそれを黙って聞いていた。
 エルから聞いて知っている話もあれば、初めて聞くような話も多く、そしてあの後の二人の間で交わされたのだろう話も有って……少なからず、エルがボクに抱いていた感情も窺い知れてしまう。
 ……良かった。
 少なくともボクは、エルに嫌われてはいなかったみたいだ。

 …………いや、ちょっと待って。
 誰、そのカッコいい人?
 エルがアナスタシアさんに話したらしいボクの『活躍』は、ボクが知っているそれとはひどく食い違っていた。

 サラ師範が笑みを浮かべながら、チラチラとこちらを見ている。

 何だか急に顔が熱くなってきたぞ。
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