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第1章
第34話
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「おかしいなぁ……ジャン君の話を聞いた限りじゃ、多分この階層だと思ってたんだけど」
カール先生が訝しげに呟く。
カール先生が探しているのは、いわゆる【ゲート】だ。
アンノウンがこことは違う世界の住人だと仮定するなら、どこかに有って当然なモノ。
あちらとこちらを繋ぐ扉。
カール先生の知る限りアンノウンが現れた場所では、必ずそうしたモノが有ったらしい。
サンダース先生とアリシア師範が倒したアンノウンの時は、今は廃墟になっている例の屋敷の客間の暖炉が『ゲート』と化していたという。
カール先生が実際に目にしたアンノウンは、先生が訪ねた魔導師の自宅の書斎の扉が変質していたとのことだ。
この世界の歴史上、アンノウンが引き起こしたと見られる事件の多くにも、そうした『ゲート』らしきモノの記述や口伝が残っているらしいから、恐らく今回も同様のモノが有るのだろう。
それが……見つからない。
現在地は第三階層。
ボク達が先日アンノウンに遭遇したのは第二階層。
先行していた冒険者パーティが補食されたのを、ミオさんが自慢の耳で聞いたのも第二階層だ。
つまり、アンノウンが現れた初期段階でボク達は遭遇したハズだと思っていたし、ボクの話を聞いたカール先生も同様の感想だったらしい。
ならば『ゲート』は第二階層……もしくは第三階層に出来たと見るのが、確かに自然だろう。
なのに……無い。
それどころかカール先生が偵察型ガーゴイルでいくら探しても、この第三階層にはアンノウンの姿自体が見つからないのだという。
マハマダンジョンは、数有るダンジョンの中でもかなり小規模な部類に入る。
既に幾多の冒険者パーティが踏破しているダンジョンだ。
詳細な地図も冒険者ギルドで売られているぐらいだし、探し洩らしは考えにくい。
「第四階層に入ってすぐの場所という可能性は?」
「う~ん。まぁ、それは有るかもしれないね。今回かなり大規模な襲来みたいだし、ゲートがどこに出来たとしても、第二階層にヤツらが足を踏み入れるまでに掛かった時間が極めて短時間だった可能性は、決して否定出来ないよ。でもなぁ……」
「でも……何ですか?」
「それだとさ。何でヤツらがダンジョンの外に出てこなかったのかが不思議だよね」
「なるほど。確かに変ですね」
「だいたいさ。あんなに数が多いなら、ダンジョン内部のモンスターなんて、それこそ初日で喰い尽くしちゃっててもおかしくないと思うよ? それが、今の今までダンジョン内部に留まっている」
「有り得そうなのは、最初はあまり数が多くなかった……とかでしょうか?」
「うん、そうだね。それが最も可能性が高いと思うよ。でも、それだとやっぱりゲート位置は第二階層か第三階層が自然なんだよね。まずは周囲の冒険者やモンスターを喰い尽くして、それから足を伸ばすってのがヤツらの予測行動
パターンだ。もし最初はヤツらの数が少なかったんなら、第四階層から第二階層に至るまでにはそれなりの時間が掛かっているハズだろう? なんかさ、何もかもが不自然なんだよね~」
「なるほどねぇ。オレなんかには難しい話だけどよ。坊主とカール先生様が話してるの聞いてたら、何だか妙に納得しちまいましたよ。それはそうと……ボス部屋に着いちまいましたぜ? このまま突入しますかい? それとも、またゴーレムを作って突っ込ませるんで?」
カール先生のガーゴイルは扉の前でお役御免だ。
途中の小部屋なんかもそうだが、小型過ぎる弊害として偵察型ガーゴイルに扉を開ける能力は無い。
セルジオさんが慎重に扉を開けて、カール先生の創ったゴーレムを先に突入させる。
この手法で扉の向こうに潜むアンノウンが居ないかどうか確かめることを繰り返して来た。
「そうだねぇ。な~んか、また空振りしそうな気がするけど念のため、またゴーレム作るよ。いや、さっきそれでボス部屋の安全確認に時間が掛かったんだっけか。今回は違うのを創ろう」
言うなり身にまとったローブに手を突っ込んで、大きな水晶柱を取り出したカール先生。
……あのローブの中、一体どうなってるんだろう?
「よし、準備オーケー。セルジオ君、開けちゃって良いよ~?」
カール先生の手にした水晶柱は、みるみる奇怪な怪物にその姿を変えていく。
額には鋭い角。
そしてコウモリのような翼が背中に生えている。
水晶そのまま綺麗な透き通ったボディなのに、どこか邪悪さを感じさせる姿。
言うなれば、おとぎ話の悪魔のような姿だ。
色やサイズこそ違えど、小さな黒石が姿を変えた真っ黒な小型ガーゴイルとそっくりだった。
今度は水晶で出来ているから、クリスタルガーゴイルとでも言うべきだろうか?
セルジオさんも目を丸くしているが、それでまも自分の仕事はきっちりとこなしていた。
セルジオさんによって開け放たれた扉の中に透明なガーゴイルが侵入していく。
ガーゴイルが見たものは、創り出したカール先生にも見えるらしい。
それでいてガーゴイルには生命が無いから、アンノウンには見向きもされない。
見向きもされないのはゴーレムも同じだけれど、ゴーレムはあいにく動きが遅い。
広いボス部屋の中を確認するにはガーゴイルの方が良いだろう。
偵察だけなら、さっき仕舞った小型のガーゴイルでも充分な気がするけど……。
「うん。やっぱり居ないか……仕方ないね。感覚共有に使う魔力が惜しいから、次の階層はこのままコレ一体で偵察させるよ。細かい見落としは多くなるかもしれないけど、ボクの勘が正しければ次の階層にも、どうせヤツらは居ないだろうしね」
なるほど。複数体の小型ガーゴイルを操る方が魔力消費が多いってことか。
そして……実は、ボクもカール先生と同じ意見だ。
何だか次の階層にもヤツらは居ない気がしてならない。
上手く言葉に出来ないのがもどかしくて仕方ないんだけれど、それでも敢えて言うならコレは『勘』としか言いようが無い感覚だ。
アンノウンの軍勢が、ダンジョンの最奥で何らかの目的のために蠢いている。
そんな根拠らしい根拠も無いハズの想像は、何故かボクの背筋を不意に冷やした。
「ジャン君、大丈夫?」
気付いた時にはアネットさんが、ボクの顔をまじまじと見ていた。
「大丈夫です。ちょっと考えごとをしていました」
「ジャン君、なんだか凄く顔色が悪いよ? その考え事ってなぁに?」
「ヤツら……アンノウンの目的を考えていました。さっきの戦闘で逃げるアンノウンって居ましたか?」
「言われてみれば居なかったね。どうしてだろう?」
そう。
多分それが、ずっと引っ掛かっていたんだ。
「最後の一兵まで……なんて言うと聞こえが良いですけど、実際にそんなことって戦場でも中々無いって習いました。なのにアンノウンは逃げませんでしたよね。まるで、ボク達を足止めすることしか考えていないかのように」
「……うん。奇襲の失敗。戦闘が進むにつれての明らかな劣勢。これ、普通なら退却するよね。もし最初は食欲に駈られていたんだとしても、確かに一体も逃げなかったのは異常過ぎる」
「おいおい……マジかよ、坊主。それじゃあ、連中は明確な意志を持って死んでったってのか? 何のために?」
「さっぱり分かりません。さっきは、それを考えていたんです。でも、無意味に死にに来る生き物なんていないと思うんですよね。しかも明らかに連中は連携して行動していたし、待ち伏せといい武器の扱いといい知性の高さを感じさせる行動が多いんです。なのに、さっきの足止めの目的が全く分からない。これって、何だか凄く不気味だと思いません?」
「……そして、この静寂か。そこまで説明してもらえば勘の鈍い僕にも分かるよ。ヤツらはこの階層を整然と撤退していったんだろう」
「だとしたら……次の階層にもヤツらが居ないだろうっていうランバート師の勘って、かなり高い確率で当たっているかもしれないわね」
そう言って自分の身体を抱き締めるような仕草をしているミオさんも、何だか顔色が悪くなってきた。
アレックさんもセルジオさんも、いつも明るいアネットさんまでもが表情を曇らせている。
そんな中、カール先生は一人だけ不敵な態度を崩していない。
「ジャン君、さすがだね。ボクもそれを考えていたんだ。だけどね……やっぱりボクにも連中の目的は分からない。情報が少なすぎて、イヤになっちゃうよね。こうなったら連中が何を企んでいようと、最後は力業で踏み潰してやるしかないと思わない? さぁ、そろそろ進もうか。ここからは急ぐからね?」
「はい!」
カール先生の言う通りだ。
アンノウンの目的が何であれ、それを阻止するためには強引にでも何でも今は前に進むしかない。
前に。
ただ、ひたすらに前に。
カール先生が訝しげに呟く。
カール先生が探しているのは、いわゆる【ゲート】だ。
アンノウンがこことは違う世界の住人だと仮定するなら、どこかに有って当然なモノ。
あちらとこちらを繋ぐ扉。
カール先生の知る限りアンノウンが現れた場所では、必ずそうしたモノが有ったらしい。
サンダース先生とアリシア師範が倒したアンノウンの時は、今は廃墟になっている例の屋敷の客間の暖炉が『ゲート』と化していたという。
カール先生が実際に目にしたアンノウンは、先生が訪ねた魔導師の自宅の書斎の扉が変質していたとのことだ。
この世界の歴史上、アンノウンが引き起こしたと見られる事件の多くにも、そうした『ゲート』らしきモノの記述や口伝が残っているらしいから、恐らく今回も同様のモノが有るのだろう。
それが……見つからない。
現在地は第三階層。
ボク達が先日アンノウンに遭遇したのは第二階層。
先行していた冒険者パーティが補食されたのを、ミオさんが自慢の耳で聞いたのも第二階層だ。
つまり、アンノウンが現れた初期段階でボク達は遭遇したハズだと思っていたし、ボクの話を聞いたカール先生も同様の感想だったらしい。
ならば『ゲート』は第二階層……もしくは第三階層に出来たと見るのが、確かに自然だろう。
なのに……無い。
それどころかカール先生が偵察型ガーゴイルでいくら探しても、この第三階層にはアンノウンの姿自体が見つからないのだという。
マハマダンジョンは、数有るダンジョンの中でもかなり小規模な部類に入る。
既に幾多の冒険者パーティが踏破しているダンジョンだ。
詳細な地図も冒険者ギルドで売られているぐらいだし、探し洩らしは考えにくい。
「第四階層に入ってすぐの場所という可能性は?」
「う~ん。まぁ、それは有るかもしれないね。今回かなり大規模な襲来みたいだし、ゲートがどこに出来たとしても、第二階層にヤツらが足を踏み入れるまでに掛かった時間が極めて短時間だった可能性は、決して否定出来ないよ。でもなぁ……」
「でも……何ですか?」
「それだとさ。何でヤツらがダンジョンの外に出てこなかったのかが不思議だよね」
「なるほど。確かに変ですね」
「だいたいさ。あんなに数が多いなら、ダンジョン内部のモンスターなんて、それこそ初日で喰い尽くしちゃっててもおかしくないと思うよ? それが、今の今までダンジョン内部に留まっている」
「有り得そうなのは、最初はあまり数が多くなかった……とかでしょうか?」
「うん、そうだね。それが最も可能性が高いと思うよ。でも、それだとやっぱりゲート位置は第二階層か第三階層が自然なんだよね。まずは周囲の冒険者やモンスターを喰い尽くして、それから足を伸ばすってのがヤツらの予測行動
パターンだ。もし最初はヤツらの数が少なかったんなら、第四階層から第二階層に至るまでにはそれなりの時間が掛かっているハズだろう? なんかさ、何もかもが不自然なんだよね~」
「なるほどねぇ。オレなんかには難しい話だけどよ。坊主とカール先生様が話してるの聞いてたら、何だか妙に納得しちまいましたよ。それはそうと……ボス部屋に着いちまいましたぜ? このまま突入しますかい? それとも、またゴーレムを作って突っ込ませるんで?」
カール先生のガーゴイルは扉の前でお役御免だ。
途中の小部屋なんかもそうだが、小型過ぎる弊害として偵察型ガーゴイルに扉を開ける能力は無い。
セルジオさんが慎重に扉を開けて、カール先生の創ったゴーレムを先に突入させる。
この手法で扉の向こうに潜むアンノウンが居ないかどうか確かめることを繰り返して来た。
「そうだねぇ。な~んか、また空振りしそうな気がするけど念のため、またゴーレム作るよ。いや、さっきそれでボス部屋の安全確認に時間が掛かったんだっけか。今回は違うのを創ろう」
言うなり身にまとったローブに手を突っ込んで、大きな水晶柱を取り出したカール先生。
……あのローブの中、一体どうなってるんだろう?
「よし、準備オーケー。セルジオ君、開けちゃって良いよ~?」
カール先生の手にした水晶柱は、みるみる奇怪な怪物にその姿を変えていく。
額には鋭い角。
そしてコウモリのような翼が背中に生えている。
水晶そのまま綺麗な透き通ったボディなのに、どこか邪悪さを感じさせる姿。
言うなれば、おとぎ話の悪魔のような姿だ。
色やサイズこそ違えど、小さな黒石が姿を変えた真っ黒な小型ガーゴイルとそっくりだった。
今度は水晶で出来ているから、クリスタルガーゴイルとでも言うべきだろうか?
セルジオさんも目を丸くしているが、それでまも自分の仕事はきっちりとこなしていた。
セルジオさんによって開け放たれた扉の中に透明なガーゴイルが侵入していく。
ガーゴイルが見たものは、創り出したカール先生にも見えるらしい。
それでいてガーゴイルには生命が無いから、アンノウンには見向きもされない。
見向きもされないのはゴーレムも同じだけれど、ゴーレムはあいにく動きが遅い。
広いボス部屋の中を確認するにはガーゴイルの方が良いだろう。
偵察だけなら、さっき仕舞った小型のガーゴイルでも充分な気がするけど……。
「うん。やっぱり居ないか……仕方ないね。感覚共有に使う魔力が惜しいから、次の階層はこのままコレ一体で偵察させるよ。細かい見落としは多くなるかもしれないけど、ボクの勘が正しければ次の階層にも、どうせヤツらは居ないだろうしね」
なるほど。複数体の小型ガーゴイルを操る方が魔力消費が多いってことか。
そして……実は、ボクもカール先生と同じ意見だ。
何だか次の階層にもヤツらは居ない気がしてならない。
上手く言葉に出来ないのがもどかしくて仕方ないんだけれど、それでも敢えて言うならコレは『勘』としか言いようが無い感覚だ。
アンノウンの軍勢が、ダンジョンの最奥で何らかの目的のために蠢いている。
そんな根拠らしい根拠も無いハズの想像は、何故かボクの背筋を不意に冷やした。
「ジャン君、大丈夫?」
気付いた時にはアネットさんが、ボクの顔をまじまじと見ていた。
「大丈夫です。ちょっと考えごとをしていました」
「ジャン君、なんだか凄く顔色が悪いよ? その考え事ってなぁに?」
「ヤツら……アンノウンの目的を考えていました。さっきの戦闘で逃げるアンノウンって居ましたか?」
「言われてみれば居なかったね。どうしてだろう?」
そう。
多分それが、ずっと引っ掛かっていたんだ。
「最後の一兵まで……なんて言うと聞こえが良いですけど、実際にそんなことって戦場でも中々無いって習いました。なのにアンノウンは逃げませんでしたよね。まるで、ボク達を足止めすることしか考えていないかのように」
「……うん。奇襲の失敗。戦闘が進むにつれての明らかな劣勢。これ、普通なら退却するよね。もし最初は食欲に駈られていたんだとしても、確かに一体も逃げなかったのは異常過ぎる」
「おいおい……マジかよ、坊主。それじゃあ、連中は明確な意志を持って死んでったってのか? 何のために?」
「さっぱり分かりません。さっきは、それを考えていたんです。でも、無意味に死にに来る生き物なんていないと思うんですよね。しかも明らかに連中は連携して行動していたし、待ち伏せといい武器の扱いといい知性の高さを感じさせる行動が多いんです。なのに、さっきの足止めの目的が全く分からない。これって、何だか凄く不気味だと思いません?」
「……そして、この静寂か。そこまで説明してもらえば勘の鈍い僕にも分かるよ。ヤツらはこの階層を整然と撤退していったんだろう」
「だとしたら……次の階層にもヤツらが居ないだろうっていうランバート師の勘って、かなり高い確率で当たっているかもしれないわね」
そう言って自分の身体を抱き締めるような仕草をしているミオさんも、何だか顔色が悪くなってきた。
アレックさんもセルジオさんも、いつも明るいアネットさんまでもが表情を曇らせている。
そんな中、カール先生は一人だけ不敵な態度を崩していない。
「ジャン君、さすがだね。ボクもそれを考えていたんだ。だけどね……やっぱりボクにも連中の目的は分からない。情報が少なすぎて、イヤになっちゃうよね。こうなったら連中が何を企んでいようと、最後は力業で踏み潰してやるしかないと思わない? さぁ、そろそろ進もうか。ここからは急ぐからね?」
「はい!」
カール先生の言う通りだ。
アンノウンの目的が何であれ、それを阻止するためには強引にでも何でも今は前に進むしかない。
前に。
ただ、ひたすらに前に。
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