上 下
20 / 21

第20話 アリシア隊の動き

しおりを挟む
*

「くそっ、ちくしょう! なんだったんだ! あいつは!」

 レンジュたちに逃げられたアリシアは祭壇で地団駄を踏んでいた。
 ガチャガチャと鎧の音がやかましく鳴り響く。

「アレスは大丈夫か? 今度会ったら問答無用でぶちのめしてやる!」

 アリシアが目を向けた先ではメーティが横たわるアレスを看病している。
 レンジュの仕掛けた移動トラップに引っかかってしまったのは、俊敏に反応しアリシアに良いところを見せようとした副隊長のアレスだった。
 たっぷり四分ほどの前後移動運動。目を回さないわけがない。

「命に別状があったりする様子はありません。ただ、盛大にやっちゃったようですけど」

 通路の端にはキラキラと光る何かがこぼれている。
 いや、目を向けるのは良そう。

 アリシアはアレスに近付き回復魔法をかける。
 どうやら酔いにはあまり効果を示さないのか、気休め程度の力しか発揮していないようだ。

「アリシア……隊長……お心遣い痛み入ります……」

「問題ない。とりあえずしばらく寝ておけ。相手が悪かったということなのだろう」

 そう口にしたアリシアの元へ男性騎士が歩み寄る。
 長身痩躯の頼りなさげな雰囲気の男で名前はウェルトという。
 それでもアリシアが選んだ精鋭ということなので、能力自体は高いのかもしれない。

「隊長、鑑定を試みてみたところ偽名ではありませんでした。レベルも22のようで不審な点はありません」

「レベル22だと!? そんな相手に私たちは……!? いや、だが、確かに逃げてここに来たというのが本当なら……。そのレベルでは封殿に行くなんてとても敵わないだろうしな。だが、しかし……」

 アリシアは唇をギュッと噛みしめている。
 彼らの平均レベルは60程度で、本来はとてもレンジュがどうこうできる相手じゃなかった。
 逃げるという行為に特化させた戦術。
 それが功を奏したということなのだろう。

 いや、それとも……別の要素が……?

「とりあえず、アレスの回復を待つ。それから封殿の調査だ。さっきの男は得体が知れないが……どうすることもできんだろう」

「隊長、私索敵の魔法をうちましたので、近くまで寄れば探知できるかと思います」

「ふむ。そうだな。といっても、敵意などは感じなかった気がしたんだが……」

「分かりませんよ。なんとなくですが、あの狂騒の中足音が一つじゃなかったような気がするんです。石ころも投げていましたし。探査の魔法を打った時は確かに一つだと思ったんですがね。もしかしたら……」

 メーティはその能力からか細かいことに気付きやすいたちなのだろう。
 索敵で反応が一つだったというのに、それを盲信しないとは抜け目がない性格だ。
 レンジュが独りでなかったということは残念ながらばれてしまっている。

「プリシラを匿っていた、そういう可能性があるという訳か? だが……」

「そんなメリットがあるとは思えません。プリシラはウェコハドマの一人なのですから」

「メリットというのもあるが、ウェコハドマはレベル22の人間など相手にしないってこともあるだろうな」

 ウェコハドマとはファレンシアの人族や魔族、亜人族などの人型生物を蹂躙し世界を掌握してしまおうと考えている狂信集団の名称。
 それ以外は、謎に包まれた怪しげで危険な組織というのが一般的な認識だ。

 そんな者の手にディアが渡るよりは、レンジュが解放したほうが当然良かったであろう。
 勿論、放っておかれるはずもないと思われるが……。

 体格の良い偉丈夫がアリシアに向け口を開く。
 ハーネスという名で四人が携えているよりも大ぶりの剣を腰に差している。

「隊長、もしかしたら全然関係なくただ仲間を庇っていただけという可能性も」

「ハーネスの考えも正しいかもしれん。分からん……分からんが、とりあえずは封殿を確かめてみるしかない」

 結局考えても分からなかった彼女らはアレスの回復を待ち封殿に向かうこととなった。

*

 彼らのレベルといえども白銀双斬虎に出会えば容易く死ぬ。
 魔獣と人間ではレベルの数値がどうこうといった以上に、戦闘能力に差があるのだ。
 レンジュが切り抜けることができたのはある意味必然だったのかもしれないが、剛運とも言える運にも守られていた。

 メーティの索敵の魔法を駆使し、必死に辿り着いた先。
 ディアが封じられていた扉が開いており中がもぬけの殻になっていたことに気付き、彼女らの背筋は震えた。

「くそったれ! やはりプリシラにやられてしまったというわけか! まずいぞ、ウェコハドマが惨獄蟲を手にしただなんて」

「隊長、言葉遣いが……。そんなことですから婚期をのが……いや、叶うのであれば俺が……いやいや、何でもなくてですね。
 珠による解放は行われていないのでは? とにかく今は迅速に動くべきかと思います」

 小さな部屋にアリシアの言葉が木霊し、アレスが助言するように声をかける。
 変な願望も混ざっていたような感じではあったのだが。

 アリシアはここまでに二度のお見合いをご破算にしてしまっているようであるが、現在20歳。
 婚期を逃しているというほどの年齢ではない。
 今は恋愛よりも仕事。そう考えているようである。
 ぶつぶつと何事かつぶやいており、アレスの口ごもった言葉を聞いていなかったのが幸いだったというかなんというか。

 索敵の魔法をしこたま使い、神経をすり減らし疲れ切った表情でメーティがつぶやく。

「さっきの少年がってことはないですよね? 今のとこ一番怪しいのは彼だと思うんですけど。プリシラは目撃情報だけですから」

「いや、それはどうだろうか。解放には封印盤が必要だ。それをプリシラが持っているのを見たと聞いて私たちはここにやってきたのではないか」

「そうなんです、そうなんですけどね……。なんとなーく私の勘が彼を怪しいって言ってるんですよ」

「ふむ……。メーティの勘や気付きは時に無視できないほどの重要になることがある……。彼には念のため賞金を懸けておくとするか」

 この世界においての賞金というものは主に二つに分類され、一つは金銭の神ゴルディア・バルディウスの力を以て行われる。
 レンジュが守護像を破壊して賞金が加算されたのは、バルディウスが定めた懸賞金の法則によるもの。
 世界の秩序を保つために定められたそれは、内容の明かされることのない懸賞法により決定され、対象の危険度に応じ賞金額が加算されていく。
 この管理は各地に教会を持つゴルディア教が全て取り仕切っている。

 もう一つは通常懸けられる賞金の認識で良い。国が危険人物を追い求めるときに懸けるものだ。
 こちらはステータスに表示されることはなく、張り紙やビラなどで布告される。

 アリシアの口にしたものは当然後者である。
 レンジュにかけられているのは単なる疑惑であるため、賞金額も低く布告もほとんど行われないはずだ。
 祭壇でけむに巻いたり移動トラップに嵌めたくらいでは賞金額は増額されることはない。

「いやいや、ただの勘なんでそこまでしなくともいいというか……。怪しいってだけじゃあの財務大臣は文句垂れますよ」

 賞金を懸けて冤罪でしたでは到底済む話ではない。
 メーティはそれを気にして額の汗をぬぐう。かなりお疲れの様子がみてとれる。

「ふ、ふむ……。そうだな。この前も賞金の関係でどなられてしまったよ」

「アリシア隊長がが髭爺さんの前でシュンとなってるのはちょっと可愛かったです」

「な! うるさいな、アレス!」

「何があったんですか? アレス副隊長」

「言うなよ! 言ったらぶっ飛ばすからな!」

 どうやらその時のことがよほど恥ずかしかったようである。
 ただ強力なモンスターに賞金をかけようとしたら、自分が担当しているのは人間を対象にしたものだけだと小言を言われた程度の話であったらしいのだが。

「はいはい、言いませんよ。それより……どうしますか?」

「メーティは――」

 アリシアに向けて首を振りながら両手の指を広げてみせた。
 魔力と体調の回復に10時間ほどかかるということだ。

 通常ならもっと早く回復するだろう。
 けれど、白銀双斬虎がいる森を突っ切るのには中途半端ではまずいという判断。

 彼女たちが祭壇に戻ったのは一夜明けた翌日の事。
 そして、その道中にぽつりと呟いたアリシアからの会話だ。

「しかし……事と次第によってはあの禁術に手を出す必要があるのかもしれないな……」

「あのって……まさか、別世界から英雄を召喚するとかいうあれですか? 駄目ですよ、それこそ財務大臣の小言ではすみませんって」

「だが、そうは言ってもウェコハドマに獄蟲が渡っていたら本当に終わり。金とか言ってる場合ではないんだぞ?」

「ですが……。いえ。確かにそうかもしれませんね。……戻ったらバルバリシス様のとこへ?」

「そうだな。禁術を行うかどうかはともかくとしてお耳に入れておいた方がいいのは確かだろうな」

 こんなアリシアとアレスの会話を頭を痛めて聞きながら索敵の魔法を行使し、危険な森を先導するメーティだった。

*
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

転生令嬢の幸福論

はなッぱち
ファンタジー
冒険者から英雄へ出世した婚約者に婚約破棄された商家の令嬢アリシアは、一途な想いを胸に人知の及ばぬ力を使い、自身を婚約破棄に追い込んだ女に転生を果たす。 復讐と執念が世界を救うかもしれない物語。

召喚勇者、人間やめて魂になりました

暇人太一
ファンタジー
甘酸っぱい青春に憧れ高校の入学式に向かう途中の月本朝陽は、突如足元に浮かび上がる魔法陣に吸い込まれてしまった。目が覚めた朝陽に待っていた現実は、肉体との決別だった。しかし同時に魂の状態で独立することに……。 四人の勇者のうちの一人として召喚された朝陽の、魂としての新たな生活の幕が上がる。 この作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

破壊の種 滅亡の花

結局は俗物( ◠‿◠ )
ファンタジー
(6/23…没リメ詰め)王子は「種上げの儀式」を終え王に就く。しかし今回の儀式は失敗し、王子は昏睡状態に陥る。王子・レーラを助けるために、友人・アルスとセレンは名医・オールを探し、彼を紹介した下級召喚士を名乗る女・ミーサを巻き込み国のため各地の精霊を求め旅に出ることになる。 ハイファンタジー/剣と魔法/異世界/微・恋愛要素 2003年~2008年で連載していたもののリメイクです。 ※自サイト先行掲載。

父上が死んだらしい~魔王復刻記~

浅羽信幸
ファンタジー
父上が死んだらしい。 その一報は、彼の忠臣からもたらされた。 魔族を統べる魔王が君臨して、人間が若者を送り出し、魔王を討って勇者になる。 その討たれた魔王の息子が、新たな魔王となり魔族を統べるべく動き出す物語。 いわば、勇者の物語のその後。新たな統治者が統べるまでの物語。 魔王の息子が忠臣と軽い男と重い女と、いわば変な……特徴的な配下を従えるお話。 R-15をつけたのは、後々から問題になることを避けたいだけで、そこまで残酷な描写があるわけではないと思います。 小説家になろう、カクヨムにも同じものを投稿しております。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件

有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

処理中です...