上 下
18 / 21

第18話 聖邪の九柱封殿 

しおりを挟む
 神殿の中は割とシンプルな造りとなっていて、ひんやりと冷たい風が流れている。
 照明器具はないというのにしっかりと明かりが確保されており、視界が開けていて困ることはない。

 二人コツコツと足音を立てていると小さなホールのような場所にさしかかり、見えてきたのは巨大な魔法陣のようなもの。
 薄らと地から光を放ち、背景が陽炎のように揺らぐ。
 ゲームなんかでよくあるポータルのようだなというのが俺の印象だ。

「これ転移、魔法陣……だよ。聖邪の、九柱封殿に……繋がってる、思う……」

「へぇ……そうだとは思ったけど。しっかしなんだその聖邪のなんとかって?」

 幾本も立ち並ぶ柱がやたらと仰々しい。
 まるで魔法陣の周りをぐるっと取り囲むかのように整然と並べられている。
 ディアは小首を傾げ、整った睫毛をしぱたたかせた。

「わか、ない……。私、知ってるの名前だけ……」

「ま、行ってみるかしかないってことかね。しかし、ふぅむ……」

 転移とか魔法陣とか実際に目の当たりにしてみると得体がしれない。
 ゲームなんかではよくある物であるが、それに実際触れるとなると俺の心に躊躇いを生むのだ。
 どこに通じているのかは分からないし、どのような感覚を味わうことになるのかも分からない。

 おそるおそる手を光にかざしてみると、光は俺の手なんてまるでないかのように透過した。
 魔法的な因子による光は実体を透過させるという性質を持っているのだろうか。

「ふふ……。レンジュ、こわいの……?」

「ば、ばっか! こわいなんてことがあるわけあるかい! 用心……そう! 用心さ!」

「そ、なの……? うん。用心、大事……だね!」

 親指をビッと立ててみせるとディアもちょこんと親指を立て返してくれる。
 そのやり取りで勇気をもらい、俺の心は決心を決めてくれたようだ。

「これそのまま入っていけばいいんだよな?」

「そだよ」

 ディアがコクコクと頷くのを見て俺たちはその中へと足を踏み入れていく。
 僅かな浮遊感を感じ視界を白光が塞ぐ。

 だがそれも一瞬の事。

 気付けば白と黒を基調とした怪しげな雰囲気を感じる小さな部屋に立っていた。

 いや。

 ここも先ほどと同様の神殿なのだろう。
 背後には魔法陣の光が揺らぎ、白と黒の柱が並べられ艶のある光を反射させる。
 そのまま俺たちは漆黒で意匠が凝らされた扉を開け細長い通路を進んでいく。
 殺風景な通路だ。
 通気性はどう見ても悪いが、意外にも乾いていてひんやりとしている風が俺の肌を撫でていった。

 僅かに薄暗い通路を進むと突如視界が広がり、円型上のホールのような場所に出る。
 中央に何やら祭壇のような物があり、壁からは俺たちが出てきた通路のような物が繋がっていた。

 のだが。

 その全ての入り口部分が薄らとした光の壁のような物で塞がれている。
 塞がれていないのは俺たちが出てきた場所と、一際幅広く通っている祭壇正面だけだ。

「レンジュ、ここ嫌な感じ……。早く行こ。多分、あそこだよ」

「ああ。そうだな」

 別に祭壇も特別変わった雰囲気はない。
 切り整えられたまるで巨大な水晶のような赤黒い岩が祀られているだけで、その見た目からは何かを感じとることはできない。

 けれど。

 ディアの言うとおり、何か分からない得体のしれない恐怖感というものを、祭壇から、ではなくこの神殿全体から感じる。
 長居してはいけない。
 まるで誰かからの警告を受けているかのようなそんな薄気味の悪い感覚。

 ディアが指さしたおそらくは出口に繋がっているだろう場所へと向かって歩む。
 正面から見ても祭壇に変わった様子はない。
 祭具なのかよく分からない道具が色々と置かれているが、それ以外に特段怪しいことはない。
 生贄のミイラや人骨でもあったら背筋がぞくっとでもきそうなもんだが幸いそれはなかった。

 そんな時。

 出口の方からガチャガチャと金属が軋むような音が聞こえてくる。
 その音と雰囲気から察するに鎧でも着た人間が歩いてきている?
 という感じだが、流石に目を向けるのは危険なので分からない。
 分かるのは俺たちの方に向かって近付いてきているということだけだ。

 落とし穴を仕掛けるか僅かに逡巡。
 しかし結局立ち並ぶ柱の陰に隠れることにした。
 必要にならないと良いのだが……と思いつつも、ある罠を一つだけ待機させディアに耳打ちを行う。

 そして。

 息を殺し身を潜める。
 僅かな視界の隙間から見えたのは赤いプレートで装飾された金属製のグリーブを履く人間の足。
 それが10本。5人の整った足音と鎧の軋む音が部屋内に侵入してくる。

「止まれっ!」

 聞こえてきたのは女性の精悍な声。しかし、その様相は全く伺うことはできない。
 ディアに向け指を口元に持っていくと、ディアも僅かに目元を緩め俺を真似した。
 あまりの可愛さに緊張がゆるみそうになるが、すぐに気を引き締め耳を澄ます。

「くっ。やはり常闇蟲の隔離獄の封が解かれている。プリシラがここに向かったという情報は正しかったか……」

「アリシア隊長、情報提供者に報酬を与えねばいけませんね」

 今度聞こえた声は男の物。
 アリシアという名前の女性が隊長で男女混合のグループ。
 現在分かるのはこれだけだ。
 プリシラというのは――ディアが封印されていた遺跡で出くわしたモスグリーンの髪の女だろうか?

「うむ。そうだな。だが、それは後だ。まずは封殿を確認しに行かねばならん」

「隊長、ほんとに五人だけで行くんですか? 中には獰猛な魔獣がいると聞いたことがありますが……」

「アルス! お前、副隊長にもなってまだそんな弱気なことを言っているのか! お前たちは私が選んだ精鋭だ。連携をとれば問題はない!」

 話しているのは二人だけなので、男の声は副隊長のアルスということなんだろう。
 時折耳に届く鎧の擦れる音がなんとも緊張を煽る。

「ですが……」

「ですがもくそもない! 惨獄蟲がどれか一蟲でも世に解き放たれたら数えきれないほどの人間が死ぬんだぞ!」

 アリシアの怒号にビリビリと空気が震える。
 惨獄蟲というのがおそらくは常闇蟲にあたるんだろう。
 やはりというかディアはとんでもない物を宿している。

 しかし。

 惨ってのは――さん? 3のことか? ということは他にも同じようなのが2体もいるってことだろうか。
 それでも俺には関係ない。何があろうと守ると決めたんだから。

「もし封印が解かれていたらどうするんですか? 流石に手に負えないのでは……?」

「そうだな……。だが、封印珠が世に流れたという話は聞いていない。もし解かれていても、珠での完全封印が解かれるまでは打つ手は残されているということだ」

 直後、パチンという乾いた音が響く。
 ディアの不安げな瞳が俺の顔を写し込む。

「分かりました! 男、アルス。隊長のためにも頑張らせていただきます!」

「最初からその気概を持って欲しいところだがな。皆もここからは絶対に油断しないように!」

「「「「はっ!」」」」

「じゃあ、行くとしよう! …………いや、待てよ。一応祭壇にプリシラが隠れていないか探しておいたほうがいいか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

ヒロイン聖女はプロポーズしてきた王太子を蹴り飛ばす

蘧饗礪
ファンタジー
 悪役令嬢を断罪し、運命の恋の相手に膝をついて愛を告げる麗しい王太子。 お約束の展開ですか? いえいえ、現実は甘くないのです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

娘の命を救うために生贄として殺されました・・・でも、娘が蔑ろにされたら地獄からでも参上します

古里@10/25シーモア発売『王子に婚約
ファンタジー
第11回ネット小説大賞一次選考通過作品。 「愛するアデラの代わりに生贄になってくれ」愛した婚約者の皇太子の口からは思いもしなかった言葉が飛び出してクローディアは絶望の淵に叩き落された。 元々18年前クローディアの義母コニーが祖国ダレル王国に侵攻してきた蛮族を倒すために魔導爆弾の生贄になるのを、クローディアの実の母シャラがその対価に病気のクローディアに高価な薬を与えて命に代えても大切に育てるとの申し出を、信用して自ら生贄となって蛮族を消滅させていたのだ。しかし、その伯爵夫妻には実の娘アデラも生まれてクローディアは肩身の狭い思いで生活していた。唯一の救いは婚約者となった皇太子がクローディアに優しくしてくれたことだった。そんな時に隣国の大国マーマ王国が大軍をもって攻めてきて・・・・ しかし地獄に落とされていたシャラがそのような事を許す訳はなく、「おのれ、コニー!ヘボ国王!もう許さん!」怒り狂ったシャラは・・・ 怒涛の逆襲が始まります!史上最強の「ざまー」が展開。 そして、第二章 幸せに暮らしていたシャラとクローディアを新たな敵が襲います。「娘の幸せを邪魔するやつは許さん❢」 シャラの怒りが爆発して国が次々と制圧されます。 下記の話の1000年前のシャラザール帝国建国記 皇太子に婚約破棄されましたーでもただでは済ませません! https://www.alphapolis.co.jp/novel/237012270/129494952 小説家になろう カクヨムでも記載中です

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

現代にモンスターが湧きましたが、予めレベル上げしていたので無双しますね。

えぬおー
ファンタジー
なんの取り柄もないおっさんが偶然拾ったネックレスのおかげで無双しちゃう 平 信之は、会社内で「MOBゆき」と陰口を言われるくらい取り柄もない窓際社員。人生はなんて面白くないのだろうと嘆いて帰路に着いている中、信之は異常な輝きを放つネックレスを拾う。そのネックレスは、経験値の間に行くことが出来る特殊なネックレスだった。 経験値の間に行けるようになった信之はどんどんレベルを上げ、無双し、知名度を上げていく。 もう、MOBゆきとは呼ばせないっ!!

処理中です...