贖罪公爵長男とのんきな俺

侑希

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リオの困惑

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 その日、リオはいつも通り屋敷の雑用で走り回っていたが、探しに来たケイに代行官であるケビンの執務室へと連れていかれた。

 そこに用意されていたのは重要な連絡の時しか使わない電話である。リオの前世では骨董品だったレベルの大きさだ。リオは森の優しい生き物が出る映画で見たことがあるくらいのそれだったから、最初は使い方もわからなかった。今では手慣れたそのスピーカー部を耳に当て、マイクに近づいた。
 電話の相手はお世話になっているウォルターズ公爵である。この部屋にかかってくる電話の六割は現在のカレッジ領の最高責任者である公爵であるからそれ自体は不思議には思わなかった。
リオが驚いたのは、珍しく弱った声色の公爵が放った言葉であった。


「はい?公爵!? もう一度言ってください」
『すまん。フレドリックの申し出を断ることが出来なかった。――正体を明かすのも隠し通すのもリオ次第と王の許可も取っている。ロイド領の訪問を断り続けてたら搦め手できた』
「そりゃあ公爵の息子でしょう……そのくらい捻ってきますよ……。わかりました、要は流れに身を任せる方向でいいんですね……」
『ああ、よろしく頼む』


 スピーカー部を所定の位置に戻すとそのまま床にしゃがみ込んでしまう。

 レオンを捨ててリオになって十年。リオは未成年ということもあり、魂の迷い人であるということを隠しながら故郷であるカレッジ領でのびのびと暮らしていた。
 十年経ってあの事件もだいぶ風化して、領地も平和になってきたというのに、これである。
 定期連絡でリオの諸々を一手に引き受けてくれているウォルターズ公爵、その長男であるフレドリックが想像していたのとは全く違った方向にこじらせていたのは聞いていた。聞いてはいたが、流石に成人してしまえば現実を見て前に進むとばかり思っていたのだ。
 それなのに、フレドリックは成人しても後を継ぐ覚悟をするどころかまるで巡礼にでも赴くかのように死んだレオンの墓参を希望していた。それが何度頼んでも駄目だとわかったら今度はカレッジ領を訪れることを希望したのだという。
 ちょっと前から話には出ていたのだ。墓参させて前を向かせてはどうか、と。そこはウォルターズ公爵の従兄弟でありレオンの母方の伯父であるロイド伯爵が折れなかった。曰く「だって俺そういうの絶対許さないタチでしょ」だそうである。多分ロイド伯爵は実際に許していないのだと思う。十年前、最後までレオンがリオになってカレッジ領に住むことに反対していた人物である。リオになるならばせめてロイド家の一員として籍を作りたいと最後まで粘っていた。しかし、ロイド伯爵家に養子が入ったらそれこそ怪しさ満点である。ロイド伯爵以外全員の承認を経て、レオンはカレッジ領のリオになったのだ。
 だからフレドリックはロイド伯爵が後継にその地位を譲るまではロイド伯爵領にあるレオンの墓に行くことが出来ないのである。ずっと却下され続けたフレドリックがそれならば、とレオンの両親が眠るカレッジ領に、と決めたことに少々驚いた。あくまでレオンにだけこだわっていたと思っていたのだが、さすがに十八歳、色々と考えたらしい。

 本人の墓に謝ることが出来ないのならせめてあの子のことが知りたい、あの子の両親に謝りたいと願い出たのだという。

 やっぱり死んだことにして平民になったのは悪手だったのだろうか、とリオは悩む。でも貴族なんて面倒臭いと思っているのは今も変わらない。代行官であるケビンが毎日死にそうになっているのを知っているので、その思いは今も変わらない。その片腕であるケイも毎日夜遅くまで働いているし。


 レオンの亡霊に囚われている公爵家の長男は惨劇の館の視察と庭にあるカレッジ家の墓参、そしてレオンと共に生き残ったケイとアニーへの面会を希望している。ケイとアニー、そしてリオは代行官の屋敷にそろって住んでいるので、この屋敷に滞在予定のフレドリックを避けることも難しいだろう。その間、街の宿屋に行くという案も出たが、ちょっとした会話の流れでケイの弟が屋敷から離れて宿に一時宿泊していると知られたら不審がられるだろう。

「どうしますか、リオ様。使用人棟に閉じこもりますか?」

 代行官であるケビンとその補佐として活躍しているケイが座り込んだリオを覗き込んでいた。

「もうなんか面倒くさくなってきた。普通にケイの弟として紹介して。そんで十年経った俺の顔にフレドリック様が気づくようならまた考える。公爵もその上もバラしてもいいって言ってるし」


 フレドリックとレオンが顔を合わせたのは、十年前にたった二回。しかもフレドリックはレオンの顔をまじまじとは見ていないだろう。この世界はそれなりに魂の迷い人と呼ばれる転生者が持ち込んだ諸々のせいで時々オーバーテクノロジー的なものがあったりして、カメラもその一種ではあるが、やはり難しいのかそこまで出回っていない。存在するレオンの顔なんて四歳の肖像画が最後だ。何度か写真に撮られたことはあるが、それらは全て王宮とロイド領にあり、フレドリックの目に触れることはないだろう。

「いやいや流石に気付かねえよな?」
「念のため、こちらサイドの打ち合わせは入念に行いましょうね」
「そうしましょう。アニーも含めてレオン様のこともリオのことも共通認識を改めて再確認して矛盾が出ないようにしなければ」
「よろしくお願いするよ、二人とも」


 この代行官邸で秘密を知っているのは代行官であるケビン、そしてレオンと共に助かり、その後カレッジ領の実務を生きている中で一番把握していると抜擢されたケイとその妻になったアニーの三人だけである。
 レオンは当時まだ幼児で、更には四歳から事件のあった五歳になるまで体調不良で屋敷の自室に引きこもり気味だったため、すでに身寄りがなかったケイの離れて暮らしていた弟リオとしての身分を得た少年がレオンだと気づくものは誰もいない。当時屋敷に出入りがあってレオンを見かけたことのあった人たちも、誰一人としてリオがレオンだと気づかなかったのだ。だから、フレドリックもきっと気づくことはないだろう。
 そう納得したリオは執務机に戻った二人の元へと行くために立ち上がったのだった。






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