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6章 逢魔が時

6章ー1:不安の翌日と、【ヴァルキリー】小隊との再遭遇

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 命彦達の【魔狼】小隊に入って3日目。
 舞子は自宅の自室で、ポマコンの目覚まし機能により目を覚ました。
「うう……」
 シパシパする目で、寝台に横たわる身体を確かめ、動けることを確認する。
「ホントに動く。昨夜まであった倦怠感や全身の重さも嘘みたいに消えてるし……良かった、ふうー。これでお母さん達の心配を少しは減らせます」
 舞子がホッとした様子で、笑顔を浮かべた。
 舞子の迷宮での活動を反対する一般人の両親は、家に閉じ込めても魔法を使ってすぐに出て行く、制止の聞かぬ娘のことをとても心配しており、昨夜担架たんかで家に帰還した娘を見て、父親は泣き崩れ、母親が卒倒したのである。
 以前魔獣に殺されかけた娘が、自分達の言うことも聞かず、懲りずに迷宮へと行って、遂に死体で家に戻ったと、両親揃って勘違いしたらしい。
 舞子を乗せた担架の運び手であった梢とミツバがすぐに母親を回復させ、予め用意していた言い訳である、訓練場で戦闘訓練していたら魔力切れで舞子が倒れたという事情を説明し、舞子自身にも謝らせて、すぐに回復するからと、とりあえず両親を安心させたのである。
 両親が自分を心配するのも分かるが、そもそも舞子に対して、夢を追って一途に前へ進めと幼少期から教えたのは、作曲家である両親であった。
 一度こうと決めたら突き進む性格は父親譲りであり、また、夢の原点たる【精霊歌姫エレメンタルディーバ】に合わせてくれたのも両親の伝手、主に母親の伝手である。
 舞子としては、両親に反対されてもどれだけ心配をかけても、自分の夢が実現するまで、あるいは自分が夢の実現を諦めるまでは、好きにさせてもらうつもりでいた。
 自分の夢が実現すれば、反対していた両親もいつか自分を認めて、一緒に喜んでくれるだろうと、そう思っていたからである。
 寝台の上で手足の上げ下げを行い、学校に行ける状態まで身体が回復したことを知って、舞子は喜んでいたが、それと同時に不安も覚えていた。
 学校に行ける状態にまで回復したことは嬉しいが、【ヴァルキリー】小隊の面々がいる学校に行くのは怖い。
 命彦の使った魔法具による呪詛、〈悦従の呪い蟲〉の効果がどこまで本当か。
 目の前で〈悦従の呪い蟲〉の効果を見たとはいえ、その効果が本当に2日後の今も続いてるかどうかが、舞子には不安だった。
「あの子達が傍にいてくれれば怖さも減るのに……そういえば、2人はもう学校へ来れるんでしょうか」
 ツルメからの襲撃で心と身体に重傷を負い、身体の傷が癒えても心的外傷は癒えずに残っていて、自宅療養を続けている親友達のことを思う舞子。
 舞子はポマコンの映像通信で、2人の親友達に連絡を試みた。
 空間投影装置で出現した平面映像が2分割され、寝起きであろう親友達の顔を映す。
詩乃うたのちゃん、奏子そうこちゃん、おはよう」
『おはよう……』
『おは、舞子』
 親友達の目元には深いくまがあり、無理に笑顔を浮かべている分、舞子の知る時よりやつれた印象があった。その様子を心配しつつ、舞子が問いかける。
「……眠れましたか? 学校に来れそうですか?」
 舞子の懇願こんがんにも近い言葉に、2人は苦しそうに返した。
『ごめん』
『まだちょっと無理かも。昨日もに出たから』
 襲撃されて殺されかけた恐ろしさを、2人とも夢に見てずっと寝不足であるらしい。
 舞子は努めて明るく言った。
「そ、そうですか……あ、私は1人でも平気ですから心配いりませんよ? 土日の2日間で凄い実戦経験を積みましたからね!」
 親友達を気遣い、無理に明るく言って、【ヴァルキリー】小隊に対する不安を隠す舞子。
 その舞子の不安を見抜いているのだろう。親友達は誓うように言った。
『舞子……』
『必ず復活して追い付く。だから』
『待っていて欲しいの。私達がツルメの幻影を振り払えるまで』
 友人達の目に力があることに気付き、舞子は嬉しそうに首を縦に振った。
「分かってます。私は先に行って、2人と一杯差を付けておきます。悔しかったら、さっさと戻って来てくださいね?」
『うん、約束するわ』
『舞子が1人で困ってる時には、必ず私達が助けに行く』
「うふふ、ありがとうございます。それじゃあ、私は学校へ行きますね?」
 そう言って、舞子はポマコンの映像通信を切った。 

 舞子が親友達の言葉を思い出すようにポマコンを一瞥して、寝台から降りると、ポマコンが突然震動して、電子郵便の着信を伝えた。
「あれ、誰からでしょうか? ま、命彦さん!」
 命彦からの電子郵便を急いで読んで、舞子はすぐさま首を傾げた。
「授業終了後に校門前で待つ。はいいんですけど、これは……」
 電子郵便の文面を読んでいた舞子が、目を留めた場所。そこにはこう書かれていた。
『もしかしたら【ヴァルキリー】小隊が、腰砕けの状態でも声をかけてくるかもしれん。その時は俺達とかち合った日以降に迷宮へ入ったかどうかを聞き、魔獣と戦ったかどうかを確認しろ。そして、こう言ってやれ。お前達が感じるモノは全て、〈悦従の呪い蟲〉による加護だと』
 電子郵便上の命彦の文言に、舞子はひたすら首を傾げる。
「加護って……身を守るモノですよね? でもあれ、呪詛でしたよ、命彦さん?」
 舞子は命彦の意図が読めず、1人考え込むが、時計を見て慌てて制服に着替えた。
 両親に昨夜心配をかけたことを謝りつつも、今後も心配をかけると言って絶句させ、早々に家を出た舞子は、魔法士育成学校の芽神女学園を目指した。
 迷宮で救出された日以降、初めての一般教養課程の授業に出席するためである。
 魔法士育成学校では、月曜から火曜の2日間に一般教養課程の授業が集約され、木曜から土曜の3日間に魔法教養課程と魔法実習課程、学科専門課程が集約されている。
 その間の水曜日は、一般教養課程と魔法関連の2つの学習課程、学科専門課程が混ざっており、学科魔法士資格を取得した命彦達や舞子も、月曜から水曜は一般教養課程の授業を受けるために、魔法士育成学校へ通学していた。
 路面電車に乗って学研地区の最寄り駅で降り、同じ学校の女生徒達と幾度もすれ違ってから、舞子が独り言のように言う。
「周りの視線が、突き刺さりますね……」
 舞子は、周囲の女生徒達が自分を見る視線に気付いていた。
 調子に乗って迷宮へとおもむき、魔獣に殺されかけたところを他の魔法士に救助され、学校の評判を落とした問題児3人組の1人。
 舞子に対するこうした認識は、たった2日間で相当他の生徒や教官の間に広がっているらしく、休み明けの舞子に話しかけて来る者は皆無であった。
 睨むように舞子を見る者やあざけるように舞子を見る者、舞子を無視する者や、舞子を憐れみつつも距離を取る者がほとんどである。
 校内を歩き、〔魔法楽士〕学科第4学年の教室に到着した舞子は、自分の席に座ってため息をついた。
 自分と同じ魔法未修者の立場にある、そこそこ親しい女生徒達が、チラチラと舞子の様子をうかがっている。
 話しかけたいが誰かを気にして躊躇っている、そういう様子であった。
「……ああ、そういうことですか」
 舞子は、自分を気にする女生徒達の視線を追うことで、教室の後方に位置取る、とある女生徒達の集団が、一際険しい視線を舞子へ送っていることに気付き、小声で言った。
 魔法士育成学校に入学する前から魔法の教育を受けて、予め〔魔法楽士〕学科の魔法をある程度修得していた、魔法予修者達の集団である。
 どこの魔法士育成学校でも、それぞれの魔法学科内で10番以内に入る成績優秀者は、学期末の式典で表彰されるという恒例行事があった。
 これは学生にとって晴れの舞台であり、魔法士育成学校内での自らの発言力や地位を気にする一部の生徒達にとっては、決して譲れぬ戦いの場でもあった。
 そして、芽神女学園の〔魔法楽士〕学科第4学年の場合、主席から第3席、成績優秀者の1位から3位までは、舞子とその親友2人が居座っており、4席から10席までは舞子を睨む彼女達、魔法予修者達が占めている。
 この意味が分かるだろうか。
 そう。有り体に言えば、芽神女学園の〔魔法楽士〕学科の魔法予修者達にとって、魔法未修者であったにもかかわらず、自分達の実力に追い付き、ましてや追い抜かした舞子達3人は、極めて目障りだったのである。
 魔法予修者として入学した自分達の自信と誇りを打ち砕いて、自分達がいるべき場所に座る、忌々しくも邪魔で鬱陶しい目の上のコブ。それが、彼女らにとっての舞子であった。
「歌、踊り、楽器演奏技術、そして魔法。どれも今は私が、私達が勝っている。実力で私達に勝つのが難しいから、学科内で孤立させ、精神的に追い詰めるつもりというわけですね? バカバカしい」
 自分に突き刺さる、同じ学科内の魔法予修者達の視線を一切無視して、舞子はどうでも良さそうに小声で語り、一般教養課程の教科書を〈余次元の鞄〉から取り出すと、ふてぶてしくも授業の予習を始めた。
 舞子としては、〔魔法楽士〕学科の修了認定試験に合格した時点で、学科魔法士資格の取得という、人生の第1目標はすでに達成している。
 魔法士育成学校を卒業せずに今すぐ退学しても、〔魔法楽士〕の学科魔法士として活動することは可能であり、学校に籍を置いているのは、学校内の施設である魔法図書館の利用や、自己啓発の一環で一般教養課程の授業を受けるためであった。
 学生の身分であれば、魔法についての調べものをする時に、専門書が揃っている校内の魔法図書館を無料で利用できるし、せめて高等学校くらいの教養は身に付けたいという自分磨きのために、舞子は学籍を置いている。
 そのため、今更学生生活特有の嫌がらせを受けても、痛痒は僅かだった。
「今の私にはもっと考えるべきことがたくさんある。割り切ってしまえばこの程度の孤独感、屁とも思いませんね……あっ! 今のは少し命彦さんや勇子さんっぽかったかも」
 舞子は苦笑を浮かべ、始業の合図と共に予習を止めた。
 教室の前方を見ると、白板の前に平面映像が浮かび上がり、人工知能の講師が現れて古典の授業を始めた。

 1時間目の一般教養課程の授業が終了し、お手洗いに行っていた舞子が教室に戻るべく廊下を歩いていた時であった。
「……えっ」
「う、歌咲舞子!」
 【ヴァルキリー】小隊の面々と、舞子はかち合ってしまった。
 相手も前方にいた舞子に気付いたらしく、不快そうに表情を歪める。
 5mほど離れて廊下で対峙する、舞子と【ヴァルキリー】小隊。
 すると、教室にいた〔魔法楽士〕学科の魔法予修者達がワラワラと廊下に現れ、【ヴァルキリー】小隊の後ろに回った。
恋火れんか様、歌咲さんは自分達の行いのせいで当校の評判が地に落ちたというのに、堂々と学校に来られました。少しでも自分の行いについて反省していれば、他の2人のように責任を感じて休む筈です。つまり、歌咲さんは全く反省をしておられません! これはしっかりと教育する必要があると思いますが?」
「いつものように立場の違いというモノを、思い知らせるべきです!」
「「「そうよそうよ!」」」
 〔魔法楽士〕学科の教室で、舞子に険しい視線を送っていた魔法予修者の女生徒達が、【ヴァルキリー】小隊の隊長、魔法具の眼鏡を身に付けた少女を煽る様に言う。
 魔法学科の違いはあっても、魔法予修者達は家同士や親同士、師匠同士の関係から繋がっていることが多い。
 特に【ヴァルキリー】小隊の隊長、炎堂えんどう恋火れんかは、九州地方に根を下ろし、日本でも十指に入るほど古い歴史を持つ魔法使いの一族、炎堂家えんどうけの本家の生まれであり、当代の芽神女学園においては〔精霊使い〕学科に籍を置いて、全魔法学科の魔法予修者達をまとめる、頭目のように扱われていた。
 戦闘型と限定型とで所属する魔法学科が全く違うのに、舞子が【ヴァルキリー】小隊の面々から度々嫌がらせを受けていたのも、彼女達が校内の魔法予修者のまとめ役であり、魔法予修者にたてつく身の程知らずの魔法未修者達へ制裁を加える、1種の武力装置だったからである。
 要するに、今【ヴァルキリー】小隊の後ろに立って騒ぐ〔魔法楽士〕学科の魔法予修者達が、目障りである舞子やその親友達に嫌がらせをするよう、【ヴァルキリー】小隊の面々をき付けていたのであった。
 舞子を叩く理由を常に探している彼女らにとっては、舞子の親友達が心的外傷の克服のために自宅療養しているという事実も、責任を感じて休んだという身勝手過ぎる解釈に捻じ曲げられてしまい、それを利用して舞子を責める材料とされるのである。
「くっ!」
 いつもであれば親友2人が傍にいてくれるため、精神的に感じる重圧は3分の1だったが、今は舞子1人きり。
 自分に敵意を持つ10人近い相手に囲まれたその圧迫感は、舞子の背筋に寒気を走らせた。
「ふぅー……すぅー……」
 しかし、舞子は心を落ち着かせるように深呼吸して、相手を見返す。
 確かに敵意は怖く、精神的重圧プレッシャーは重かったが、100体以上のツルメより怖いか、ドリアードの敵意より重たいかと問われれば、どうってことありませんと、舞子は答えるだろう。
 たった2日だが、心的外傷を自力で克服し、死にかけるほどの修羅場を経験した舞子の精神は、この程度の敵意と精神的重圧であれば、1人でもどうにか耐えられる程度にまで進化していた。
 命彦の呪詛を信じて、舞子はいつでも魔力を発せられるよう、心に戦意を呼び起こす。
「私に言いたいことでもあるのですか? でしたら早く言ってくださると助かります。休憩時間はもうすぐ終わりますので」
 自分で自分を奮い立たせ、舞子は決然と【ヴァルキリー】小隊とその後ろで騒ぐ取り巻き達を見返した。
 まるで怯えぬ舞子の態度に気おくれしたのか。
 いつの間にか、取り巻きの女生徒達の騒ぐ声が消え、黙り込んでいた。
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