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第35話 森神様④
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「……行ったか」
我ながら情けない。
今生の別れというわけでも無いというのに、こういう時に優しく言葉を掛けるものではなかった。これでは、かえってアシックにつらい思いをさせただけではないか。
とはいえ、後悔している時間はない。
「ググゥゥゥゥウウウウ! ググググウウウウウウ!」
「……間違っても、このようなものを神などと呼びたくはないものだ」
鼻息を荒くし、血走った目はただ正面を見ている。
正面……それは我々の方ではなく、アシック達の方だ。
「まったく……我々など文字通り眼中に無い、という事か」
獣を相手に自嘲気味にそう口にすると、周りに集まった者達が唾を飲み込むのが分かった。こんな時もあろうかと、予め編成を組んでいたのが幸いだった。
今日まさに目の前に居る『森神様』の対策を講じる為に集まったというのに、残念な事にいきなり実戦だ。これが笑わずにいられるだろうか?
「レナルド様! 魔法の準備が完了しました!」
「ああ……」
全員が『森神様』の前で手を構える。
そして、私もそれにならい、不安定ではあるものの他の者達と共に風の中級魔法を唱えた。
「「「風よ舞え、我が力となって嵐の如吹き荒れろ―ウインドブラスト!」」」
魔法が収束し、一直線に『森神様』へと向かう。
しかし―
「効かない……だと!?」
『森神様』に向けて放った魔法が霧散し、私は言葉を失ってしまう。
同様に、他の者達も恐ろしいものを前にしたかのように怯みを見せてしまっていた……これはまずい。
「グオオオオオオオオオオオ!」
「ぐっ……!」
「うわあああああああ!」
そんな私達の隙を付くように、『森神様』は一直線に私達へと突進してくる。まるで壁がぶつかってくるような感覚を覚えた後、私達は周囲に吹き飛ばされてしまう。
「くっ……アシック……」
せめて、遠くまで逃げていてくれ……それを最後に、私は意識を失った。
◇
(父上達は無事なんだろうか……)
ユミィとリリア先生を連れて屋敷を飛び出した俺は、ひたすらに走りながらそんな事を考えていた。父上の事だし、大事にならないとは思いたいけど……。
そうして俺達が急いで走る中、街への道が見えてきた。すると、リリア先生が少し息を切らせながら声を上げる。
「街ですね……しかし、このまま逃げて街の中まで追って来たりしないでしょうか……?」
「僕もそれが気になっていたのですが……父上が街の方に逃げるよう言っていましたし、大丈夫だと思いたいところですけど……」
「ん……? おっと! 聞き覚えのある声だと思ったら、アシック様じゃないですか」
「ガットさん……」
街へと続く道を必死に走っていると、見たことのある人物が立っていた。『森神様』の噂を教えてくれた商人のクラック・ガットさんだ。
隣には俺達と同じくらいの年齢の女子が居るが、恐らく例の娘だろう。
ガットさんは息を切らす俺達の様子に首を傾げると、ユミィとリリア先生を見て驚いた様子で声を上げた。
「って、ありゃ!? ちょっと待って下さい……そ、その髪、もしや噂の『黒髪の魔女』!? そ、それに、そっちのお嬢さんの髪の色……まさか―」
「ガットさん、彼女の事は黙っていてもらえませんか? それよりも、今は大変な事になっているので……」
ユミィが『忌み子』である事を周囲に知られるわけにはいかない。とはいえ、あのまま屋敷に居るわけにもいかなかった。
俺が必死に声を上げると、ガットさんは一瞬の驚きの後、いかつい体格によく似合う笑みを返してくれる。
「……なるほど、こいつは何か事情がおありのご様子だ。任せて下さいよ、アシック様。うちら商人は、口の固さだけで商売しているようなもんですからね。お客様のプライベート……ましてや、お得意様のアシック様達の頼み事なら墓場まで持って行きますよ」
「ガットさん……ありがとうございます」
「それより、そんなに息を切らせてどうしたんですかい? もしや、さっき話してた大変な事ってのと何か関係が? 」
「実は……ついさっき、『分家』の屋敷に『森神様』が現れたんです」
「な、何ですって!?」
俺の言葉に、ガットさんは顔を青ざめさせる。
そんなガットさんに状況を伝える為、混乱しそうな頭でどうにか冷静さを保ちつつ話を続けていく。
「今は父上や作戦を練る為に集まっていた人達がどうにか足止めしてくれていて、衛兵も呼んでいるそうですが……あまりにも急な襲撃だった為、準備も出来ていませんし、対処が出来るかどうか……なので、街の人達に避難するように伝えないと」
「そ、そいつは大変だ! くそ! 衛兵周りの連中が騒がしいと思ったら、それが原因か……! レイリー! うちに戻ってお母さんと一緒に家に入ってろ!」
「う、うん……! お、お父さんは……?」
「俺はまだ話がいってない連中に声を掛けてから戻る! 転ぶんじゃねぇぞ!」
「わ、分かった!」
「すいません……アシック様の前だってのに、忙しくて娘の紹介も出来ないで……」
「いえ、今度ゆっくりと紹介して下さい。それより、ここは危険です! もし、屋敷を抜けたら今度はこっちに来る可能性も―」
そうして、俺がそこまで口にした時だった。
「グオオオオォォォォォルルルルルルルル!」
奇妙な鳴き声と共に、俺達の前に巨大な猪―『森神様』が姿を現した。
我ながら情けない。
今生の別れというわけでも無いというのに、こういう時に優しく言葉を掛けるものではなかった。これでは、かえってアシックにつらい思いをさせただけではないか。
とはいえ、後悔している時間はない。
「ググゥゥゥゥウウウウ! ググググウウウウウウ!」
「……間違っても、このようなものを神などと呼びたくはないものだ」
鼻息を荒くし、血走った目はただ正面を見ている。
正面……それは我々の方ではなく、アシック達の方だ。
「まったく……我々など文字通り眼中に無い、という事か」
獣を相手に自嘲気味にそう口にすると、周りに集まった者達が唾を飲み込むのが分かった。こんな時もあろうかと、予め編成を組んでいたのが幸いだった。
今日まさに目の前に居る『森神様』の対策を講じる為に集まったというのに、残念な事にいきなり実戦だ。これが笑わずにいられるだろうか?
「レナルド様! 魔法の準備が完了しました!」
「ああ……」
全員が『森神様』の前で手を構える。
そして、私もそれにならい、不安定ではあるものの他の者達と共に風の中級魔法を唱えた。
「「「風よ舞え、我が力となって嵐の如吹き荒れろ―ウインドブラスト!」」」
魔法が収束し、一直線に『森神様』へと向かう。
しかし―
「効かない……だと!?」
『森神様』に向けて放った魔法が霧散し、私は言葉を失ってしまう。
同様に、他の者達も恐ろしいものを前にしたかのように怯みを見せてしまっていた……これはまずい。
「グオオオオオオオオオオオ!」
「ぐっ……!」
「うわあああああああ!」
そんな私達の隙を付くように、『森神様』は一直線に私達へと突進してくる。まるで壁がぶつかってくるような感覚を覚えた後、私達は周囲に吹き飛ばされてしまう。
「くっ……アシック……」
せめて、遠くまで逃げていてくれ……それを最後に、私は意識を失った。
◇
(父上達は無事なんだろうか……)
ユミィとリリア先生を連れて屋敷を飛び出した俺は、ひたすらに走りながらそんな事を考えていた。父上の事だし、大事にならないとは思いたいけど……。
そうして俺達が急いで走る中、街への道が見えてきた。すると、リリア先生が少し息を切らせながら声を上げる。
「街ですね……しかし、このまま逃げて街の中まで追って来たりしないでしょうか……?」
「僕もそれが気になっていたのですが……父上が街の方に逃げるよう言っていましたし、大丈夫だと思いたいところですけど……」
「ん……? おっと! 聞き覚えのある声だと思ったら、アシック様じゃないですか」
「ガットさん……」
街へと続く道を必死に走っていると、見たことのある人物が立っていた。『森神様』の噂を教えてくれた商人のクラック・ガットさんだ。
隣には俺達と同じくらいの年齢の女子が居るが、恐らく例の娘だろう。
ガットさんは息を切らす俺達の様子に首を傾げると、ユミィとリリア先生を見て驚いた様子で声を上げた。
「って、ありゃ!? ちょっと待って下さい……そ、その髪、もしや噂の『黒髪の魔女』!? そ、それに、そっちのお嬢さんの髪の色……まさか―」
「ガットさん、彼女の事は黙っていてもらえませんか? それよりも、今は大変な事になっているので……」
ユミィが『忌み子』である事を周囲に知られるわけにはいかない。とはいえ、あのまま屋敷に居るわけにもいかなかった。
俺が必死に声を上げると、ガットさんは一瞬の驚きの後、いかつい体格によく似合う笑みを返してくれる。
「……なるほど、こいつは何か事情がおありのご様子だ。任せて下さいよ、アシック様。うちら商人は、口の固さだけで商売しているようなもんですからね。お客様のプライベート……ましてや、お得意様のアシック様達の頼み事なら墓場まで持って行きますよ」
「ガットさん……ありがとうございます」
「それより、そんなに息を切らせてどうしたんですかい? もしや、さっき話してた大変な事ってのと何か関係が? 」
「実は……ついさっき、『分家』の屋敷に『森神様』が現れたんです」
「な、何ですって!?」
俺の言葉に、ガットさんは顔を青ざめさせる。
そんなガットさんに状況を伝える為、混乱しそうな頭でどうにか冷静さを保ちつつ話を続けていく。
「今は父上や作戦を練る為に集まっていた人達がどうにか足止めしてくれていて、衛兵も呼んでいるそうですが……あまりにも急な襲撃だった為、準備も出来ていませんし、対処が出来るかどうか……なので、街の人達に避難するように伝えないと」
「そ、そいつは大変だ! くそ! 衛兵周りの連中が騒がしいと思ったら、それが原因か……! レイリー! うちに戻ってお母さんと一緒に家に入ってろ!」
「う、うん……! お、お父さんは……?」
「俺はまだ話がいってない連中に声を掛けてから戻る! 転ぶんじゃねぇぞ!」
「わ、分かった!」
「すいません……アシック様の前だってのに、忙しくて娘の紹介も出来ないで……」
「いえ、今度ゆっくりと紹介して下さい。それより、ここは危険です! もし、屋敷を抜けたら今度はこっちに来る可能性も―」
そうして、俺がそこまで口にした時だった。
「グオオオオォォォォォルルルルルルルル!」
奇妙な鳴き声と共に、俺達の前に巨大な猪―『森神様』が姿を現した。
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