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第19話 プロローグ

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 魔法を使うことが出来なかった『本家』の長女ユミィ・ユーグに魔法を教え、その成果として俺―アシック・ユーグとユミィに師匠を付けてもらえることになった。

 その師匠は―『黒髪の魔女』。

 本来なら俺に付けようとしていた師匠だったそうだが、『本家』の当主様が危機感を抱いて無理矢理それをキャンセル。結果として、俺は一度も会うこともないまま、その存在を知ることすらなかったわけだ。

 今日はその師匠との面会日ということで、俺は父上と母上と共に朝食の席につきながら口の中のものを咀嚼し終えた後に一呼吸置く。

 貴族として、食事の最中の礼儀作法も気を緩めてはならない。これも、父上や母上から教わっていることだ。

 そして、俺はそれを守りながら父上へと言葉を投げ掛けた。

「父上。一つお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」

「どうした?」

「何故、父上は僕に本当のことを黙っていたのですか?」

「黙っていた? 何の話だ?」

「ユミィ様が追放されるというお話についてです。当主様は最初からユミィ様を追放される気はなかったとのことですが……私が父上にユミィ様のことを尋ねた時、ユミィ様はやがて他の貴族に嫁がされ、その結果『ユーグ家』から追放されると話してくれました。ですが、実際は違っていた……しかし、あの時の当主様との会話を聞く限り、父上は全てご存知のようでした。だとすれば、何故わざわざ僕にそのようなウソをお伝えしたのか気になったのです」

 そんな俺の質問に対し、父上はしばし目を瞑りながら考え込むように顎をさすってみせる。

 俺と母上がそんな父上が言葉を発するのを見守る中―しかし、父上が口にしたことはあまりにもあっけないものだった。

「なに、大したことではない。その方がお前が彼女に魔法を教える際に熱が入ると思ってな」

「熱が入る……ですか? つまり、父上は僕が彼女に魔法を教えるのに夢中になるよう仕向けたということでしょうか?」

「はっはっは、そう人聞きの悪いことを言うな。あくまでも、息子を応援したい父の気遣いのようなものだと思ってくれ。まあ、おかげでユミィ様もお前に懐いてくれたようだし、効果はあったようじゃないか」

 ……うん、やっぱり父上は当主様の言う通り食えない人だよ。

 実の息子に堂々とそんなことを言ってのける父上が、確かに一人でこの領地を管理するだけの器があることを再認識したよね。

 魔力だけが全てではないことを教えてくれた父上に、改めて尊敬と呆れの両方を合わせた不思議な感情を抱いていると、そんな父上につられて笑っていた母上から声を向けられる。

「この人は昔からこういうところがあるのよ。でも、アシックには見習って欲しくないわよね。こんな人、そうそう居られても困るもの」

「はっはっは、酷い言われようだな。私としては息子思いの父として尊敬されたいものだよ」

 笑顔で嫌味交じりに母上から言われても、爽やかにそう言ってのける父上はやはりすごい器量を持っていると思う。そんな父上の方に視線を向けながら、俺は率直な感想を口にする。

「もちろん、父上のことは尊敬しております。僕の行動や当主様のことを先に見据えた目をお持ちになっていることは素晴らしいと思いますし、僕も見習わなければならないと思っておりました。ただ……今回の件ではお嬢様が余計に気負い過ぎてしまっていたので、そこはご遠慮して頂ければと思いますが」


「そうだな、そこについては謝罪しよう……すまなかった。だが、どのみち他の貴族からすれば、彼女の存在は嘲笑の的でしかなく、我々が彼女の処遇について悩んでいたことも事実だ。しかし、それもアシックのおかげで新しい人生を見出せたのだ。こればかりは例え当主様が認めなくても、父として誇りに思っているよ。もっとも、結果として当主様もお前を認めてくれたがな」

 そう言って父上は微笑みを俺へと向けてくれる。

 時に厳しくもある人だが、客観的に見て褒めるべき点を見定め、そういったところはきちんと褒めてくれる……俺からすれば、多少意地の悪いところはあるものの、やはり父上こそ尊敬する相手であることに違いはない。

 そんな父上は表情を引き締めると、今日一番のイベント……魔法の師匠についての話へと話題を変えてきた。

「ともあれ、今日はお前達の師匠との初めての顔合わせだ。前にも話したが、相手は『黒髪の魔女』と呼ばれているとても有名なお方だ。聞いた限りでは、彼女を凌ぐ魔力を持った者はそう多くないと聞く」
「『黒髪の魔女』……この大陸で黒い髪を持った方をお見掛けしたことはありませんでしたが、他の大陸から来た方なのですか?」

「いや、詳細は分からないが彼女はこの大陸の出身だそうだ。お前の言う通り、この大陸では我々を始め、髪は金に近い色が大半を占めている。ユミィ様のような例外は居るものの、黒い髪を持った者は彼女以外に聞いたことがない」

「だからこそ、彼女が『黒髪の魔女』と呼ばれているんですね」

「そういうことだ。そして、その名前が巷で広まっている通り、彼女の実力も相当なものだ。現に彼女は平民出身の身でありながら、『宮廷魔導士』を務めてもいるのだからな」

「『宮廷魔導士』を……?」

 『宮廷魔導士』―数ある称号の中でも、その称号は桁違いの意味を持っている。

 その名の通り、王族直属の魔法使いである証で、大陸の中でもっとも優秀な魔法使いを王族がスカウトして入ることができるものであり、なろうと思ってそう簡単になれるものではない。

(そんな相手から魔法を教えてもらえるのか……)

 もちろん、魔導書は今も俺に新しい知識を取り入れてくれる。だが、そこに『宮廷魔導士』の知識も加われば……今までとは桁違いの成長が出来るかもしれない。

 そんな現実につい気分が高揚していると、父上が気を遣いながら声を投げ掛けてきてくれる。

「やはり緊張しているか?」

 探るような父上の言葉に俺はゆっくりと首を横に振る。
 実際、緊張というよりはワクワクとした高揚感がおさまらないくらいだった。だから俺は、そんな気持ちを隠すことなく父上へと言葉を返す。

「いえ、むしろ今から楽しみで仕方がありません。当主様から許可を頂いてからというもの、今日まで本当にこの日を楽しみにしていたのです。まして、それが『宮廷魔導士』というすごい立場に身を置くような方に見て頂けるとお聞きして、より一層その気持ちが強まりました」

「はっはっは、それでこそ私の息子だ。それほどの器量を持っているのなら、私の後を継ぎ、この地を統治するのもそう遠くないかもしれんな」

 冗談交じりにそう口にする父上だったが、どこかそこには本音が混じっているのが俺にも分かった。そんな父上の言葉に、母上はムッとした顔をしてみせると、少し怒ったような口調を返していた。

「何を言っているんですか。アシックはまだ学校にも通っていないんですよ? 子供は学校に通って伸び伸びと青春を謳歌するべきです。ここを任せるにしても、学校などを経験して、きちんと大人になってからでないと私は認めませんからね?」

「はっはっは、何も本気で今すぐにアシックに任せようなどとは思っていないさ。そんなに私は薄情に見えるかい?」

「見えます。少なくとも、私を置いてアシックを連れ回すような人ですもの」

「はっはっは、子煩悩なのも考えものだな。そうは思わないか、アシック?」

「ははは……」

 いや、そこで俺に振られても……母上の機嫌を損ねるのは嫌だし。
 父上も分かっててやってるよな、絶対。とはいえ、もう俺もそこまで子供じゃないし、とりあえず無難な感じで流しておくことにした。

「父上だけでなく、母上のおかげでここまで成長出来たのです。父上と同じように母上のことも尊敬していますよ」

「アシック……こんな良い子に育って……母は嬉しいですよ」

「ああ、本当にアシックは素晴らしい子だ」

 朗らかな家族の時間。

 そんな中、使用人の一人が他の使用人から言伝を聞いた後、父上を呼び止めた。

「旦那様、失礼いたします」

「ん? ……ふむ、そうだな。確かに、そろそろ出た方が良い頃かもしれんな」

 どうやら、使用人が時間を知らせてくれたようだ。

 父上が軽く顔を引き締めたのを確認した俺は、同じように顔を引き締めながら父上へと言葉を向ける。

「師匠との待ち合わせの時間ですか?」

「ああ、そのようだ。すまない、ミーファ。少しばかりアシックを借りるぞ」

「……仕方ありませんね。遅くならないうちに帰ってきて下さいよ?」
「ああ、もちろんだとも」

 少しふくれっ面を返す母上に父上は軽く頬にキスすると、大人の雰囲気を醸し出しながら母上を宥めていた。

 小さい頃から見ていたとはいえ、子供の俺からしたら少し恥ずかしくもあるが、それが二人の関係を表しているわけだし、ある意味見習うべき点なのかもしれない。

 そんな俺に父上は視線を向けると、再び食事の席へと戻って俺に確認するように言葉を向けてくる。

「では……アシック。食事を終えた後、すぐにここを出る。良いな?」

「はい」

 そうして俺と父上は残りの食事を軽く済ませ、ゆっくりと席を立つ。『黒髪の魔女』……一体、どんな人なんだろう。

 そんなワクワクした気持ちを抑えながら、俺は食堂を後にしたのだった。
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