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第8話
5・無駄の極み
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これは予想外だ。
失恋が確定している恋なんて、まさに無駄の極み。
なのに、さらに好きになってしまった。できることなら、きっぱりすっぱりあきらめてしまいたかったのに。
家に帰るなり、私はベッドに突っ伏した。制服のままだから、スカートがしわになってしまうかも。でも、そんなのどうだっていい。今の私は、いわゆる「自暴自棄」ってやつなのだ。
けれども、ふてくされていられたのは、ほんの5分ほど。
例によって例のごとく、遠慮を知らないお姉ちゃんがノックもしないで部屋のドアを開けたのだ。
「聞いてよ、トモ! 遠野のやつ、カノジョいるんだって!」
え、呼び捨て?
一昨日まで「遠野くん」って呼んでなかった?
「あいつ、別の中学の子と付き合ってるんだって。ほんとあり得ない。やっぱ、年下はダメだわ」
ひと息にそうまくしたてると、お姉ちゃんはドカリと椅子に腰を下ろした。
もうさ、こういうの何回目だろう。いい加減うんざりなんだけど。
「懲りないね」
ぐちゃぐちゃな今の心境も手伝って、いつもよりも辛辣な声が出た。
「お姉ちゃん、あと3ヶ月で受験でしょ。そろそろ勉強のことだけを考えなよ」
「それができたら苦労しないっての!」
いや、できるでしょ──とは、さすがに言えない。「恋」が思いどおりにはならないことを、今の私は身をもって知っている。
「じゃあさ、せめてもう少しゆっくり恋をしたら?」
「は? なにそれ」
「だからさ……」
お姉ちゃんって、誰かを好きになるとすぐ相手にぶつかっていっちゃうでしょ。いきなり接近して、勢いのまま「好きです」って伝えて──それじゃ、失恋するのも当然じゃん。
「告白するなら、もっとちゃんと時間をかけなよ。まずは好きになってもらえるように作戦をたてて、『勝算ありそう』ってなってから実行するとかさ」
「えー無理でしょ。好きになったら、さっさと『好き』って言いたくなるじゃん」
そんなことないよ。少なくとも私は「うまくいく」って確信をもてないかぎり、相手に伝えようとは思わない。
間中くんが「後夜祭で告白する」って言い出したときも、最初は反対したくらいだし。
「前々から思ってたけどさ、お姉ちゃんはあさはかなんだよ。うまくいくって自信を持てるまで、『好き』って気持ちは心のなかにしまっておけば?」
そうすれば無駄に傷ついたりしない。フラれるたびに文句ばかり言って、八つ当たりすることもなくなるんじゃないの?
私の指摘に、お姉ちゃんは不満そうな顔を見せた。
「じゃあ、ずっと自信をもてなかったら?」
「……え」
「その場合は、我慢してずーっと黙っていろってわけ?」
「それは……」
まあ、そういうことになるのかな。
たとえば今の私の「恋」とか、どう考えてもうまくいきそうにないから、これからも伝える機会なんてなさそうだし。
「じゃあ、消えるね」
お姉ちゃんは、すっと目を細めた。
「恋なんて、伝えなきゃ自分のなかで消えていくだけだよ。どんなに一生懸命『好き好き大好き』って思ったところで、伝えなければ何も残んない」
それこそ意味ないじゃん、とお姉ちゃんは薄く笑う。
その態度にカチンときた。
そりゃ、現在私は絶賛片思い中で、自分でも認めたくないくらい「無駄の極み」って状態だけど。
それを他人に指摘されるのは腹立たしい。
いや、お姉ちゃんとしてはそんなつもりはないのかもしれないけれど──
「そんなのわかんないじゃん。何かしら残るかもしれないじゃん」
「へぇ、何かしらって?」
「たとえば、ええと……思い出とか……」
「それ、自分のなかだけじゃん。相手の心には何も残らないじゃん」
そうだけど……そうかもしれないけど……
「そんなの嫌。私は、私が好きだったことを相手にもちゃんと知ってほしい」
「知ってもらって何になるの?」
「知らないよ、そんなの。ただ、知られないのは悔しいだけ。恋して嬉しかったことも苦しかったことも、ぜんぶ私のなかだけで終わっちゃうなんて、なんかめちゃくちゃムカつくじゃん」
なに、その無茶苦茶な主張。さすがに身勝手すぎない?
なのに、私は反論できない。
だって、ちょっとだけ「わかる」って思ってしまったから。
私の恋は、気づいた瞬間に「失恋」が確定してしまって──それからも傷ついたり迷ったりして、一昨日なんて恥ずかしくなるくらい大泣きした。
それなのに、間中くんは何も知らない。彼の頭のなかは結麻ちゃんとサッカーのことでいっぱいで、私のためのスペースは今のところこれっぽっちも存在していないんだ。
なるほど、それは悔しい。
ちょっと──ううん、かなり悔しいかもしれない。
黙り込んだ私を見て、お姉ちゃんはにやりと笑った。
「あんたさ、一度告白してみれば?」
「えっ……」
「好きな子いるんでしょ。だったら告白してみなって」
いや、けど──
「100%、フラれるのに? 下手すれば気まずくなるだけなのに?」
「いいじゃん、そのときはそのときだよ」
お姉ちゃんは、あっけらかんと答えた。
「気まずくなったら離れれば? 好きなの隠してそばにいるより、よっぽどすっきりするって」
それにさ、とお姉ちゃんは笑った。
「もしかしたら、相手の心に傷痕くらい残せるかもよ。ほら、なんだっけ──『一矢報いてやった』的な?」
失恋が確定している恋なんて、まさに無駄の極み。
なのに、さらに好きになってしまった。できることなら、きっぱりすっぱりあきらめてしまいたかったのに。
家に帰るなり、私はベッドに突っ伏した。制服のままだから、スカートがしわになってしまうかも。でも、そんなのどうだっていい。今の私は、いわゆる「自暴自棄」ってやつなのだ。
けれども、ふてくされていられたのは、ほんの5分ほど。
例によって例のごとく、遠慮を知らないお姉ちゃんがノックもしないで部屋のドアを開けたのだ。
「聞いてよ、トモ! 遠野のやつ、カノジョいるんだって!」
え、呼び捨て?
一昨日まで「遠野くん」って呼んでなかった?
「あいつ、別の中学の子と付き合ってるんだって。ほんとあり得ない。やっぱ、年下はダメだわ」
ひと息にそうまくしたてると、お姉ちゃんはドカリと椅子に腰を下ろした。
もうさ、こういうの何回目だろう。いい加減うんざりなんだけど。
「懲りないね」
ぐちゃぐちゃな今の心境も手伝って、いつもよりも辛辣な声が出た。
「お姉ちゃん、あと3ヶ月で受験でしょ。そろそろ勉強のことだけを考えなよ」
「それができたら苦労しないっての!」
いや、できるでしょ──とは、さすがに言えない。「恋」が思いどおりにはならないことを、今の私は身をもって知っている。
「じゃあさ、せめてもう少しゆっくり恋をしたら?」
「は? なにそれ」
「だからさ……」
お姉ちゃんって、誰かを好きになるとすぐ相手にぶつかっていっちゃうでしょ。いきなり接近して、勢いのまま「好きです」って伝えて──それじゃ、失恋するのも当然じゃん。
「告白するなら、もっとちゃんと時間をかけなよ。まずは好きになってもらえるように作戦をたてて、『勝算ありそう』ってなってから実行するとかさ」
「えー無理でしょ。好きになったら、さっさと『好き』って言いたくなるじゃん」
そんなことないよ。少なくとも私は「うまくいく」って確信をもてないかぎり、相手に伝えようとは思わない。
間中くんが「後夜祭で告白する」って言い出したときも、最初は反対したくらいだし。
「前々から思ってたけどさ、お姉ちゃんはあさはかなんだよ。うまくいくって自信を持てるまで、『好き』って気持ちは心のなかにしまっておけば?」
そうすれば無駄に傷ついたりしない。フラれるたびに文句ばかり言って、八つ当たりすることもなくなるんじゃないの?
私の指摘に、お姉ちゃんは不満そうな顔を見せた。
「じゃあ、ずっと自信をもてなかったら?」
「……え」
「その場合は、我慢してずーっと黙っていろってわけ?」
「それは……」
まあ、そういうことになるのかな。
たとえば今の私の「恋」とか、どう考えてもうまくいきそうにないから、これからも伝える機会なんてなさそうだし。
「じゃあ、消えるね」
お姉ちゃんは、すっと目を細めた。
「恋なんて、伝えなきゃ自分のなかで消えていくだけだよ。どんなに一生懸命『好き好き大好き』って思ったところで、伝えなければ何も残んない」
それこそ意味ないじゃん、とお姉ちゃんは薄く笑う。
その態度にカチンときた。
そりゃ、現在私は絶賛片思い中で、自分でも認めたくないくらい「無駄の極み」って状態だけど。
それを他人に指摘されるのは腹立たしい。
いや、お姉ちゃんとしてはそんなつもりはないのかもしれないけれど──
「そんなのわかんないじゃん。何かしら残るかもしれないじゃん」
「へぇ、何かしらって?」
「たとえば、ええと……思い出とか……」
「それ、自分のなかだけじゃん。相手の心には何も残らないじゃん」
そうだけど……そうかもしれないけど……
「そんなの嫌。私は、私が好きだったことを相手にもちゃんと知ってほしい」
「知ってもらって何になるの?」
「知らないよ、そんなの。ただ、知られないのは悔しいだけ。恋して嬉しかったことも苦しかったことも、ぜんぶ私のなかだけで終わっちゃうなんて、なんかめちゃくちゃムカつくじゃん」
なに、その無茶苦茶な主張。さすがに身勝手すぎない?
なのに、私は反論できない。
だって、ちょっとだけ「わかる」って思ってしまったから。
私の恋は、気づいた瞬間に「失恋」が確定してしまって──それからも傷ついたり迷ったりして、一昨日なんて恥ずかしくなるくらい大泣きした。
それなのに、間中くんは何も知らない。彼の頭のなかは結麻ちゃんとサッカーのことでいっぱいで、私のためのスペースは今のところこれっぽっちも存在していないんだ。
なるほど、それは悔しい。
ちょっと──ううん、かなり悔しいかもしれない。
黙り込んだ私を見て、お姉ちゃんはにやりと笑った。
「あんたさ、一度告白してみれば?」
「えっ……」
「好きな子いるんでしょ。だったら告白してみなって」
いや、けど──
「100%、フラれるのに? 下手すれば気まずくなるだけなのに?」
「いいじゃん、そのときはそのときだよ」
お姉ちゃんは、あっけらかんと答えた。
「気まずくなったら離れれば? 好きなの隠してそばにいるより、よっぽどすっきりするって」
それにさ、とお姉ちゃんは笑った。
「もしかしたら、相手の心に傷痕くらい残せるかもよ。ほら、なんだっけ──『一矢報いてやった』的な?」
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