たかが、恋

水野七緒

文字の大きさ
上 下
63 / 76
第6話

7・後夜祭の作戦

しおりを挟む
「それ! 俺もすっかり忘れていたんだけどさ」

 いつもの書庫で、間中くんはどすんと床に直座じかずわりした。

「俺ら、決勝まで進むと文化祭にほとんど出られねーの」
「『ほとんど』? 全部じゃなくて?」
「たしか、1日目は途中まで出られんの。移動するの夕方だから、開会式と合唱コンクールは参加できるって」
「日曜日は?」
「最後のほうにギリギリ間に合うくらい。後夜祭は大丈夫だって!」
「……そっか」

 じゃあ、作戦変更は考えなくていいのかな。
 まあ、まだ決勝戦に進めるかわかんないけど。

「大丈夫。次もその次も絶対に勝つ!」

 そうなの? うちの学校、そんなに強かったっけ?
 そう訊ねたら、間中くんは「信じられない」と言わんばかりに目をみひらいた。

「うち! 夏の大会準優勝!」
「夏って……県大会の?」
「そう! まぁ、全国には行けなかったけどさ」

 ごめん、興味ないからぜんぜん知らなかった。
 そっか……そんな強いチームで、間中くんはスタメンなんだね。

「けどさ、俺、文化祭もすっげー楽しみにしてたんだよなぁ。うまいもん食いたかったし、山ちゃんが出る演劇も観たかったし」
「そんなの、来年好きなだけ楽しめばいいでしょ」

 私たちはまだ1年生だ。今年はダメでも、来年再来年がある。
 なのに、間中くんは膝を抱えて首を振った。

「来年だと、池沢先輩いないじゃん」

 それは──そうだけど。

「池沢先輩んとこのおばけ屋敷、俺も行きたかった。吹奏楽部の演奏も聞きたかった」

 気持ちは、わからなくはない。
 私だって同じだ。

(私だって、間中くんとクラス展示の受付当番をやりたかったよ)

 うちのクラスは「学校の歴史」を模造紙に書いて展示するだけなんだけど、当日は受付当番を1時間ごとに2人ずつ置くことになっている。
 私の当番は、日曜日の10時~11時。そのときのペアが間中くんだったら、きっと退屈しないのになぁって思っちゃう。

(でも、間中くんはそうじゃないんだよね)

 間中くんの頭のなかは、サッカーと結麻ちゃんのことでいっぱい。
 知ってたけど。そんなの重々承知ってやつだけど、ちょっとだけ胸が重たかったりして。

「とりあえず、今は後夜祭の作戦を練ろうよ」

 心のモヤモヤを振り払うように、私はいつもの作戦ノートを開いた。

「当日だけどさ、結麻ちゃん、他にも呼出される可能性あると思うんだ」
「えっ、なんで!?」
「なんでも何も、結麻ちゃんに告白したい男子なんて他にもいっぱいいるでしょ」

 こんなの誰でも気付きそうなことなのに、間中くんは「たしかに!」って感心したように目を丸くしている。
 ほんと、私っていうアドバイザーがいてよかったよね。間中くんひとりで実行に移そうとしていたら、後夜祭当日、結麻ちゃんに会うことすらできずに終わっていたよ?

「それで、考えたんだけどさ。『いとこ特権』を使おうと思って」
「いとこ特権? なにそれ、どういうの?」
「結麻ちゃんってみんなに優しいけど、私やお姉ちゃんには特別に優しいんだ。だから、まずは私から『後夜祭のときに時間をちょうだい』って頼むの。それも30分くらい。で、他の人とは会えないようにして──」

 あれこれ説明しているうちに、胸のモヤモヤも少しずつ晴れてゆく。
 そうだ、これでいい。協力するって決めたんだから、こういう態度こそが正解だ。
 そこに、私の想いとか本音を混ぜたらダメ。
 今は、後夜祭の作戦のことだけを考えなくちゃ。
しおりを挟む

処理中です...