たかが、恋

水野七緒

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第1話

3・恋愛モンスター

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「ありえない、ありえない! ふられたぁっ」
「……」
「今度こそうまくいくと思ってたのに!」

 私の部屋に勝手にあがりこんで、恨み声をあげているこの人──名前をじま真里まりという。
 あまり認めたくないけど、私のお姉ちゃん。
 ほんと迷惑。早く自分の部屋に戻ってほしい。

「ねえ、友香もおかしいと思うでしょ? 2回だよ? 1ヶ月で2回もフラれたんだよ?」

 それは、お姉ちゃんが惚れっぽすぎるからでは?

「授業中、何度も目があったし」

 それは、お姉ちゃんがガン見していたからでは?

「『消しゴム貸して』って頼んだら、すぐに貸してくれたし」

 消しゴムくらい誰にでも貸すのでは?

「占いでも、天秤座と射手座で相性サイコーだったし!」

 そんな非科学的なものを信じるの、いい加減やめなよ。

「ねえ、とも聞いてる!?」
「聞いてる。ついでに『受験生なんだからもっと勉強すればいいのに』って思ってる」
「勉強なんてどうだっていいじゃん!」

 お姉ちゃんは、ベッドの上で足をバタつかせた。

「恋だよ、恋! 恋より大事なものなんてないじゃん!」
「それはお姉ちゃんの考え。私には関係ない」
「なんで? 他に大事なものってある?」
「あるよ」

 勉強とか読書とか、将来の夢とか、世界平和──は、さすがに大げさだけど、恋愛よりたいせつなものなんて、少し考えただけでいくらでも挙げられる。
 なのに、お姉ちゃんは「でたよ、優等生」と私のことを鼻先で笑った。

「まあ、仕方ないか。あんた、初恋もまだだもんね」

 ──また始まった。お姉ちゃん、すぐにこうやって自分が優位に立とうとするところがあるよね。

「それがなに? 恋することのどこがえらいの?」
「えらいんじゃなくてふつうなの。みんな、それくらいとっくに済ませてんの。つまり……」

 これでもかってくらい、お姉ちゃんはふんぞりかえった。

「あんたは異常。だからクラスでも浮いてる」
「……」
「かわいそー。ほんとかわいそー」

 さすがに、これにはカチンときた。
 だって、私がクラスで浮いているのは、自分がそう望んだことの結果だ。
 気の合わない子と無理に仲良くしたくない。
 だったらひとりで好きなだけ本を読んでいたい。
 つまり「クラスで浮くこと」を、自分で選んだのだ。
 なのに、なんで「かわいそう」だなんて勝手に決めつけられないといけないのだ。

「かわいそうなのはお姉ちゃんだよ」
「……は?」
「フラれてばかりのくせに、また同じパターンでフラれるの、学習能力なさすぎ。かわいそうすぎ」
「かわいそうじゃないし! 好きな人がいるだけ、あんたよりマシだし!」
「なにその『好きな子がいるほうがエライ』的な理論」

 むしろ、好きな子がいる人たちって迷惑かけまくりなんですけど。
 図書室でぺちゃくちゃ悩み相談したり、すぐに泣き出したり、勝手な噂を広めたり。
 今だってそうだ。私は、今日の宿題と明日の授業の予習をしたい。それが終わったら、大好きな小説を読みふけりたい。
 なのに、さっきから邪魔しているのはお姉ちゃんだ。勝手に部屋にあがりこんで、人のベッドをぐちゃぐちゃにして、大声で不平不満を口にして、挙げ句の果てに私のことをバカにして、ここが図書室だったら一発退場レッドカードものだ。

「あのさ、この際だからはっきり言うけど」

 あまりにも腹が立ったせいか、男子並みに声が低くなった。

「お姉ちゃんのやってること、無駄だから。将来なんの役にも立たないから」

 たとえば、私は今すごく勉強をがんばっている。
 なぜなら「勉強」は裏切らないから。今がんばることで、いい高校・いい大学に進学できるし、いい会社にも就職できるから。

「でも『恋愛』は違うよね。今、がんばったところで『結婚』まではできないじゃん」
「……は? なんで結婚?」
「恋愛のゴールだからに決まってるでしょ」

 でも、中学時代から付き合って「結婚しました」なんて話、滅多に聞かない。
 当然だ、みんな大人になる前に別れるからだ。
 だったら意味がない。恋愛なんて、もっと大人になってからでいい。
 それよりも今は、もっと確実に「役に立つ」とわかっていることに力を注ぐべきでは?
 そう口にしかけたところで、部屋のドアが控えめにノックされた。

真里まりちゃん、トモちゃん、入ってもいい?」
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