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第2話

6・人たらし(その3)

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 不意打ちすぎるその行為に、思わず「ひっ」と声が出た。

「は、離れてください!」
「なんで?」
「距離感バグりすぎでしょう!」

 ふつうの友人同士ではあり得ない。あまりにも密着度が高すぎる。
 俺の抗議に、ナツさんは「えー」と不満そうな声をあげた。

「これくらい誰でもやってるじゃん」
「やりません」
「俺と青野はよくやってたけどぉ?」
「それは、ふたりが付き合っているからでしょう」

 俺とナツさんは違う。偽装とはいえ、俺はあくまで「ナツさんの妹の彼氏」なのだ。

「なので、こういうのは困ります」
「えー」
「そんな顔をしてもダメです!」

 可愛いけど。
 いや、可愛すぎるからこそ。

「本当に、本っっ当に困ります!」

 まだ理性が残っているうちに、なんとか俺はナツさんを引き剥がそうとする。
 対するナツさんは、半ば意地になっているのか「いいじゃん、腕組みくらい」とこれまた必死にしがみついてくる。
 通学路ど真ん中での攻防戦。同じ制服を着た生徒たちが、何事かというようにジロジロとこっちを見ている。
 最終的に、俺たちはがっつり手を組んだ状態での押し合いへしあいになった。こうなると、体格のいい俺のほうが俄然有利だ。
 そのことにナツさんも気づいたのか「わかった、わかったから!」と早々にギブアップしてきた。

「納得してくれましたか?」
「した!」

 よし、これで俺の勝利──

「じゃあ、オレと付き合おう!」

 ──ハイ?

「オレと付き合えば、ぜんぶ解決じゃん! 腕組んでもいいしキスしてもいいし、パンケーキもコロッケもおごってもらえて、なによりセッ──」
「ナツさん!」

 さすがに、最後の一言はさえぎった。いや、本当はその前の「おごる」云々のあたりから抗議したかったけど。

「ここ、路上ですよ!? なんてことを言うんです!」
「えーこれくらいふつう……」
「ふつうじゃありません!」

 そもそも──そもそも、だ。

「俺は星井と付き合っています。そのあたりのことはご存知ですよね?」
「知ってる。別れればいいじゃん」
「いや、そんな簡単に──」
「ナナセよりオレのことを好きになればいいじゃん。それで解決じゃね?」

 無茶苦茶だ。とんでもない主張だ。
 なのに心がグラグラする。
 だって、この人──外見だけは「夏樹さんそのまま」なのだ。
 これじゃ、まるで夏樹さんに告白されているみたいだ。「俺を好きになれ」って。「俺のことを選べ」って──

(ダメだ、だまされるな)

 この人は、夏樹さんじゃない。俺が好きになった「あの人」じゃない。
 冷静になるべく、俺は深く息を吐き出した。それから、ナツさんの肩をそっと押しやった。

「すみません、星井と別れることはできません」
「……どうしても?」
「はい。あなたに、恋をしていませんので」

 本当は星井にも恋していないけれど、そのことはお互いの秘密なので口にしない。そもそも、そんなことがバレたら絶対厄介なことになる。
 ナツさんは上目遣いで俺を見たあと「わかった」と呟いた。
 思っていたよりも物わかりのいいその反応に、俺は「えっ」と声をあげそうになった。それを寸でのところで飲み込んだのは、ナツさんが薄く笑っていたことに気づいたからだ。
 嫌な予感がした。
 しかも、困ったことに、こうした予感は得てして当たるものなのだ。
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