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第1話
19・夜も更けてきて…
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その日の食卓には、いつもの倍の量の唐揚げが大皿にこんもりと盛られた。
嘘だろ、母さん張り切りすぎ。たしかに唐揚げはうまいけど、さすがにこの量はないんじゃないか。
思わず胃を押さえた俺だけど、ナツさんは「うまそー!」と大はしゃぎして、それらをぺろりとたいらげてしまった。
「さすが男の子は食べっぷりがいいわね」
「そんなことないよ。オレ、普段はそんなに食べないもん」
「あら、そうなの?」
「そうなの。でも、おばちゃんの唐揚げは別! めちゃくちゃうまいから、ついいっぱい食べちゃう!」
ニカッと笑うナツさんに、俺はふたつの理由で戦慄を覚えた。
まず、ひとつめ。この人めちゃくちゃ痩せてるんだけど、どこにあの量の唐揚げが入ったんだろう。しかも、うちに来る前にパンケーキを食べて、黒糖ロイヤルミルクティーを2杯飲んでいたよな。もしやアレか? 胃袋が宇宙ってやつか? 夏樹さんもそこそこ食べる人ではあったけど、せいぜい平均並み。こんな大食漢ではなかったはずだ。
ふたつめ。さすがに人たらしが過ぎないか? うちの母さん、すっかりたらしこまれて「ナツくん、これも食べる?」なんて父さん用のプリンを出してきたんだけど。
たしかに、夏樹さんも人当たりがよかったけど、ここまでフレンドリーな人ではなかった。そもそも彼は気遣いやさんでもあったから、相手との距離感はわりと慎重にはかっていた印象だ。
一方、ナツさんは遠慮がない。自分からどんどん距離を詰めていくし、自分は「好かれて当然」「お願い事を聞いてもらって当然」と思っているようなフシがある。
そう、ある意味「図々しいタイプ」──なのにどこか憎めないのは、外見が夏樹さんそのままだからだろうか。
「ナツくん、お風呂も沸いてるわよ。行春、タオルを出してあげなさい」
「わかった」
空になった食器をシンクに運ぶと、俺はナツさんを風呂場に案内した。
洗面所に設置してある戸棚には、洗い立てのタオルが何枚も積んであった。そのなかでも、比較的新しいものを「ナツさん用」として引っ張り出す。
「バスタオルはこれです。フェイスタオルは1枚でいいですか?」
「いーよ」
答えるそばから、ナツさんはぽいぽいと制服を脱いでいく。
待って──待ってくれ!
俺は、慌ててナツさんから目を背けた。
「それじゃ、俺、部屋にいますんで!」
「えっ」
「あがったら2階に来てください! 右側の部屋です!」
「ちょっ……青野!?」
後ろ手にドアを閉めると、俺はまっすぐ自室に向かった。その際、何度か名前を呼ばれたけど、ここは敢えて聞こえないふり。だって今、振り返ったら、おかしなことになりそうだ。
かくして自制心を働かせたまま自室に辿り着いた俺は、そのまま勢いよく自分のベッドにダイブした。
(やばい、鼻血出そう)
まぶたを閉じると、さっき見たばかりの白い太ももがちらつく。
辛い。めちゃくちゃ辛い。あの人は俺の好きな人じゃないはずなのに、太ももを拝めただけで、理性が総崩れしてしまう。
(助けて……夏樹さん)
けれどもその夏樹さんは、今この世界にはいない。おそらく、ナツさんが元いた世界にいるはずだ。
大丈夫だろうか。
こっちのナツさんのように混乱していないだろうか。
それとも、別世界の「星井夏樹」として如才なく振る舞っているのだろうか。
(──うん? 待てよ?)
ナツさんは、向こうの俺と付き合っていると主張していた。
ということは、表向きは「ナツさん」であるはずの夏樹さんも、そっちの世界の俺とよろしくやっているのだろうか。
(まさか……青野家に泊まったり?)
それで、向こうの母さんが作った唐揚げを控えめに食べたり、お風呂場に案内されて戸惑いながらも制服を脱いだり……しかも、泊まるのは同じ部屋だ。
(付き合っているふたりが同じ部屋……それって、つまり……)
──ダメだ、それ以上は考えるな! 不埒な想像で、夏樹さんを汚すな!
うめき声とともに、俺はベッドの上を転がった。
完全にキャパオーバーだ。頭が、これ以上の思考を拒否している。
俺は枕を抱きしめると、そのままかたく目をつぶった。
どうか、この現状が片想いをこじらせた男の「おかしな夢」でありますように。目が覚めたら、ナツさんではなく夏樹さんがこの世界にいますように。
でも、本当はわかっていた。これは夢なんかじゃないんだって。
嘘だろ、母さん張り切りすぎ。たしかに唐揚げはうまいけど、さすがにこの量はないんじゃないか。
思わず胃を押さえた俺だけど、ナツさんは「うまそー!」と大はしゃぎして、それらをぺろりとたいらげてしまった。
「さすが男の子は食べっぷりがいいわね」
「そんなことないよ。オレ、普段はそんなに食べないもん」
「あら、そうなの?」
「そうなの。でも、おばちゃんの唐揚げは別! めちゃくちゃうまいから、ついいっぱい食べちゃう!」
ニカッと笑うナツさんに、俺はふたつの理由で戦慄を覚えた。
まず、ひとつめ。この人めちゃくちゃ痩せてるんだけど、どこにあの量の唐揚げが入ったんだろう。しかも、うちに来る前にパンケーキを食べて、黒糖ロイヤルミルクティーを2杯飲んでいたよな。もしやアレか? 胃袋が宇宙ってやつか? 夏樹さんもそこそこ食べる人ではあったけど、せいぜい平均並み。こんな大食漢ではなかったはずだ。
ふたつめ。さすがに人たらしが過ぎないか? うちの母さん、すっかりたらしこまれて「ナツくん、これも食べる?」なんて父さん用のプリンを出してきたんだけど。
たしかに、夏樹さんも人当たりがよかったけど、ここまでフレンドリーな人ではなかった。そもそも彼は気遣いやさんでもあったから、相手との距離感はわりと慎重にはかっていた印象だ。
一方、ナツさんは遠慮がない。自分からどんどん距離を詰めていくし、自分は「好かれて当然」「お願い事を聞いてもらって当然」と思っているようなフシがある。
そう、ある意味「図々しいタイプ」──なのにどこか憎めないのは、外見が夏樹さんそのままだからだろうか。
「ナツくん、お風呂も沸いてるわよ。行春、タオルを出してあげなさい」
「わかった」
空になった食器をシンクに運ぶと、俺はナツさんを風呂場に案内した。
洗面所に設置してある戸棚には、洗い立てのタオルが何枚も積んであった。そのなかでも、比較的新しいものを「ナツさん用」として引っ張り出す。
「バスタオルはこれです。フェイスタオルは1枚でいいですか?」
「いーよ」
答えるそばから、ナツさんはぽいぽいと制服を脱いでいく。
待って──待ってくれ!
俺は、慌ててナツさんから目を背けた。
「それじゃ、俺、部屋にいますんで!」
「えっ」
「あがったら2階に来てください! 右側の部屋です!」
「ちょっ……青野!?」
後ろ手にドアを閉めると、俺はまっすぐ自室に向かった。その際、何度か名前を呼ばれたけど、ここは敢えて聞こえないふり。だって今、振り返ったら、おかしなことになりそうだ。
かくして自制心を働かせたまま自室に辿り着いた俺は、そのまま勢いよく自分のベッドにダイブした。
(やばい、鼻血出そう)
まぶたを閉じると、さっき見たばかりの白い太ももがちらつく。
辛い。めちゃくちゃ辛い。あの人は俺の好きな人じゃないはずなのに、太ももを拝めただけで、理性が総崩れしてしまう。
(助けて……夏樹さん)
けれどもその夏樹さんは、今この世界にはいない。おそらく、ナツさんが元いた世界にいるはずだ。
大丈夫だろうか。
こっちのナツさんのように混乱していないだろうか。
それとも、別世界の「星井夏樹」として如才なく振る舞っているのだろうか。
(──うん? 待てよ?)
ナツさんは、向こうの俺と付き合っていると主張していた。
ということは、表向きは「ナツさん」であるはずの夏樹さんも、そっちの世界の俺とよろしくやっているのだろうか。
(まさか……青野家に泊まったり?)
それで、向こうの母さんが作った唐揚げを控えめに食べたり、お風呂場に案内されて戸惑いながらも制服を脱いだり……しかも、泊まるのは同じ部屋だ。
(付き合っているふたりが同じ部屋……それって、つまり……)
──ダメだ、それ以上は考えるな! 不埒な想像で、夏樹さんを汚すな!
うめき声とともに、俺はベッドの上を転がった。
完全にキャパオーバーだ。頭が、これ以上の思考を拒否している。
俺は枕を抱きしめると、そのままかたく目をつぶった。
どうか、この現状が片想いをこじらせた男の「おかしな夢」でありますように。目が覚めたら、ナツさんではなく夏樹さんがこの世界にいますように。
でも、本当はわかっていた。これは夢なんかじゃないんだって。
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