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第7話
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開け放った窓から、この季節にしてはめずらしく心地よい風が吹いてくる。
ゆらゆらと揺れるカーテン。
その波間を思わせるようなやわらかな動きを、哲平はぼんやりと見あげていた。
あれから一ヵ月が経過していた。
寝ても覚めてもさして変化のない毎日は、あっというまに哲平に馴染み、わずか三日間にすぎなかった「彼」との逢瀬など、文字どおり「夢のなかの物語」として処理できるようになっていた。
(ウソみたいだよなぁ)
布団のなかでごろごろしながら、哲平はぼんやりとそう思った。
先週から大学は夏休みに入っていた。
おかげで駅に足を運ぶこともない。
それは、つまり「彼」と出くわすこともない、ということだ。
(もしかしたら最初から夢だったのかもな)
あの「夢売り」の少年も、駅で会っていた「彼」の存在さえも。
「……そんなわけないか」
少なくとも「彼」はいる。
夢のなかの「葉月」と会うことはなくなっても、現実の「彼」は存在している。
そう、今日も駅にいけば、きっと彼に逢えるだろう。
彼が帰郷中だったり、こんなふうに家で寝ころがっていたりしていないかぎりは。
だが、哲平は駅に足を運ばなかった。
布団にもぐりこんだまま、ただ何をするでもなく他愛のない物思いに沈んでいるばかりだった。
(この調子なら忘れられるかな)
忘れられるかもしれない。
これからの2ヵ月間、まったく彼の顔を見ることなく毎日を過ごせたら、少しは薄れるかもしれない。
いや、薄れていくはずだ。
この胸にしつこく燻り続けている、行き場のない熱のことなど。
(どうせ、もう夢で会うこともない)
夢を買わない──そう決めた翌日から、どういうわけか哲平はあの夢売りの少年とまったく出くわすことがなくなった。
──『ボクは、必要とされなければ誰かの前にあらわれたりしないからね』
別れ際、少年はそんなふうに言っていた。ということは、それまで自分は、あの夢売りの少年を必要としていたということか。
現実の「彼」とは話せないから。
声をかける度胸すらないから。
そんな自分を、情けなく思わないわけではない。
けれども、この状況を積極的に変えようとは思えない。
今の自分にできることなんて、せいぜいこんなふうに布団のなかで寝返りをうって「彼のことを忘れられますように」と願うくらいだ。
それでも唇に残された感触は、一ヵ月が過ぎた今でも消えることはない。
「バカみてぇ」
どうすればいいんだろう。
どうしたらいいんだろう。
タオルケットを抱きしめたまま、見つからない答えに頭をめぐらせる。
そのまま目を閉じると、ふわりと心地よい感触に包まれた。
本日二度目の睡魔が、おとずれたらしい。
そのやわらかさに身を任せて、哲平は意識を手放した。
「おい」
その声は、背後から聞こえた。
「おい、聞こえてんだろ!」
いきなり喧嘩腰に怒鳴られて、ようやく哲平は振り返った。
「──葉月?」
ゆらゆらと揺れるカーテン。
その波間を思わせるようなやわらかな動きを、哲平はぼんやりと見あげていた。
あれから一ヵ月が経過していた。
寝ても覚めてもさして変化のない毎日は、あっというまに哲平に馴染み、わずか三日間にすぎなかった「彼」との逢瀬など、文字どおり「夢のなかの物語」として処理できるようになっていた。
(ウソみたいだよなぁ)
布団のなかでごろごろしながら、哲平はぼんやりとそう思った。
先週から大学は夏休みに入っていた。
おかげで駅に足を運ぶこともない。
それは、つまり「彼」と出くわすこともない、ということだ。
(もしかしたら最初から夢だったのかもな)
あの「夢売り」の少年も、駅で会っていた「彼」の存在さえも。
「……そんなわけないか」
少なくとも「彼」はいる。
夢のなかの「葉月」と会うことはなくなっても、現実の「彼」は存在している。
そう、今日も駅にいけば、きっと彼に逢えるだろう。
彼が帰郷中だったり、こんなふうに家で寝ころがっていたりしていないかぎりは。
だが、哲平は駅に足を運ばなかった。
布団にもぐりこんだまま、ただ何をするでもなく他愛のない物思いに沈んでいるばかりだった。
(この調子なら忘れられるかな)
忘れられるかもしれない。
これからの2ヵ月間、まったく彼の顔を見ることなく毎日を過ごせたら、少しは薄れるかもしれない。
いや、薄れていくはずだ。
この胸にしつこく燻り続けている、行き場のない熱のことなど。
(どうせ、もう夢で会うこともない)
夢を買わない──そう決めた翌日から、どういうわけか哲平はあの夢売りの少年とまったく出くわすことがなくなった。
──『ボクは、必要とされなければ誰かの前にあらわれたりしないからね』
別れ際、少年はそんなふうに言っていた。ということは、それまで自分は、あの夢売りの少年を必要としていたということか。
現実の「彼」とは話せないから。
声をかける度胸すらないから。
そんな自分を、情けなく思わないわけではない。
けれども、この状況を積極的に変えようとは思えない。
今の自分にできることなんて、せいぜいこんなふうに布団のなかで寝返りをうって「彼のことを忘れられますように」と願うくらいだ。
それでも唇に残された感触は、一ヵ月が過ぎた今でも消えることはない。
「バカみてぇ」
どうすればいいんだろう。
どうしたらいいんだろう。
タオルケットを抱きしめたまま、見つからない答えに頭をめぐらせる。
そのまま目を閉じると、ふわりと心地よい感触に包まれた。
本日二度目の睡魔が、おとずれたらしい。
そのやわらかさに身を任せて、哲平は意識を手放した。
「おい」
その声は、背後から聞こえた。
「おい、聞こえてんだろ!」
いきなり喧嘩腰に怒鳴られて、ようやく哲平は振り返った。
「──葉月?」
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