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第10話(Another.ver)
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そんなこんなで、ろくに眠れない週末を過ごしたせいだろうか。
週があけた月曜日、青野は見事に寝坊した。この時間帯だと、どう頑張っても夏樹のところに寄ることはできそうにない。
すぐさまメッセージアプリを開いて「すみません」と入力する。
ところが、送信しようとしたところで、はたと手が止まってしまった。
(あの人、俺のことを待っているのかな)
そもそも、なぜ彼はいきなり「別人です」などと言いだしたのだろう。
状況が状況だったから?
あのままだと、久しぶりに「そういうこと」をする流れになりそうだったから?
(つまり、俺とやりたくなかった?)
実は「やっぱり青野行春のことを好きではない」と気づいてしまった──とか?
考えれば考えるほど、マイナスのことばかりが浮かんでくる。
やっぱり「パラレルワールドから来た」というのは嘘なのでは?
ただ単に、自分を避けるための言い訳だったのでは?
あれこれ考えているうちに、時間ばかりが過ぎていって──
「行春、なにやってるの! 遅刻するわよ!」
階下から母親に怒鳴られて、ようやく青野は遅刻ギリギリであることに気がついた。
もはや、メッセージを送っている暇などない。
朝食を我慢し、家を飛び出したあとは、走りに走ってなんとか快速列車に飛び乗った。
さらに、電車を下りたあとも、学校までの一本道をひたすら走った。
おかげで、なんとか遅刻せずに済んだものの、教室に着いたころには心も身体もすっかりクタクタだ。
「おはよー、遅かったじゃん」
声をかけてきたのは、夏樹の妹の星井ナナセだ。
「もしかして寝坊した?」
「うん、まあ……」
「そっかぁ。てっきりお兄ちゃんとケンカしたのかと思った」
今朝、迎えに来なかったし。
サラッと口にしているようでいて、こちらに向けてくる眼差しはだいぶキツめだ。
青野は口ごもった。
「いや、そういうわけじゃ……」
別に、自分たちはケンカをしているわけではない。ただ「ケンカをするよりも微妙な状況」に陥っているというだけで。
鬱々とした気分の青野に、ナナセも察するものがあったらしい。
「もしかして、お泊まりで何かあった?」
「えっ」
「なーんかおかしかったんだよね、お兄ちゃん。昨日の夜、うちに帰ってきてからずっと」
そう、と相づちを打とうとして、はたと気づく。
「昨日の夜?」
「そうだけど……どうかした?」
「……いや」
夏樹が帰ったのは、昨日ではない。「一昨日の夜」だ。
なのに、ナナセによると自宅に帰ってきたのは「昨日の夜」。
どういうことだろうと考えた青野は、すぐさまスマホを取り出した。
折しも朝のSHRがはじまったところだったが、青野は構わずアプリを起ち上げた。
誰もがよく知る画像投稿系のSNS。
真っ先に探したのは、八尾のアカウントだ。
(……あった)
──「チョコいもチップス、星井に半分食われた」
投稿時刻は、日曜日の0時35分。
つまり、青野の家を出たあと夏樹は八尾のもとに向かったのだ。
視界が大きく揺れた。
頭のなかが真っ白になった。
「そこ! 青野! 今すぐスマホを持ってこい!」
担任の怒鳴り声が聞こえたものの、青野は呆然としたまま動けない。
休み時間以外でスマホを利用した場合、放課後まで没収されてしまう──わかっていたことだったけれど、どうしても確かめずにはいられなかったのだ。その結果、見事に撃沈してしまったわけだが。
結局、席までやってきた担任に耳を引っ張られて、そのままスマホを取り上げられた。比較的優等生で通ってきた青野にとって、こうした叱責を受けるのはかなり久しぶりだ。
休み時間、ナナセに「大丈夫?」と心配された。
けれど、もはやどう返していいのかわからない。
頭のなかは、すっかりゴチャゴチャだ。
夏樹に「別人だ」と告げられたこと。
それを、どうしても受け入れられずにいること。
その理由について、悪いことばかり考えてしまうこと。
挙げ句、あのあと夏樹は八尾と一緒にいたのだと知ってしまったこと。
(もう嫌だ)
逃げたい。
もう何も考えたくない。
もちろん、それが卑怯な行為だということはわかっている。
誠実な人間ならば、こうした現状としっかり向き合い、なんらかの結論を出すのだろう。
(だったら誠実じゃなくていい)
もう放っておいてほしい。
そうして青野は自分の殻に閉じこもったのだ。
昨日の朝、夏樹が乗り込んでくるまで、ずっと。
週があけた月曜日、青野は見事に寝坊した。この時間帯だと、どう頑張っても夏樹のところに寄ることはできそうにない。
すぐさまメッセージアプリを開いて「すみません」と入力する。
ところが、送信しようとしたところで、はたと手が止まってしまった。
(あの人、俺のことを待っているのかな)
そもそも、なぜ彼はいきなり「別人です」などと言いだしたのだろう。
状況が状況だったから?
あのままだと、久しぶりに「そういうこと」をする流れになりそうだったから?
(つまり、俺とやりたくなかった?)
実は「やっぱり青野行春のことを好きではない」と気づいてしまった──とか?
考えれば考えるほど、マイナスのことばかりが浮かんでくる。
やっぱり「パラレルワールドから来た」というのは嘘なのでは?
ただ単に、自分を避けるための言い訳だったのでは?
あれこれ考えているうちに、時間ばかりが過ぎていって──
「行春、なにやってるの! 遅刻するわよ!」
階下から母親に怒鳴られて、ようやく青野は遅刻ギリギリであることに気がついた。
もはや、メッセージを送っている暇などない。
朝食を我慢し、家を飛び出したあとは、走りに走ってなんとか快速列車に飛び乗った。
さらに、電車を下りたあとも、学校までの一本道をひたすら走った。
おかげで、なんとか遅刻せずに済んだものの、教室に着いたころには心も身体もすっかりクタクタだ。
「おはよー、遅かったじゃん」
声をかけてきたのは、夏樹の妹の星井ナナセだ。
「もしかして寝坊した?」
「うん、まあ……」
「そっかぁ。てっきりお兄ちゃんとケンカしたのかと思った」
今朝、迎えに来なかったし。
サラッと口にしているようでいて、こちらに向けてくる眼差しはだいぶキツめだ。
青野は口ごもった。
「いや、そういうわけじゃ……」
別に、自分たちはケンカをしているわけではない。ただ「ケンカをするよりも微妙な状況」に陥っているというだけで。
鬱々とした気分の青野に、ナナセも察するものがあったらしい。
「もしかして、お泊まりで何かあった?」
「えっ」
「なーんかおかしかったんだよね、お兄ちゃん。昨日の夜、うちに帰ってきてからずっと」
そう、と相づちを打とうとして、はたと気づく。
「昨日の夜?」
「そうだけど……どうかした?」
「……いや」
夏樹が帰ったのは、昨日ではない。「一昨日の夜」だ。
なのに、ナナセによると自宅に帰ってきたのは「昨日の夜」。
どういうことだろうと考えた青野は、すぐさまスマホを取り出した。
折しも朝のSHRがはじまったところだったが、青野は構わずアプリを起ち上げた。
誰もがよく知る画像投稿系のSNS。
真っ先に探したのは、八尾のアカウントだ。
(……あった)
──「チョコいもチップス、星井に半分食われた」
投稿時刻は、日曜日の0時35分。
つまり、青野の家を出たあと夏樹は八尾のもとに向かったのだ。
視界が大きく揺れた。
頭のなかが真っ白になった。
「そこ! 青野! 今すぐスマホを持ってこい!」
担任の怒鳴り声が聞こえたものの、青野は呆然としたまま動けない。
休み時間以外でスマホを利用した場合、放課後まで没収されてしまう──わかっていたことだったけれど、どうしても確かめずにはいられなかったのだ。その結果、見事に撃沈してしまったわけだが。
結局、席までやってきた担任に耳を引っ張られて、そのままスマホを取り上げられた。比較的優等生で通ってきた青野にとって、こうした叱責を受けるのはかなり久しぶりだ。
休み時間、ナナセに「大丈夫?」と心配された。
けれど、もはやどう返していいのかわからない。
頭のなかは、すっかりゴチャゴチャだ。
夏樹に「別人だ」と告げられたこと。
それを、どうしても受け入れられずにいること。
その理由について、悪いことばかり考えてしまうこと。
挙げ句、あのあと夏樹は八尾と一緒にいたのだと知ってしまったこと。
(もう嫌だ)
逃げたい。
もう何も考えたくない。
もちろん、それが卑怯な行為だということはわかっている。
誠実な人間ならば、こうした現状としっかり向き合い、なんらかの結論を出すのだろう。
(だったら誠実じゃなくていい)
もう放っておいてほしい。
そうして青野は自分の殻に閉じこもったのだ。
昨日の朝、夏樹が乗り込んでくるまで、ずっと。
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