87 / 189
第6話
9・二度目の満月チャレンジ(その1)
しおりを挟む
吸い込んだ息は、自然と腹のあたりに貯まっていく。
そこでいったん息を止めると、今度は意識してゆっくり細く吐き出していく。
まずは、この繰り返し。
(吸って……吐いて……吸って……)
意識が、呼吸に向かいはじめる。肩の力がどんどん抜けてゆく。
前回と同じ──いろいろな音が、俺の耳に飛び込んでくる。誰かの足音、空調の流れ、下手くそなトランペットの音色、隣にいる親友の息づかい。たぶん、視界がシャットアウトされたことで、聴覚が研ぎ澄まされるんだろうな。じゃないと、身のまわりの危険を察知できないし。
でも、意識が沈めば沈むほど、そうした音すらも遠くなってゆく。深い沼にずぶずぶと飲み込まれてゆくようなこの感じ──このあたりまでは「いつもの瞑想」と同じだ。
(違うのは、このあと……)
ふわ、と頭のてっぺんを引っ張られる。
ああ……これだ。この感覚だ。
いつもなら沈むばかりの意識が、ふわふわと上に向かいはじめる。
真っ白にしたはずの脳内にキラキラと光が降り注ぎはじめた。
(いける……)
今度こそ、うまくいく。
だって、この感覚は特別だ。
身体が軽い。まるで「意識」だけになってしまったみたいに──あるいは魂だけ? まあ、どっちでもいい。このまま元の世界に戻れるのなら。
もう呼吸を意識することもない。あとは導かれるまま、光を追いかけるだけだ。
(そう、このまま……)
のぼって、のぼって……元の世界へ──
──「夏樹さん!」
その声は、突然ビンッと脳内に響いた。
──「よかった……生きてた」
──「あんた今朝から様子がおかしくて、なんだか嫌な胸騒ぎがして」
やめろよ、なんだよ! なんでこのタイミングで、お前の声がよみがえるんだよ!
瞑想を続けたまま、俺は必死に脳内の面影を振り払おうとする。
なのに、次から次へと、あいつの言葉ばかりがよみがえる。
──「今回はつけてくれないんですね」
──「前回は強引に唾つけたくせに」
──「ほら、つなぎましょう。手」
──「大丈夫です。どうせ誰も見ていやしません」
ああ、くそ!
話しかけるな! 邪魔をするな!
今日こそ、俺は戻るんだ。
元の、俺がいるべき世界に──
──「夏樹さん……どうします、これから」
そこでいったん息を止めると、今度は意識してゆっくり細く吐き出していく。
まずは、この繰り返し。
(吸って……吐いて……吸って……)
意識が、呼吸に向かいはじめる。肩の力がどんどん抜けてゆく。
前回と同じ──いろいろな音が、俺の耳に飛び込んでくる。誰かの足音、空調の流れ、下手くそなトランペットの音色、隣にいる親友の息づかい。たぶん、視界がシャットアウトされたことで、聴覚が研ぎ澄まされるんだろうな。じゃないと、身のまわりの危険を察知できないし。
でも、意識が沈めば沈むほど、そうした音すらも遠くなってゆく。深い沼にずぶずぶと飲み込まれてゆくようなこの感じ──このあたりまでは「いつもの瞑想」と同じだ。
(違うのは、このあと……)
ふわ、と頭のてっぺんを引っ張られる。
ああ……これだ。この感覚だ。
いつもなら沈むばかりの意識が、ふわふわと上に向かいはじめる。
真っ白にしたはずの脳内にキラキラと光が降り注ぎはじめた。
(いける……)
今度こそ、うまくいく。
だって、この感覚は特別だ。
身体が軽い。まるで「意識」だけになってしまったみたいに──あるいは魂だけ? まあ、どっちでもいい。このまま元の世界に戻れるのなら。
もう呼吸を意識することもない。あとは導かれるまま、光を追いかけるだけだ。
(そう、このまま……)
のぼって、のぼって……元の世界へ──
──「夏樹さん!」
その声は、突然ビンッと脳内に響いた。
──「よかった……生きてた」
──「あんた今朝から様子がおかしくて、なんだか嫌な胸騒ぎがして」
やめろよ、なんだよ! なんでこのタイミングで、お前の声がよみがえるんだよ!
瞑想を続けたまま、俺は必死に脳内の面影を振り払おうとする。
なのに、次から次へと、あいつの言葉ばかりがよみがえる。
──「今回はつけてくれないんですね」
──「前回は強引に唾つけたくせに」
──「ほら、つなぎましょう。手」
──「大丈夫です。どうせ誰も見ていやしません」
ああ、くそ!
話しかけるな! 邪魔をするな!
今日こそ、俺は戻るんだ。
元の、俺がいるべき世界に──
──「夏樹さん……どうします、これから」
20
お気に入りに追加
295
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件
水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて──
※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。
※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。
※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
Q.親友のブラコン兄弟から敵意を向けられています。どうすれば助かりますか?
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
平々凡々な高校生、茂部正人«もぶまさと»にはひとつの悩みがある。
それは、親友である八乙女楓真«やおとめふうま»の兄と弟から、尋常でない敵意を向けられることであった。ブラコンである彼らは、大切な彼と仲良くしている茂部を警戒しているのだ──そう考える茂部は悩みつつも、楓真と仲を深めていく。
友達関係を続けるため、たまに折れそうにもなるけど圧には負けない!!頑張れ、茂部!!
なお、兄弟は三人とも好意を茂部に向けているものとする。
7/28
一度完結しました。小ネタなど書けたら追加していきたいと思います。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶のみ失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる