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第6話

8・いよいよ、満月

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 そこから満月の日までは、意外とあっという間だった。
 青野は毎朝俺を迎えに来たし、帰りも玄関で俺のことを待ってくれていたけれど、俺たちの距離が今以上に縮まることはなかった。
 俺は意識して青野との間に見えない壁を作っていたし、青野もなんとなく俺との接し方に迷いを感じているようだった。
 あいつの緑色の目が、何度も揺らめくのを見ていたけれど、俺はあえて気づかないふりをした。どうせ満月が来たら俺は元の世界に戻るのだ。

(って、なんか「竹取物語」みたいだな)

 そんなことを思ったのは、たまたま今が古文の授業中だからだ。
 筆記用具を指先でくるくるまわしながら、俺は古い物語のヒロインに思いを馳せる。かぐや姫は、どんな思いで天の使いがくる「この月の十五日」を迎えたんだろう。自分を帰さないようにあの手この手を尽くそうとする翁や帝たちに、どんな思いを抱いていたのかな。
 ちなみに、今の俺にはそれほど感傷的な思いはない。たぶん、前回の満月のときにひととおり済ませてしまったせいだな。

(つーか俺、今度こそ戻れるんだよな?)

 ふとよぎった不安を、俺はむりやり追い払った。
 大丈夫、今回は八尾がそばについていてくれる。だから、前回みたいに第三者に邪魔されるようなことはない。
 それに「瞑想」以外にも入れ替わりの鍵が見つかっている。できれば実行したくはないので「最終手段」ってことにしているけれど、たぶんこれさえやれば元の世界に戻れるはず。
 そう──今日こそ、俺は元の世界に戻れるのだ。

(授業が終わるまで、あと5分)

 おじいちゃん先生が、サ行変格活用のおさらいをはじめたところでチャイムが鳴った。ついに昼休みだ。「星井、今日どうする?」と声をかけてきた山本に「用事あるからパス」と伝え、俺は教室をあとにした。
 いよいよだ、というのにやっぱり前回のような感傷的な気分にはなれなかった。つまり、めちゃくちゃ平常心。でも、これくらいのほうがうまくいくのかもしれない。そう励まして、西階段に向かう。
 最上階の踊り場に着くと、ひとまず瞑想する場所に腰をおろした。
 八尾はまだ来ていなかった。まあ、当然か。あいつ、松葉杖だからここまで来るのに時間がかかるだろうし。
 立てた膝に顎を乗せて、改めて階下を見下ろしてみる。12段の高さは、やっぱり半端ない。どうかここから飛び降りることなく、元の世界に戻れますように。

「悪ぃ、遅れて」

 15分ほど経過したところで、ふうふう言いながら八尾が階段をのぼってきた。

「いや、こっちこそ悪いな。こんなとこまで来てもらって」
「別にいいって。リハビリにもなるしな」

 八尾は最上階まで来ると、松葉杖を置いて俺の隣に腰を下ろした。

「……なるほど、思っていたより高ぇな」
「だろ?」

 なのに青野への当てつけだけでここから飛び降りたこっちの世界の俺──やっぱりどうかしてるっての。

「お前が瞑想している間、俺は見守っていればいいんだよな?」
「ああ。で、もし誰かが来そうだったら、できるだけ静かに追い返してもらえると助かる」
「わかった。任せておけ」

 さあ、いよいよだ。
 まずは肩を軽く動かして、全身の力を抜く。
 さらに首をまわして、できるだけリラックスして──俺は、大きく息を吸いこんだ。
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