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第2話
6・不機嫌な元カレ
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「よ、よう」
ぎこちなく手を挙げてみたものの、青野の表情は1ミリも変わらない。
なんだよ、なんでそんなに不機嫌そうなんだよ。つーか、お前に告白した清楚ちゃんは? どこ行っちゃったわけ?
「なにキョロキョロしてんですか」
「いや──なんとなく?」
やばい、俺が覗き見してたことは内緒にしておかないと。誤魔化すように精一杯の愛想笑いを浮かべると、青野は小さく息をついた。
「なるほど、さすがのあんたも周囲の目が気になりますか」
いや、違うけど。
「俺ら、噂になってますもんね。別れたってこと、あっという間に広まったみたいで」
えっ、そうなの?
「うちのクラスの山本とか、俺が言うまで知らなかったぞ?」
「それはたまたまでしょう。耳聡い連中にはとっくに知れ渡っていますよ」
「あ──なるほど」
そういえば、学食ではいろんなヤツらに声をかけられたっけ。たしかに、あいつら噂話とか好きそうだもんなぁ。
「お前もあれこれ言われてんの?」
「当然でしょう。おかげでうんざりしてますよ。『やっと別れたんだね』『よかったよかった』『次はもっといい人と付き合いなよ』──」
「おい!」
報告のなかにさり気なく悪口を混ぜ込むな!
それに、こっちは知ってんだぞ! さっき、お前が清楚ちゃんになんて言ったのか。
──「君は知らないだろうけれど、あの人あれでいいところいっぱいあるから」
まあ、聞かなかったふりをしておいてやるけどな。お前にとっては都合の悪いことだろうし。
ふふん、と内心ほくそ笑んでいると、青野は露骨に顔をしかめた。
「あんた、さっきからなんでニヤけてんですか」
「は? ニヤけてなんかいねーし!」
「いや、ニヤけてるでしょ。気持ち悪い」
おい、こら! 元カレに「気持ち悪い」とか言うな!
しかも、思い出してたのお前のことだぞ? 絶対教えてやらねーけど。
ってことでかたくなに口をつぐんでいると、青野はふと視線を落とした。
「そんなに嬉しいですか」
「は?」
「そうですよね、今後あんたは誰にとがめられることもなく、いろんな方のお誘いにホイホイ乗れますもんね。……早くも約束を取りつけたようですし」
はぁっ!?
「それ、もしかしてさっきのこと? だとしたら誤解だし。額田とはただ勉強するだけだし」
「へぇ……『勉強』……」
「その含みを持たせるような言い方をやめろ! 本当にただの『勉強会』だから!」
図書室で、お互いの得意科目を教え合うだけ。いちいちへんな方向に解釈してんじゃねーよ。
なのに、青野は白々とした表情を変えようとしない。
「なるほど、夏樹さんの『得意科目』──」
「お、おう」
「そんなもんあったかな。──ああ、フェ……」
「うわあああああっ」
とっさに出た大声が、青野の声をかき消した。
えらいぞ、俺。よくやった!
だって、こいつ、今とんでもないこと口走っていたし。
「お前なぁ、ここ学校だぞ? そんな単語、口にしていいとこじゃねーだろ!」
「そうですか? ここには俺らしかいないのに?」
「そういう問題じゃなくて……っ」
「ていうか、ようやくあんたも恥じらいを覚えたんですね。今まで誰がいようがどんな場所だろうが、平気で下ネタを口にしていたくせに」
……マジか。ヤバすぎるな、こっちの世界の俺。
自由奔放すぎるだろう。
(でも、俺は違う)
今ここにいる「俺」は、わりと常識人で、恥じらいもマナーもちゃんと身につけている。
つまりさ、青野──
「俺、そういうのやめたから。これからはまじめに生きていくって決めたから」
「はぁ……夏樹さんが『まじめ』……」
「だから、まずはその死んだ魚みたいな目をやめろ!」
とにかく断言してもいい。
俺は、この世界にいた「俺」とは違うんだ!
実際、学食で何人か女の子たちに声をかけられたけど、ちゃんと断ったんだからな! けっこう可愛い子たちだったから、正直未練もあるけど。
(でも、意味ないじゃん)
俺なりに誠実でありたくて青野と別れるって決めたのに、その後、甘いお誘いにホイホイ乗ってたら、いくらなんでもひどすぎるだろ。
けど、そんな俺の主張は、いまいち青野には届いていないらしい。
「じゃあ、なんで額田先輩の誘いには乗ったんですか」
「『勉強会』だからだよ! 図書室で古文と化学の勉強をするんだって!」
「古文──なんの隠語ですか」
「隠語じゃねーよ! とにかくそういう誤解をやめろ!」
俺の抗議は間違っていないはずだ。
なのに青野は、俺を責めるような態度を崩さない。
「まあ、あんたが誰と『勉強会』とやらを行おうが、誰と得意科目を披露しあおうが、今の俺に口出しする権利はないわけですが」
それな!
ほんとそのとおりだからな!
「せいぜい頑張ってください。……いろいろな意味で」
──いや、もちろん勉強は頑張るけどさ。なんだよ、その「いろいろな意味」って。
俺がそう訊ねるより先に、青野は「それじゃ」と行ってしまった。
あっという間に遠ざかっていく、まっすぐ伸びた正しそうな背中。
「なんだよ」
なんで、そんな嫌味ばかり言うんだよ。俺に対してめちゃくちゃムカついてるのは、わからくもないけどさ。
(清楚ちゃんの前では庇ってくれたくせに)
モヤモヤした気持ちのまま、教室に戻る。
だからってわけじゃないけど、午後の授業はほとんど身が入らなかった。
ぎこちなく手を挙げてみたものの、青野の表情は1ミリも変わらない。
なんだよ、なんでそんなに不機嫌そうなんだよ。つーか、お前に告白した清楚ちゃんは? どこ行っちゃったわけ?
「なにキョロキョロしてんですか」
「いや──なんとなく?」
やばい、俺が覗き見してたことは内緒にしておかないと。誤魔化すように精一杯の愛想笑いを浮かべると、青野は小さく息をついた。
「なるほど、さすがのあんたも周囲の目が気になりますか」
いや、違うけど。
「俺ら、噂になってますもんね。別れたってこと、あっという間に広まったみたいで」
えっ、そうなの?
「うちのクラスの山本とか、俺が言うまで知らなかったぞ?」
「それはたまたまでしょう。耳聡い連中にはとっくに知れ渡っていますよ」
「あ──なるほど」
そういえば、学食ではいろんなヤツらに声をかけられたっけ。たしかに、あいつら噂話とか好きそうだもんなぁ。
「お前もあれこれ言われてんの?」
「当然でしょう。おかげでうんざりしてますよ。『やっと別れたんだね』『よかったよかった』『次はもっといい人と付き合いなよ』──」
「おい!」
報告のなかにさり気なく悪口を混ぜ込むな!
それに、こっちは知ってんだぞ! さっき、お前が清楚ちゃんになんて言ったのか。
──「君は知らないだろうけれど、あの人あれでいいところいっぱいあるから」
まあ、聞かなかったふりをしておいてやるけどな。お前にとっては都合の悪いことだろうし。
ふふん、と内心ほくそ笑んでいると、青野は露骨に顔をしかめた。
「あんた、さっきからなんでニヤけてんですか」
「は? ニヤけてなんかいねーし!」
「いや、ニヤけてるでしょ。気持ち悪い」
おい、こら! 元カレに「気持ち悪い」とか言うな!
しかも、思い出してたのお前のことだぞ? 絶対教えてやらねーけど。
ってことでかたくなに口をつぐんでいると、青野はふと視線を落とした。
「そんなに嬉しいですか」
「は?」
「そうですよね、今後あんたは誰にとがめられることもなく、いろんな方のお誘いにホイホイ乗れますもんね。……早くも約束を取りつけたようですし」
はぁっ!?
「それ、もしかしてさっきのこと? だとしたら誤解だし。額田とはただ勉強するだけだし」
「へぇ……『勉強』……」
「その含みを持たせるような言い方をやめろ! 本当にただの『勉強会』だから!」
図書室で、お互いの得意科目を教え合うだけ。いちいちへんな方向に解釈してんじゃねーよ。
なのに、青野は白々とした表情を変えようとしない。
「なるほど、夏樹さんの『得意科目』──」
「お、おう」
「そんなもんあったかな。──ああ、フェ……」
「うわあああああっ」
とっさに出た大声が、青野の声をかき消した。
えらいぞ、俺。よくやった!
だって、こいつ、今とんでもないこと口走っていたし。
「お前なぁ、ここ学校だぞ? そんな単語、口にしていいとこじゃねーだろ!」
「そうですか? ここには俺らしかいないのに?」
「そういう問題じゃなくて……っ」
「ていうか、ようやくあんたも恥じらいを覚えたんですね。今まで誰がいようがどんな場所だろうが、平気で下ネタを口にしていたくせに」
……マジか。ヤバすぎるな、こっちの世界の俺。
自由奔放すぎるだろう。
(でも、俺は違う)
今ここにいる「俺」は、わりと常識人で、恥じらいもマナーもちゃんと身につけている。
つまりさ、青野──
「俺、そういうのやめたから。これからはまじめに生きていくって決めたから」
「はぁ……夏樹さんが『まじめ』……」
「だから、まずはその死んだ魚みたいな目をやめろ!」
とにかく断言してもいい。
俺は、この世界にいた「俺」とは違うんだ!
実際、学食で何人か女の子たちに声をかけられたけど、ちゃんと断ったんだからな! けっこう可愛い子たちだったから、正直未練もあるけど。
(でも、意味ないじゃん)
俺なりに誠実でありたくて青野と別れるって決めたのに、その後、甘いお誘いにホイホイ乗ってたら、いくらなんでもひどすぎるだろ。
けど、そんな俺の主張は、いまいち青野には届いていないらしい。
「じゃあ、なんで額田先輩の誘いには乗ったんですか」
「『勉強会』だからだよ! 図書室で古文と化学の勉強をするんだって!」
「古文──なんの隠語ですか」
「隠語じゃねーよ! とにかくそういう誤解をやめろ!」
俺の抗議は間違っていないはずだ。
なのに青野は、俺を責めるような態度を崩さない。
「まあ、あんたが誰と『勉強会』とやらを行おうが、誰と得意科目を披露しあおうが、今の俺に口出しする権利はないわけですが」
それな!
ほんとそのとおりだからな!
「せいぜい頑張ってください。……いろいろな意味で」
──いや、もちろん勉強は頑張るけどさ。なんだよ、その「いろいろな意味」って。
俺がそう訊ねるより先に、青野は「それじゃ」と行ってしまった。
あっという間に遠ざかっていく、まっすぐ伸びた正しそうな背中。
「なんだよ」
なんで、そんな嫌味ばかり言うんだよ。俺に対してめちゃくちゃムカついてるのは、わからくもないけどさ。
(清楚ちゃんの前では庇ってくれたくせに)
モヤモヤした気持ちのまま、教室に戻る。
だからってわけじゃないけど、午後の授業はほとんど身が入らなかった。
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