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第1話

10・青野の言い分

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 そんなこんなでいろいろハードな出来事があったものの、なんとか6時間目まできっちり授業を受けて、俺は家に帰ってきた。
 はぁぁ……やっぱり家は落ち着くなぁ。このまま引きこもりたいくらい。

(つーか、こっちの世界の「俺」って今どこにいるんだろう)

 一番考えられるのは、俺が元いた世界だよな。
 つまり、俺と魂が入れ替わった、的な?
 だとしたら、きっとびっくりしてるだろうな。まわりの人たち、みんな目が「黒」だし。あと、青野が「妹の彼氏」なことにも、たぶん驚いて──

「お兄ちゃん? なにボーッとしてんの」

 うおっ、ナナセ登場!
 いきなり顔を覗き込んでくるなよ。

「ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだけどさー」

 ポテトチップスをバリバリ食べながら、ナナセは「あのさぁ」と俺の隣に腰を下ろした。

「お兄ちゃんさ、青野と何かあった?」
「へっ!?」
「あ、やっぱり。ってことは、青野を殴ったのもお兄ちゃん? なんで? また痴話ゲンカ? それともお兄ちゃんがまたわがままを言ったとか?」

 待て待て、一度にいろいろ訊くな。
 あと、一方的に俺を悪者にするな。
 つーか、今朝からずっと気になってたんだけどさ。

「いいのか?」
「なにが?」
「その……俺と青野が付き合って」

 俺がいた世界では、お前らが付き合っていたんだぞ? しかも、めちゃくちゃお似合いなカップルで、俺も兄として「いい彼氏ができてよかったな」って安心していたんだぞ?
 なのに、妹は不思議そうに首を傾げるばかりだ。

「なんで? ──え、私、お兄ちゃんと青野が付き合うの反対したことあったっけ?」
「いや、そうじゃなくて!」

 お前、本当は青野のことが好きなんじゃねーの?
 恐る恐るそう口にすると、ナナセは「はぁっ」とすっとんきょうな声をあげた。

「私が? 青野を? 何で!?」
「いや、だって……」
「ないない無理無理! だって青野、お兄ちゃんの彼氏じゃん!」
「そ、それはいったん置いといて!」

 俺が知りたいのは、お前の本心なんだ。たとえば、実は青野のことが好きなのに、俺に遠慮して気持ちを隠していたりとかさ。そういうの、俺としては心苦しいんだよ。

「だからさ、もしそうなら遠慮なく言ってほしいっていうか」

 そう、これはせめてもの兄心。
 なのに、ナナセは不審そうに黙り込むと、俺のおでこに手を当てやがった。

「大丈夫? お兄ちゃん」

 おい、こら! 熱なんてねーよ!

「だって、お兄ちゃんらしくないっていうか……ほんとどうしたの? 何かへんなものでも食べた?」
「食べてないっての!」

 つーか、なんだよ「らしくない」って!
 俺、そんなおかしなこと言ってないよな?

「えっ、言ってるでしょ! どうしたの、私に気を遣うとか。いつもの『わがままプリンセス』っぷりはどこにいったの」
「へっ?」

 なんだよ、それ。プリンセスって「王女」だよな?
 「わがまま」云々も引っかかるけど、そこはせめて「わがままプリンス」じゃねーの?
 もっともなはずの俺の指摘に、ナナセは「今更!?」とさらに目を丸くした。

「ねえ、ほんとどうしちゃったの? やっぱり熱でもあるんでしょ」
「ねーよ! 36.5度くらいだよ、たぶん!」
「でも、お兄ちゃんらしくないっていうか、わがままプリンセスらしくないっていうか」

 だから『プリンス』! 俺、男!

「でも、自分で言ってたじゃん。『俺、わがままプリンセスだからー』って、歴代の彼氏彼女にさんざんわがまま言い放題でさ」

 ──え、待って。こっちの俺、そんなキャラクターなの?
 つーか今、さらっと「歴代の彼氏・彼女」って言わなかった?
 それ、よく考えると、いろいろ怖いんですけど。
 半ば言葉を失っていると、ナナセが「大丈夫?」とまた顔を覗き込んできた。

「ほんと、今日のお兄ちゃんへんだよ? 青野も心配してたけどさ」

 えっ、あの青野が?
 言葉がキツくて、俺に対して扱いが雑すぎる「こっちの青野」が?
 俺のことを心配していたの?

「そりゃするでしょ。いきなり『別世界から来た』とか言われたりしたらさ」
「あっ」

 そうだ、その話!

「聞いてくれよ、ナナセ。青野は信じてくれなかったけど、俺、本当にこの世界の住人じゃなくて──」
「ハイハイ、わかってます。そんな言い訳しなくても、今更お兄ちゃんの浮気をとがめたりしないって」
「……っ」

 違う、これは言い訳とかじゃなくて──!

「でもさぁ、青野も人がいいよねぇ。お兄ちゃんがどんなにしょうもない言い訳をしても、結局最後は許すんだから」
「いや、だから……」
「なんだっけ……前回の言い訳は、たしか『道案内のお礼にキスされた』で、その前は『ヤラないと出られない部屋に閉じ込められたから、仕方なくヤッちゃった』で、その前は……」
「いい……もういい……」

 これ以上聞いていられなくて、俺はナナセの言葉をさえぎった。
 なるほど、こっちの俺は浮気をするたびにそんな言い訳をしていたのか。そりゃ、どんなに必死に「別世界から来た」って訴えても、信じてもらえるわけがないよな。
 ていうか、こっちの俺、貞操観念ゆるすぎない? これじゃ、たしかに「尻軽クソビッチ」じゃん。
 めまいを覚える俺の隣で、ナナセは「あのさぁ」とため息をもらした。

「青野のこと、もっと大事にしなよ。さんざん駄々をこねて、ようやく恋人にしてもらえたんだからさ」

 ──へ?

「『釣った魚に餌をやらない』ってよく聞くけどさぁ。お兄ちゃん、さすがにそろそろヤバいよ? 未だ青野がお兄ちゃんと付き合えてるの、はっきりいって奇跡だからね」

 「わかった?」と念押しして、ナナセはリビングを出ていった。ほぼ空っぽのポテトチップスの袋を、しっかり俺に押しつけて。

(待てよ。待ってくれ)

 いったん整理させてくれ。
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