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第7話
21・そして……
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なんの変哲もないビジネスホテルだ。
部屋そのものはかなり狭いし、「喫煙可」なので煙草臭い。壁の色も、年季が入っていてどこかくすんでいる。ユニットバスに設置されていたのは、当然リンス・イン・シャンプーだ。
それでも贅沢は言えない。さんざん探して、ようやく見つけた最後の1室だ。ただ、ロマンティックの欠片もないだけで。
それでも良かった。「帰る」という選択肢を選ばなかったのは自分だ。
理由は、彼に抱かれたかったからだ。
そう、自分は緒形雪野に抱かれたいのだ。
ドライヤーの音がやみ、ユニットバスのドアが開く。
風呂あがりの緒形を見るのは、これで三度目だ。──いや、正確には「シャワーあがり」か。そんなどうでもいいことを、菜穂はつらつらと考える。
「なあ、この部屋、乾燥しすぎてない? 加湿器、いれたほうがいいよな?」
そうして、菜穂の返答を待つことなく、緒形は部屋の片隅にあった加湿器の電源をいれた。
ぶぉ……ん、と間の抜けた音がした。けれど、それも最初だけで、すぐにエアコンの音にかき消されてしまった。
「やっぱ、乾燥は大敵だよなぁ。風邪ひくし。この時期に風邪ひくとか、ほんとやばいだろ。ただでさえ、今月は年末進行で締め日が早いのに」
いつになく緒形が饒舌なのは、おそらく自分を気遣ってくれているからだろう。高校時代の彼からは考えられない。これが経験値の差なのか、それとも「営業職」という職業柄なのか。菜穂は、またもやつらつらと考える。
だって、そうでもして気を散らさなければ、今にもこの部屋から逃げだしてしまいそうだ。
「あの、さ」
緒形が、目の前の椅子に腰を下ろした。
「本当にいいんだよな?」
どこかためらうような最終確認に、菜穂は小さくうなずいた。
こういうとき、愛らしい笑顔を見せられれば良いのだろうが、どうにも顔が強ばって仕方がない。
ここからどうすればいいのかわからなくて、菜穂は緒形の膝小僧を見つめた。バスローブからのぞく、少しかさついたような皮膚。高校生のころの彼も、こんな膝をしていただろうか。
と、その膝がバスローブに隠れた。緒形が立ちあがったせいだ。
「じゃあ、ええと」
彼は、菜穂の隣に移動するといつもよりもかたい声で宣言した。
「抱くから。三辺のこと」
「うん、あの……よろしくお願いします」
小さく頭をさげると、なぜか緒形がふっと笑った。
もしかして、おかしな発言だっただろうか。焦る菜穂を、緒形の右手が抱き寄せた。
「こちらこそ、よろしくな」
その手の力強さを御守りに、菜穂は強く目を閉じた。
大丈夫──今度は、きっと大丈夫。
部屋そのものはかなり狭いし、「喫煙可」なので煙草臭い。壁の色も、年季が入っていてどこかくすんでいる。ユニットバスに設置されていたのは、当然リンス・イン・シャンプーだ。
それでも贅沢は言えない。さんざん探して、ようやく見つけた最後の1室だ。ただ、ロマンティックの欠片もないだけで。
それでも良かった。「帰る」という選択肢を選ばなかったのは自分だ。
理由は、彼に抱かれたかったからだ。
そう、自分は緒形雪野に抱かれたいのだ。
ドライヤーの音がやみ、ユニットバスのドアが開く。
風呂あがりの緒形を見るのは、これで三度目だ。──いや、正確には「シャワーあがり」か。そんなどうでもいいことを、菜穂はつらつらと考える。
「なあ、この部屋、乾燥しすぎてない? 加湿器、いれたほうがいいよな?」
そうして、菜穂の返答を待つことなく、緒形は部屋の片隅にあった加湿器の電源をいれた。
ぶぉ……ん、と間の抜けた音がした。けれど、それも最初だけで、すぐにエアコンの音にかき消されてしまった。
「やっぱ、乾燥は大敵だよなぁ。風邪ひくし。この時期に風邪ひくとか、ほんとやばいだろ。ただでさえ、今月は年末進行で締め日が早いのに」
いつになく緒形が饒舌なのは、おそらく自分を気遣ってくれているからだろう。高校時代の彼からは考えられない。これが経験値の差なのか、それとも「営業職」という職業柄なのか。菜穂は、またもやつらつらと考える。
だって、そうでもして気を散らさなければ、今にもこの部屋から逃げだしてしまいそうだ。
「あの、さ」
緒形が、目の前の椅子に腰を下ろした。
「本当にいいんだよな?」
どこかためらうような最終確認に、菜穂は小さくうなずいた。
こういうとき、愛らしい笑顔を見せられれば良いのだろうが、どうにも顔が強ばって仕方がない。
ここからどうすればいいのかわからなくて、菜穂は緒形の膝小僧を見つめた。バスローブからのぞく、少しかさついたような皮膚。高校生のころの彼も、こんな膝をしていただろうか。
と、その膝がバスローブに隠れた。緒形が立ちあがったせいだ。
「じゃあ、ええと」
彼は、菜穂の隣に移動するといつもよりもかたい声で宣言した。
「抱くから。三辺のこと」
「うん、あの……よろしくお願いします」
小さく頭をさげると、なぜか緒形がふっと笑った。
もしかして、おかしな発言だっただろうか。焦る菜穂を、緒形の右手が抱き寄せた。
「こちらこそ、よろしくな」
その手の力強さを御守りに、菜穂は強く目を閉じた。
大丈夫──今度は、きっと大丈夫。
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