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第7話

20・選んだ答え

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 いきなり左肘のあたりを強く引かれ、緒形は驚いて振り返った。
 そして、言葉を失った。
 振り向いた先にいたのは、もちろん菜穂だ。緒形のコートの袖をギュッとつかみ、視線を足元に落としている。
 けれど、その頬は赤い。見たことがないほど赤い。なんなら耳まで赤いな、と緒形が冷静に思えたのは、目の前の菜穂の緊張があまりにもダイレクトに伝わってきたからだ。
 昔から、緒形は他人の様子がおかしいとき、かえって冷静になりがちなところがあった。そんな一面が今、いかんなく発揮されようとしている。

「すみません、またかけ直します」

 電話の相手に静かに告げて、緒形は通話を終わらせた。

「どうかした?」
「……」
「三辺?」

 名前を呼びかけてみたけれど、菜穂は視線をあげようとしない。ただ、袖を掴む手はわずかに震えている。
 緒形は、迷った。今の彼女にかけたい言葉は、いくつもあった。それを緒形が口にすることを、もしかしたら彼女は待っているのかもしれない。
 けれど、緒形もまた「待つ」ことを選択した。もし、菜穂の望みが自分と同じなら、どうしても彼女自身に選び取ってもらいたかった。

「あの……」

 やがて、今にも消えてしまいそうな声が届いた。

「ダメ、かな。このまま泊まるの」

 コートの袖にシワが寄る。彼女が、これまでにないほど緊張していることが痛いほど伝わってくる。
 緒形は、努めて冷静に問いかけた。

「それ、意味わかってる?」

 左袖に、さらにシワが寄った。それでも菜穂は、たしかにこくんと頷いた。
 心拍数が一気に上昇した。それを隠すように、緒形はいったん視線を逸らした。
 それから、未だ袖を掴んだままの菜穂の手をゆっくりと外させた。

「わかった」

 汗で濡れた菜穂の手に、緒形はしっかりと自分の指を絡めた。
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