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第7話
1・刃をふるう
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久しぶりに、人を傷つけるための言葉を口にした。
なにをどう言えば菜穂が傷つくのか、わかっていた上で、緒形は容赦なく言葉の刃を振りおろした。
とんだクソ野郎だな、と自分でも思う。
それでも、彼女を手ひどく傷つけたとしても、これ以上この話題を続けたくはなかった。
立会人の話は、絶対に引き受けない。その結果、元父親がどうなろうが、緒形にとってはどうでもいい――いいはずだ。
だから、菜穂がぶるりと肩を震わせても、緒形は動じなかった。むしろ、彼女のその反応は予想どおりのものだったので、緒形はすぐさま身構えた。
このあと、彼女から浴びせられるのは、罵詈雑言か、はらはらとこぼれ落ちる涙か――なんなら、また平手打ちをくらう可能性も高い。おとなしそうに見えて、菜穂は案外手が早いのだ。
それらを、緒形は甘んじて受け入れるつもりでいた。それくらいの覚悟をもって彼女を傷つけたのだから、報復をくらうのは当然だ。
なのに、菜穂はまったく動こうとしない。その表情からは「激昂」も「傷心」も「困惑」すらもまるで見受けられない。
それでも緒形が身構えたままだったのは、彼女の眼差しがひどく冴え冴えとしていたからだ。それこそ、今、ふたりを包みこんでいる夜気のような──そう思ったところで、菜穂が小さく「わかった」と呟いた。
「いいよ。どこにする?」
「……え?」
「ホテル。このあたり、たくさんあるから選び放題だね」
さあ、行こうとばかりに、菜穂は緒形の手首を掴んで目の前の横断歩道を渡りだす。
さすがの緒形も、これには動揺した。
「えっ、何?」
「……」
「待てよ、三辺……待てって! 今の、本気で――」
「本気だよ」
横断歩道のおおよそ真ん中あたりで、菜穂はいったん足を止めた。時間帯のせいか車通りはなく、だからこそ、彼女の声はひどくクリアに緒形に届いた。
「そのかわり、私が約束を守ったら、緒形くんにも絶対守ってもらうから。いいよね?」
なにをどう言えば菜穂が傷つくのか、わかっていた上で、緒形は容赦なく言葉の刃を振りおろした。
とんだクソ野郎だな、と自分でも思う。
それでも、彼女を手ひどく傷つけたとしても、これ以上この話題を続けたくはなかった。
立会人の話は、絶対に引き受けない。その結果、元父親がどうなろうが、緒形にとってはどうでもいい――いいはずだ。
だから、菜穂がぶるりと肩を震わせても、緒形は動じなかった。むしろ、彼女のその反応は予想どおりのものだったので、緒形はすぐさま身構えた。
このあと、彼女から浴びせられるのは、罵詈雑言か、はらはらとこぼれ落ちる涙か――なんなら、また平手打ちをくらう可能性も高い。おとなしそうに見えて、菜穂は案外手が早いのだ。
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なのに、菜穂はまったく動こうとしない。その表情からは「激昂」も「傷心」も「困惑」すらもまるで見受けられない。
それでも緒形が身構えたままだったのは、彼女の眼差しがひどく冴え冴えとしていたからだ。それこそ、今、ふたりを包みこんでいる夜気のような──そう思ったところで、菜穂が小さく「わかった」と呟いた。
「いいよ。どこにする?」
「……え?」
「ホテル。このあたり、たくさんあるから選び放題だね」
さあ、行こうとばかりに、菜穂は緒形の手首を掴んで目の前の横断歩道を渡りだす。
さすがの緒形も、これには動揺した。
「えっ、何?」
「……」
「待てよ、三辺……待てって! 今の、本気で――」
「本気だよ」
横断歩道のおおよそ真ん中あたりで、菜穂はいったん足を止めた。時間帯のせいか車通りはなく、だからこそ、彼女の声はひどくクリアに緒形に届いた。
「そのかわり、私が約束を守ったら、緒形くんにも絶対守ってもらうから。いいよね?」
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