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第5話

23・冒険の結果(その4)

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 緒形は事もなげにそう言うと、丼のなかの最後の一口をすくいとった。

「例えばだけど、三辺はおしゃれなカフェにひとりで入れる? 内装がSNS映えしそうで、コーヒーもケーキもそこそこうまくて、いかにも女性誌に取り上げられそうな店」
「それは……お店にもよるけど、たいていのところなら」

 菜穂の脳裏に、休日になるとよく足を運ぶ近所のカフェが思い浮かぶ。
 緒形は「だよな」と軽く唇をとがらせた。

「でも、俺はそういう店にはひとりで入れない。『男ひとりでカフェなんて恥ずかしい』って気持ちがどうしても拭えない」
「そうなの? 最近は、ひとりの男性客もよく見かけるけど……」
「それはわかってるし、そういうやつに対して俺がどうこう思うこともない。けど、俺自身はダメ。興味があるくせに、店の前まで来ると『やっぱりひとりで入るのはちょっと』って躊躇しちまう」

 まあ、デートで行くのがギリギリってとこ、と緒形は軽い調子で付け加える。
 菜穂は、困惑した。デート云々も若干引っかかりはしたが、それ以上にカフェの手前で尻込みする緒形が想像できなかった。

「じゃあ、その……先日のデートのとき、カフェに連れて行ってくれたときも、本当は嫌だった?」
「いや、あの店は営業マン御用達だから。実際、土曜日でも営業してるやつらがいただろ?」

 そうだっただろうか。記憶を掘り起こしてみようとしたが、まるで覚えていない。

「とにかくさ」

 緒形は、ほぼ空に近かったグラスに水を注いだ。

「今の世の中、みんな『多様性が大事』って声高に言うし、俺自身、そのほうがいいよなぁとは思ってるけど。それでも、誰のなかにでもハードルみたいなものはあって、それを乗りこえるのはたぶん容易じゃない。そのことをわかってたら、他人様のハードルを笑うなんて、ふつうできないだろ」

 いつになく真摯に響いた彼の言葉を、菜穂は心のなかで反芻した。

(そっか……私にとっての「牛丼屋」が、緒形くんにとっては「おしゃれなカフェ」なんだ)

 そう考えたら、少しだけ気持ちが軽くなった。
 自分だけではない――もしかしたら、斜め前の席で牛肉をつまみながらスマートフォンを眺めている女性も、席に着くなり早口で注文を済ませた大学生も、牛丼屋にこそ難なく入れても、他のことでは足踏みをしていたりするのかもしれない。
 それこそ、菜穂と同じように。

「ありがとう」

 自然とこぼれた言葉に、緒形は「何が?」と不思議そうに首を傾げる。
 菜穂は、少し考えてから、こう答えた。

「私の冒険に、付き合ってくれて」
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